第51話 本物のダンス
獣人国ベスティエの王都北側にて、ユーシアは魔王姫軍第三軍四天王のネズミとダンスバトルを繰り広げていた。
異次元を使って生み出された特別なルールのダンスホール。
中央の丸いステージを観客たちが取り囲んでいる。
一つ目、二つ目のダンスでゲバルトとリスティアが人形化してしまったが、ユーシアは動じることなく燕尾服を着た魔獣ネズミに対峙していた。
「この異次元ダンスホールの仕組みを見抜いただって? ハハッ! とても面白い冗談だよ!」
「その強がり、いつまでもつかな? ――では教えてやろう」
「ああ、間違いを披露して笑われるがいいさ!」
ユーシアはニヤリと悪い笑みを浮かべると言った。
「魔法が使えない場所で、なぜ人形化するのか疑問だった。答えは魔力を別の力に変換しているからだ。その媒介となるのが、観客たちの心。観客がいいと思えば踊り続けられる。悪いと思えばそこで終わり。――だから我輩が「観客を大切にしたらどうだ?」という言葉には従わざるを得なかった!」
「くっ! だったらどうだというのさ! 観客はネズミたち。僕の忠実な部下さ! 最初から君たちには勝ち目はなかったんだよ!」
ユーシアが上半身を複雑に揺らしながら一歩また一歩、ステージ中央へ進み出てくる。
「ふふん。それはどうかな? 観客を、今まで見たことのない熱いダンスで魅了してしまえば、我輩の勝ちだ」
「ハハッ! 何を言うかと思えば。見知らぬ民族ダンスを見せられても、何の感動も覚えないよ!」
ユーシアは目を輝かせ、残忍な笑みを浮かべた。
「いつ、誰が、この世界のダンスを踊ると言った? 貴様たちのダンスがたどり着く先、本物のダンスを見せてやる! ――レッツ、ダンシング! ブレイキン!」
ハッ! と鋭い呼気とともに、ユーシアは全身を使って踊りだした。
腕と足をバラバラに動かしつつ急に止めて、また動かす。上半身と下半身を別々にうねらせたりもする。
でも、その足捌きはどこかしらさっきまでネズミたちがやっていた動きに似ている。
チャールストンステップの進化形。
静と動のまじりあう動きに、観客たちは熱狂した。
ネズミは愕然として棒立ちになっていた。震える声で尋ねる。
「ば、ばかな……っ、これはブレイクダンス! なぜ君がそんなダンスを踊れるのさ……っ!」
「ふんっ。ダンスの進化を考えれば、こういう動きに行きつくのは当然のこと」
「進化……?」
「貴様の踊ったラインダンスとリンディーホップとやらは、庶民のダンスから派生していったものであろう? 上流階級発祥の踊りとは思えんからな。そして庶民のダンスは集団ダンスからカップルダンス、その後はソロダンスに移り変わっていくのが道理」
「たったあれだけで、ダンスの歴史まで見抜いたというのかい――っ!」
燕尾服を着たネズミは呆然と立ち尽くすしかなかった。
「貴様のダンスの弱点も見抜いた。ついてこれるか見ものだな! ――ハァッ!」
ユーシアは黒マントをアンナのほうへ脱ぎ捨てながら、勢いをつけて地面を滑った。
背中を床につけて回転する。
風車のように回る技、ウインドミル。
足の力は重要だが、姿勢を保つ腕の支えもまた重要。
そこから片腕一本で体を持ち上げ、足を開いた逆立ちの姿勢へ持っていく。
ピタッと動きを制止させる。木のように動かない。
ジョーダンという逆立ち静止技。
うおおおお~と観客が熱狂の叫びをあげた。
ネズミは焦りの汗を額に光らせつつ、複雑なステップをしたあとで、床に背をつけて回転した。
しかしユーシアのウインドミルより勢いがない。
観客からは「つまらないちゅー」「もっと激しく回るちゅー」「花びら大回転でももっと回るでちゅ~」とヤジが飛ぶ。
それを片腕逆立ちの姿勢で見ていたユーシアはニヤリと笑った。
「なぜ我輩よりうまくできないか教えてやろう。貴様は足のステップばかりで、腕の動きが弱いのだ!」
「くそっ!」
「ふははははっ! ついに化けの皮がはがれたな! 本物のエンターテナーにはあるまじき悪態の言葉だ!」
うっ、とネズミは息を飲むが言い返せない。
「我輩はまだいけるぞ! ――見よ!」
ユーシアは片腕逆立ちの姿勢から足を回すように振って回転を始めた。
半回転するごとに支点となる腕を変え、竜巻のように回転を続ける。
腕を入れ替える瞬間は、片腕で飛び上がるため、まさに宙に浮かんで見えた。
――上級技、エアートラックス。
そこからさらに振って足で着地すると、上半身と下半身を別々に動かしながらステージ端へと向かった。時には拍手も入れる余裕まで見せつつ、ノリノリだった。
端までくるとユーシアは腕を組んでネズミを見下ろした。
「さあ、どうした? 我輩に熱狂している観客たちを、早く楽しませてやるがいい」
「くぅ……! こ、こんな、こんなところで僕は負けるわけには……!」
ネズミは震えながら踊りだすが、動きがぎこちない。
ふははははっ、とユーシアはバカにしたように笑う。
「やはりな! しょせん貴様はまがい物! 本物ではない!」
「な、なにを言うのさ、僕はどこからどう見ても本物さ! いい目医者紹介して上げようか、ハハッ」
「虚勢も張るのもそこまでだな。理由を教えてやろうか?」
「君に何がわかるというのさ!」
「わかるとも! 初めからお前はおかしかった! なぜなら――自分はすばらしい、最強だ、最高だ! というのであれば人形になる必要はなかった。魔王姫に従う必要もなかった!」
「う……っ!」
「貴様は魔王姫に改造してもらうことで、本物に近づいたのだ! でなければ魔王姫の部下になる必要など何もない! 貴様は生まれながらの偽物だったのだ! このコピー商品め!」
「ち、ちがう! 僕は、僕は! 僕だって本物になれたんだぁ~!!」
ユーシアはその場でスピンをすると、背中を向けたまま後ろ向きに進んだ。
ムーンウォークでステージの真中へ進んでいく。
「この世から消えろ、まがいものめ! ――ポゥ!」
ロボットダンスのようなキレッキレの動きを素早く繰り出した。
さらに直立の姿勢からそのまま前に倒れていくが、斜め四十五度の姿勢で止まる。
――ゼログラビティ。
圧倒されたネズミがその場で体勢を崩して尻餅をつく。
いつの間にか顔は汗で崩れて、目が小さくなっていた。最初のかわいらしさなどどこにもない。
観客たちが嫌悪感をみなぎらせて叫んだ。
「「「にーせーもーのー!!」」」
「アイヤー!!!!」
ぼふっと白い煙に包まれると、あとにはパンダの人形が落ちていた。
ユーシアはダンスをやめてパンダ人形へ近づく。
観客たちは興奮して騒いでいた。
「魔法なしであの動きなんでちゅ!?」「すごいでちゅ!」「漏らしたでちゅ!」
足元のパンダ人形を見下ろして呟く。
「ダンスは本来、下手でもいいから自由に楽しむものだ。それをただの道具としてしか見ていなかったのが、お前の最大の敗因だ――消えろ」
ぐしゃっとパンダ人形を踏み潰した。手足がちぎれて綿が飛び出した。
――すると。
ステージ上に放置されていた人形――ゲバルトとリスティア――が煙とともに元に戻った。
二人はきょろきょろと辺りを見回すと、ユーシアを見つけて駆け出す。
「ユーシアさまぁ~!」
「申し訳ありません、ユーシアさま!」
「二人とも無事なようだな。ふははははっ!」
ユーシアの高笑いは観客ネズミの歓声と混じってダンスホールに響いた。




