第55話 王国軍の帰還
朝。
ユーシアが孤児院の食堂でコーンフレークを食べていると、エルフのシルウェスがやってきた。
白い鎧を着た戦闘姿。
険しい顔をしてユーシアの側で一礼する。
「食事中、申し訳ありませんユーシアさま。アルバルクス王国軍が今日、王都フェリクに帰還します」
「そうか」
ユーシアは食べる手を止めずに、そっけなく答えた。どうでもいい様子だった。
ところがシルウェスは真剣な顔で一歩詰め寄る。そんな顔すら美しい。赤髪からのぞく長い耳がひこひこと揺れていた。
「ユーシアさま、困ったことが……一度も戦わずに行進しただけだったため、軍隊の志気が限りなく低下しております」
コーンフレークをシャグッと音を立てて豪快に食べつつ、鋭い目つきで睨みつける。
「それで?」
「このままでは次の戦いに影響が出てしまうかと……」
「ふんっ、貴様はまだまだだな――まあいいだろう。我輩の指導力を見せてやろう」
「お願いします、ユーシアさま」
「だがもう一杯、食べてからだ! アンナよ、おかわりを持ってくるがよい! ふははははっ!」
「はい。すぐにお持ちしますわ」
台所から華やかな声でアンナが答えた。
すると子供たちが声を上げた。
「ぼくもー」「あたいもー」「おかわりー!」「おいしーね」
重要な話が終わったと察した子供たちがわいわいと騒ぎだした。
シルウェスだけが美しい顔をゆがめて立ち尽くしていた。
◇ ◇ ◇
人間たちの国、アルバルクス王国。
午後の日差しが降る中、街門から続々と兵士たちが入ってくる。
隊列を組んで大通りを歩く兵士たちは、道の両側に並ぶ人々にねぎらいの歓声をかけられていた。
ただし、兵士たちの顔は浮かない。苦笑いや愛想笑いを浮かべる者たちもいる。
一度も戦闘せずに帰還したのだから、軍隊の志気は極限まで下がっていた。
そして兵士たちは王城前の広場へと集まった。志気が低いためざわざわした雑談が絶えない。
すると二階のバルコニーからユーシアが進み出て手を挙げた。
静かになる兵士たち。
ユーシアは威圧的な視線で兵士たちを見渡す。
それだけで広場の空気が張りつめた。
十分に威厳を見せつけたところで、腹に響く低い声で話し出した。
「貴様たち、よくぞ威風堂々と行進した! おかげで魔王姫軍は決戦を怖れて獣人国を攻めた。そこを伏兵として動いていた我輩が、相手の虚を突いて殲滅することができた。魔王姫軍が我輩の術中にはまるよう動いた皆の者、よくやった。褒めてつかわす!」
おおおおお! と空気が割れんばかりに兵士たちが歓声を上げた。
「戦わずして勝つとは!」「さすがユーシアさまだ!」「魔王姫軍すら手玉に取るとは!」「なんと恐ろしく頼もしいお方!」
口々にユーシアを誉めたたえつつも、自分たちの行軍に意味があったことを知って喜んだ。
広場から絶えることのない歓声が沸き起こる中、背中の開いたドレスを着たシルウェスが、感心した吐息を赤い唇から漏らしていた。
ところが、バルコニーの後ろにいたリスティアが不思議そうに首を傾げる。黒髪が風に流れた。
「あれー? そーいう作戦でしたっけ?」
隣に立つシルウェスが、彼女の耳に口を寄せて教える。
「ただのおとりにされたと言われたら、ますます気落ちするだろう? 上司に無駄な仕事をさせられた時ほど気落ちするものはない。自分の行為に意味があったと思えたほうが士気は高まる。物は言い様と言うが、ユーシアさまの機転には驚かされるばかりだ」
はわわ~、とリスティアは開いた口を小さな手で覆いつつ驚く。
「な、なるほど~! さすがユーシアさま! そこまで考えてるなんて! すごいですっ!」
「本当にユーシアさまはすごい。ただ、誰にも話してはいけない。このことは秘密だ」
「は、はい! ――あたしたちだけが知るユーシアさまの秘密ですね、えへへっ」
リスティアは目をきらきらと輝かせ、尊敬する眼差しでユーシアの後ろ姿を見続けた。
次話はたぶん二日後です。