第50話 ケークウォーク・リンディーホップ
獣人国ベスティエにある草もまばらな平原に、華やかなダンスホールが生まれていた。
人形化したネズミの魔獣たちが観客として見守る中、丸いステージ上では燕尾服を着たネズミが二足歩行で飛び跳ねる。
「レディースアンドジェントルマン! 今宵はダンスステージへお越しいただき、まことにありがとうございます! さあ、始まりますは軽やかなるライン! イッツ、ショータイム!」
舞台袖からわらわらと燕尾服に蝶ネクタイ、シルクハットにステッキを持ったネズミたちが出てきた。
リーダーのネズミを中央にして、一列になる。
ステージ上にいたユーシアがアンナを前に立たせながら叫ぶ。
「まずは一列になって踊る気だな! だからラインダンスか! ――お前たちも一列になれ、早く!」
「は、はい!」「わかったぁ!」「むむ、俺はダンスなど……」
「慌てるな! どうせ最初から難しいダンスはしないはずだ! ――見よ! まずは背中を大きく後ろに反らしつつ、足を前に投げ出すように歩けばよい!」
軽快な音楽が流れ始めた。
ネズミたちは縦一列に並ぶと、短い脚を前に放り出しながらステージ上を歩き出す。シルクハットを手にもって、観客の声援に答えながら、蛇行しつつ進んでいく。
ユーシアたちも真似して歩いた。
アンナは歩くたびに足で蹴り上げられた修道服のスカートがひらりとめくれる。
リスティアもすらりとした足を大胆に見せつけながらユーシアの後をついて踊り歩く。
ユーシアに至っては、椅子に背を預けているかと思わせるぐらい斜めになって進んでいく。
「ふふんっ。この程度、恵まれた体を持つ我輩には造作もないわ! ふははっ!」
――が、列の一番後ろにいたゲバルトが足を前に放り出した拍子に後ろへ転んだ。
「こ、こんな窮屈な姿勢で歩くなど――うわっ!」
ぼふっとゲバルトが白い煙に包まれた。
煙が晴れるとステージ上には手のひらサイズの狼人形が転がっているだけだった。
背中を反らしながら後ろを見たリスティアが悲鳴を上げる。
「ああっ! ゲバルトさんがぬいぐるみ人形になっちゃいましたぁ!」
「ふんっ、意外とあやつは体が硬かったようだな――しかし人形になるとはな……どういうことだ?」
首をかしげつつもユーシアは動じることなく滑稽なラインダンスを続けていく。
そんな中、アンナは少しおかしい動きながらも背中を反らして足を投げ出すダンスを続けていた。
体勢を崩したように見えてもすぐに復帰する。まるで後ろから突かれたように。
金髪を揺らしつつユーシアを振り返った。
「あ、ありがとうございます、ユーシアさま」
「さあて? なんのことやら。もっとダンスに集中しろ! 次はさらに難しくなるはずだ」
ステージを3周ほど回った後で、ネズミがパチンと指を鳴らした。
「ウォーミングアップは終わりだよ! 次はもっと激しくね!」
音楽が変わって、激しいビートのスイングジャズが流れ始める。
が、ユーシアは片眉を上げて鼻で笑った。
「ふんっ、貴様たちは舞台で踊るということがどういうことか、全然わかっておらんようだな? しょせん素人の真似事だ。本物ではない」
「なんだって? どこがさ? 僕は本物のエンターテナーだ。やってることに間違いないよ!」
ネズミは大きな目でジロッと睨み付けてきた。
「ほほう? では言うが、何をするか事前に知らせないのは観客に失礼だろう? ダンスだけで盛り上げるなら特にな」
「うっ。……わかったよ。――次は飛んで跳ねてのリンディーホップ!」
なぜか「観客」という言葉に敏感に反応したネズミだった。
ネズミたちは前後左右へ素早く足を出す変わったステップを踏み始めた。タップダンスに少し似ている。チャールストンステップだった。
しだいにペアを組んで踊りだす。体をひねってはペアで合わせたステップを踏む。
女性が飛び上がると、男性が下から支えてくるくる回る。
細かな動きと、大きな空中技の組み合わさったダンス。それがリンディーホップ。
時には女性の体を反動をつけて投げたりする。
ユーシアはすぐにネズミのステップを真似して踊った。
「なかなか面白い足さばき。だが、我輩にできぬことなどないわ! ふははははっ!」
前後左右へ細かくステップを刻みながら、アンナの両手を取った。
「ゆ、ユーシアさま、どうすれば……!」
「我輩の動きに身を任せておればよい! ――ゆくぞ!」
アンナの手を押したり引いたりして大きく動かす。
続いて、華奢な体をくるくる回したり上へ持ち上げたりした。
時には肩でアンナの胴を担いで、グルンぐるんと振り回す。
修道服の裾がめくれてすらりとした足が太ももまで見える。
「ひゃあっ! ユーシアさま! 目が、目が回ります!」
「それでこそダンスだ! フハハハハッ!」
豪快に笑いながらアンナを振り回す。黒いマントが大きく広がり、観客たちが息をのんだ。
と、そのときユーシアの後ろから悲鳴が聞こえた。
「わ、私どうしよう! 相手がいない!」
リスティアはぎこちなく体を動かしていた。
足さばきはなかなかだったが、ネズミたちが次々とパートナーを振り回す大技に圧倒されて動きが硬くなっていく。
「リスティア! もっと宙返りしろ! エアステップを入れよ!」
「ふぇ~! 私飛べない――っ!」
観客ネズミたちがブーイングを飛ばした。
「へたくそでちゅー!」「ボールに戻れでちゅー!」「チェンジ! なのら!」
「あぁ!」
リスティアはぼふっと白い煙に包まれてしまい、あとにはドラゴンのぬいぐるみが落ちていた。
けれどもユーシアは踊りながらも大仰にうなずいた。
「なるほどな。――よくやったリスティア。すぐに助けてやる!」
パートナーに持ち上げられて飛行機のように体を伸ばすネズミが、軽くシルクハットを持ち上げて挨拶してくる。
「おやおや、もう残り二人になってしまったね、ハハッ!」
「それがどうした? 我輩が立っている限り、お前たちに勝ち目はない。フハハハハッ!」
アンナと両手をつないだまま、彼女の体を自分の前から後方へと頭上を縦に一回転させる。
アンナはふらふらになって着地する。
「さ、さすがですわ、ユーシアさま……ふにゃ」
目を回した彼女は足元がおぼつかないが、手をつなぐユーシアが操ると、その乱れた足さえ踊っているように見えた。
その様子を見ていたネズミが悔しげに舌打ちをしてから言った。
「だいぶ盛り上がってきたようだね! じゃあ、次のダンスにいくよーっ!」
――が、ユーシアはここぞとばかりに声を張り上げる。
「次は我輩がジャンルを選ぶぞ!」
「なんだって! 君に選択権があるとでも思っているのかい? 勘違いもほどほどに――」
その言葉をさえぎって、ユーシアは観客に向けて怒鳴った。
「観客よ! もっと盛り上がりたくはないか! 我輩の熱いダンスを見たくはないか!」
「「「おおお~!」」」
「見たいでちゅ~!」「Zわざでちゅ~」「熱いダンスってベッドの上のダンスでちゅね~!」
ステージを取り巻く観客のネズミたちが大いに盛り上がった。
場の流れが、空気が変わった。
ユーシアはニヤリと笑うと燕尾服ネズミに向き直った。
「ふんっ、ネズミよ。我輩がずっと貴様の言いなりになっていたと思うのか?」
「なんだって!?」
「この異次元ダンスホールの仕組みは、もう見抜いた」
「え!? ――そ、そんな強がりを言っても無駄だよ、ハハッ」
今までとは違い、ネズミの乾いた笑い声はダンスホールの高い天井にむなしく響いた。