第47話 裸族退治にユデ理論
明るい日差しの降る春の昼。
獣人国ベスティエの王都のはずれにユーシアたちはいた。
広い草原を柵で囲み、羊や山羊が放たれている。
それを柵の傍からユーシアが眺めていた。傍には聖女アンナと竜少女リスティアがいる。
狼獣人ゲバルトは手に桶と鍋を持って従っていた。
少し離れて獣人族長たちも見学に来ている。
ユーシアは山羊を見ながら胸をそらす。
「ふははははっ。ゲバルトよ、あの山羊の乳を搾ってくるがよい!」
「承知した」
ゲバルトは桶を持って山羊に近づく。
山羊は人に慣れているのか逃げ出さない。
ゲバルトは素早く山羊の隣にしゃがみこんで乳を搾った。
しばらくして2リットルほどの乳が入った桶を持って帰ってきた。
「これぐらいでよろしいか?」
「うむ。十分だ。ではこの皮袋に入れるがよい」
「はっ」
ユーシアは茶色の大きな皮袋を、どこからともなく取り出した。
家畜の胃で作られた大きな袋。
口を広げたところに、ゲバルトが乳を注いでいく。
全部入れると、手早く袋の口をひもで縛った。
ゲバルトが眉をひそめる。
「チーズを作られるのか?」
「ふんっ。そんな誰にでもできることではない! 我輩は常識を超える! ふははははっ!」
ユーシアは茶色の大きな皮袋を両手で抱えると、思いっきり振り始めた。
バシャバシャジャバジャバと、動きに合わせて水音が激しく鳴る。
傍で見ていたアンナが首をかしげる。
「やはりチーズではありませんか?」
「貴様もやはりその程度の人間か! ――この腕のふりを見よ!」
ユーシアは大きく腕を振った。
加速していくにつれて、腕が何本もあるように残像して見える。
アンナが怖れに顔を曇らせて、一歩後ろに下がった。腕が生み出す激しい風に金髪が激しく逆巻いた。
「す、すごいですわ……さすがユーシアさまです」
胸をそらしながら高らかに笑う。
「ふはははは! 両手を使えば片手の2倍、さらに腕の回転を加えて4倍! ――そして3倍高くジャンプすれば12倍の力が加わる!!」
ユーシアが袋を振り回しながら、地を蹴って空高くとんだ。
太陽を背にして逆光になる。
見上げるゲバルトが目を見張った。
「おお! なんだかよくわからぬが、とにかくすごい力だ!」
「さすがユーシアさま!」
リスティアが目を輝かせて応援した。
ずんっ、とユーシアが両足で着地すると、土煙が立ち上って同心円上に広がっていった。
口の端をゆがめて不適に笑う。
「ゲバルト。鍋を持ってこい」
「はっ!」
すぐに駆け寄って片膝をつく。
鍋を両手で掲げた。
ユーシアが袋の口を開いて白く濁った液体を注いだ。
「これはチーズを作るときにできる乳清ですな」
「ただの乳清でなはい! 脂質まで完全に分離させている!」
ユーシアは袋を放り投げると、鍋を両手で取り上げた。
「本来はゆっくり乾燥させるものだが……混沌波動・弱!」
ユーシアの手に黒い光が生まれて、鍋を包んだ。
黒い光の中で鍋は細かく振動する。
あっという間に水分が飛んで、鍋の底に白い粉が残った。
ユーシアは悠然と歩いて、放牧場の横に用意されたテーブルに近づく。
その上に置くと、腕組みをして獣人たちを見渡した。
「裸の獣人どもよ。各自飲み物を用意したか?」
オイルを塗って裸の上半身を照りつかせながら、裸獣人たちが集まってくる。
「いったい、何をさせる気だ?」
「この粉を入れて飲んで見ろ。貴様たちの自信を木っ端みじんに砕いてくれる!」
裸の獣人たちはポージングをしながら疑いの声を発した。
「心は折られても、この筋肉は何者にも屈しない!」
「それはどうかな? まあ、飲んで見ろ」
獣人たちは疑いの目を見ながらジュースや牛乳に粉を溶かして口を付けた。
その瞬間、彼らの目がくわっと見開かれた。
「こ、これは!」「筋肉に染み渡る!」「ま、まずい! もう一杯!」
ポージングも忘れて腰に手を当て一気に飲み出す。
最初は疑って少ししか飲まなかった裸族も、新たにジュースを注ぎなおしてで粉を溶かした。
ユーシアは悪い笑みを浮かべてつぶやく。
「ふふん。これがホエイプロテイン! 本来捨てる乳清を吸収しやすいタンパク源に変えたのだ!」
筋肉をみなぎらせながらざわめく裸の獣人たち。
「た、確かに!」
「これを飲んでから動けばビルドアップ確実!」
「いや、鍛えた後に飲んでも染み渡る!」
さっそくスクワットを始める裸の男たち。
汗とオイルが飛び散らせつつ、筋肉の肥える喜びに白い歯をニカッと光らせる。
それを見ながらユーシアはニヤリと笑った。
「どうだ? 文句はあるまい」
裸の獣人たちは、あっと声を上げた。
汗とオイルを散らしながらユーシアの周りに駆け寄る。
何重にも取り巻いては、ひざまづいて頭を下げた。
「とんでもないものを教えてくれた!」「あんたは筋肉の神だ!」「兄貴と呼ばせてください!」
むうっとユーシアは顔をしかめる。
「なんだか気にいらん響きだが……。まあ我輩を尊敬しておるようだから、特別に緩そう」
「「「兄貴ぃぃぃ!!」」」
裸獣人たちは歓喜のあまり、思い思いのポージングをして筋肉で喜びを表現した。
アンナが目を細めてほほえましそうに眺める。
「みなさんがユーシアさまを勇者だと信じたようですわ。さすが尊いお方です」
「ううー、ユーシアさまがは細身のままがいいなぁ」
リスティアが心配そうに眉を寄せた。
ユーシアは周りでポーズを取る筋肉たちをうっとうしそうな目で見る。
「お前たちにも作れる方法を教えてやるから、まずは材料の乳でも絞っておけ」
「「「はい! 兄貴!」」」
羊や山羊たちはおびえて逃げ始めたが、満面目の笑みで追いかける筋肉たち。足は遅かった。
――と。
ドドドドドッ!
突然、町の北側、草がまばらに生えるだけの平原から地を揺らす音が聞こえてきた。
「ん? なんだ?」
「なんでしょう? 騎士団か、商隊のキャラバンでしょうか?」
アンナは不思議そうに首を傾げた。
「いや、違う。魔王姫軍だな――ほう。あいつらが噂の魔王姫第三軍か」
「ええ!?」
ユーシアの言葉を聞いたゲバルトが駆け出しながら叫ぶ。
「全員、待避! 魔王姫軍が攻めてきたぞ!」
獣人たちが慌てて逃げ出す。
「なんだって!」「寝返ったのがもうばれたというのか!」「しまった、筋肉に乳酸が貯まりすぎた!」
「どうすれば……っ!」「どうしましょう!」「何の準備も……!」
獣人たちはうろたえた。裸獣人もパンツ一丁で右往左往する。
ずんっ!
と、ユーシアが足を踏み鳴らした。
いっせいに止まる獣人たち。
ユーシアは腕組みをしながら胸をそらしてふんぞり返る。
「わめくな、雑兵ども! 我輩がいることを忘れたか! 女子供のすべてと男たちの一割は鉱山へ、残りの九割は城に立てこもってときの声を上げろ! 吠えろ!」
近くにいた獣人が首をかしげる。
「大声を出すのですか……?」
「そうだ! 城に引きつけて時間を稼ぎ、おとりとなるのだ! その間に我輩がすべて片付けてやろう!」
「な、なるほど!」
「時間が勝負だ。急げ!」
「「「ははっ!」」」
ゲバルトを筆頭に、獣人たちは街へと駆け出して行った。
アンナが両手を胸の前で合わせて嘆息する。
「さすがユーシアさまですわ……。これほど的確な指示を瞬時に出されるなんて」
「ほんと、ほれぼれしちゃう」
リスティアが黒髪を揺らして微笑む。
「リスティアも町を駆け回って、逃げ遅れた女子供がいないか見てこい」
「あいさぁ~!」
リスティアはビシッと敬礼すると、スカートをひらひらさせて駆け出して行った。
ユーシアはアンナを従えて、悠然と一歩踏み出した。
煙の向かってくる北へと。
「ふふん。やはり獣人の国を取り戻しにきたか。我輩の読み通りだ。今度の敵は我が輩を少しは楽しませてくれるのだろうな?」
残忍な笑みを浮かべてつぶやいた。平原をわたる風に黒マントがなびく。
「第三軍……。いったいどのような方たちなのでしょう」
アンナは不安そうに呟きながらユーシアに続いた。
一方で、族長の一人が退避しながら苦々しげにつぶやく。
「吉と出るか凶と出るか……」
獣人たちの不安を消し去るかのように、草のまばらな平原にユーシアの高笑いが響き続けた。
すごく久しぶりですみません。
最低でも週一で更新できるよう頑張ります。




