第54話 雷巨人の行方
獣人国ベスティエの深夜。
魔王姫軍の圧政から脱した獣人たちは、いまだ騒ぎ続けていた。夜通し宴会をするらしい。
ユーシアは王都の鉱山側にある要塞のような城にいた。
窓のない一室。
昔の王の応接室らしく、毛織物の絨毯や精緻な彫刻の施されたソファーとテーブルがある。
ユーシアの隣にはリスティアが座っていた。
お酒を飲んだためか、頬が少し赤い。気持ちよさそうな笑顔を浮かべていた。
対面には雷娘のヤルンストラが座っている。
ゲバルトは入り口の側に立っていた。ちょうど彼女の真後ろ。警戒する視線を華奢な背中に注いでいた。
ユーシアは腕を組んでソファーにふんぞり返っている。
「ヤルンストラよ、雷巨人たちは今どうなっている?」
「一族全員、どこかに移動させられました。おそらく魔王姫城に拉致されたと思います」
「ふん。だったら今のところは手が出せないな。出したくても場所がわからん。魔王姫城は異次元、もしくは時空の狭間にいるからな」
「あの、もし雷巨人がいるなら、この世界に現れたら雷共鳴でわかります」
「ほう! それは便利だな」
しかしゲバルトが険しい顔をして言った。
「巨人族には辛酸をなめさせられた。あまり信用できない」
「今までは逆らえませんでした。ですが一族の存亡の危機に、騙したりなんかしません!」
ヤルンストラは後ろを振り返って、必死に訴えた。
ユーシアは顎をなでる。
「だったら警戒しておけばよい。それよりも魔王姫城の場所がわかることの方が重要だ」
「ははっ。ユーシアさまがそう言われるのなら」
ゲバルトは深く頭を下げた。
ユーシアは長い足を組み替えつつ尋ねる。
「でだ。生け贄にするということだが、何か儀式でもおこなうのか?」
「わかりません。何かを呼び出すのかもしれません」
「ふんっ。何が来ても我輩の敵ではないがな」
横にいたリスティアが、ユーシアの膝に頭を乗せる。
「そーですよー。ユーシアさまってば最強なんですから~ほわわ~」
「酔っておるな、こやつ」
「とっても気持ちがいいです~お酒、ちょーたのしー」
彼の膝の上で、ごろごろと寝転がる。
ユーシアはリスティアの黒髪をなでつつ考え込む。
「我輩を倒せる儀式魔法……あるとは思えんが。いや、たとえそのようなものがあったとしても、中心点に誘い込まれなければ問題ない。それより雷巨人どもが操られているなら、対策しておいた方が良さそうだな」
「できますか? 私たちの弱点は……」
「戦ったから知っている――ん?」
ユーシアが視線を下に落とした。
リスティアがすやすやと寝息を立てている。
「帰って寝るか」
ひょいっとリスティアを過多にかつぎ上げて立ち上がった。
ヤルンストラも立ち上がる。
「私はどうすれば……」
「魔王城にはまだ入らせられないな。今日はここに泊まれ。何かあればゲバルトに伝えよ。ゲバルトは見張り兼伝令係として残れ。明日になったら王都フェリクへ連れてくるがいい」
「ははっ!」
ゲバルトがかしこまって頭を下げた。
ヤルンストラの顔からは不安な表情は消えなかった。
◇ ◇ ◇
一方その頃。
人間の国、アルバルクス王国の城では、深夜だというのにまだ光がともっている場所があった。
そこは城の西の塔の最上階。
室内は本が渦高く詰まれて、床に散乱していた。
机に向かって座るのは王宮魔術師長、モンターニュだった。
虫食いのある古びた本を開いて読んでいる。
その顔は苦渋の表情に満ちていた。
「や、やはり、魔王ユーシアとは、もっとも恐るべき闇の魔王。始原の闇そのものではないか……あの者を自由にさせていては、世界の理が乱れてすべてが滅ぶ……魔王姫なんか足元にも及ばぬぐらい危険じゃ」
すると彼の背後から澄んだ美しい声が聞こえた。
「ですよねぇ……あの者は危険です」
「だ、誰じゃ!」
モンターニュがとっさに振り返ると、そこには美女が立っていた。
怪しいまでの微笑を浮かべている。
「初めまして。私は魔王姫軍第一軍師団長にして、魔王四天王の一人、ディアボロスと言います。以後お見知り置きを」
「でぃ、ディアボロス!? ――三重に張った障壁をいともたやすく抜けてくるとは、本物のようじゃな」
「いえいえ、無効化するのにかなり手間取りましたよ。さすがアルバルクス随一の賢者と誉めておきます」
くすくすと口に手を当ててディアボロスは笑った。
「魔王姫軍の最高司令官がいったい何用じゃ?」
そう言いながら、モンターニュは指を絡ませるように手を合わせて印を結ぶ。
するとディアボロスは両手をあげた。華美な服にしわが寄る。
「おおっと、困ります。戦いに来たわけではありません。世界の危機を救うために、協力を求めに着ただけです」
手の印はそのままにしつつも、眉間に深いしわを寄せる。
「闇の魔王ユーシアか」
「ええ。ユーシアを放置すれば、世界そのものがねじ曲がります。将来的に倒したとしても、支配する世界が壊れていては何の意味もありません」
モンターニュの顔が苦しげにゆがむ。
「ぐぬぅ……熊を倒すために狼の力を借りねばならんとは」
「この世界のことわざでしょうか……どちらも油断を見せると危険な生き物ですね。おもしろい」
美しいほほえみを絶やさず、くつくつと声を上げて笑う。
モンターニュは鋭い眼光で彼女を見て尋ねる。
「だが、ユーシアを倒した後はどうなる? 我が国は不利になる」
ディアボロスは、丁寧にうなずく。髪が涼やかに揺れた。
「そのことですが、我々も考えを改めました。一方的な力での支配をおこなった結果、ユーシアが復活しました。よみがえったか、よみがえらせられたのかわかりませんが。威圧的な力が大きくなると反発する力もまた大きくなるようです」
「そうかもしれぬな」
「ですので、協力してユーシアを倒した後は、大陸の北側だけを支配地域とします」
「もともと人々が近寄らない、魔物の多かった地域だけを支配するということか」
「ええ、友好的な協力関係を結びましょう」
モンターニュは苦しげに呻く。
「わしの一存では決められん」
「いえいえ、決めてもらいます。一刻を争いますから。セーラム王はユーシアに懐柔されてしまっていますし。誰にも相談してはいけません」
モンターニュはうつむくと目をつむった。
長いこと唸っていたが、諦めの息を吐いた。
「……わかった。協力をしよう」
「そう言っていただけると思いました――では、方法を教えましょう」
ディアボロスは服を揺らしながら彼に近づいて、そっと小声で話し始めた。
次の更新は三日後になります。すみません。