第45話 獣人国ベスティエ
大規模な反攻戦が決定された翌朝。
王都フェリクはにわかに騒がしかった。
大河沿いの港では、何隻もの川船に兵士たちが乗り込んでいく。
街門からは白馬に乗ったシルウェスが先頭に立って、並んだ兵士たちを引き連れて行進していく。
彼女の赤い髪が颯爽となびいている。
その後ろには幌のない馬車が続いている。
座席にはユーシアがふんぞり返っていた。
よく見るとはりぼての作り物だが、遠目にはわからない。
そんな北へ向かっていく軍勢の様子を、城の二階にあるテラスからユーシアが眺めていた。
「ふむ。出発したか。順調なようだな」
「一緒には行かれないのですか?」
隣に立つアンナが小首をかしげた。風ではためく修道服を手で押さえている。
ユーシアはにやりと笑う。
「あれは陽動だ。我輩は相手の裏をかく。それにシルウェスが軍勢をまとめられるか試すのにちょうどいい、ふふんっ」
そこへリスティアとゲバルトがやってきた。
「ユーシアさま、用意できましたっ!」
「そうか。ならばゆくぞ」
「どちらへ?」
ユーシアは黒マントを音を立てて翻した。
「次は獣人の国を恐怖に染め上げる! ――ゲバルト、案内は任せる」
「ははっ、ユーシアさま!」
◇ ◇ ◇
大陸の西、エルフの国の北側に獣人の国ベスティエはあった。
ジャングルと山と荒野が広がる国。
国の南側のジャングルでは狩猟を、中原の荒野では放牧がおこなわれている。
国の東側には南北に長い山脈があり、アルバルクス王国との国境となっている。
山脈の麓にある都ティーア。
早朝は山の陰となっていて夜明けは遅い。
獣人国側の山脈は鉄分が含まれているためか、山肌は赤茶けていた。
そして都の半分は木や石の建物だが、荒野に面した半分には大小さまざまなテントが張られていた。
当然、多くの獣人――猫獣人や犬獣人、豚に牛に鳥、猪と雑多な種類の獣人たち――が土の道を行き交っている。
都の真ん中には飛び切り大きなテントがあった。
分厚いじゅうたんのような天幕の中から、騒がしい声が聞こえてくる。
言い争うような声。
テントの中では、各種族の獣人族長たちが円座を組んで話し合っていた。
年配の獅子獣人がたてがみを震わせて言う。
「魔王姫軍は連戦連敗! 今こそ自由を取り戻すときだ!」
「ゾンネよ。人形がほとんどいなくなったとは言え、奴らはすぐに数を回復する。今は定められた仕事をこなしておくほうが良い」
壮年の狼獣人が茶を飲みながら言った。
「これだから狼は臆病者なのだ!」
「機をうかがう知性があると言って欲しいですな。力に奢って足元をすくわれるライオンとは違う」
「なにをぉ~!」
獅子獣人がたてがみを振り乱して腰を浮かせた。
しかし一段高い座布団に座る亀の老人が手を上げて制した。頭が禿げ上がっている。
「争ってはいかん。今は我ら獣人の存亡の時。このまま魔王姫軍に従うのか、それとも人とエルフに協力するのか決めないと」
円座の獣人たちが口々に言う。
「ベルンフリート議長。どんなに人形を倒しても、また数を増やしてしまうぞ」
「しかしこのままでは人形補充のために、鉱石や羊毛などの接収がより激しくなる」
屈強な猪の男が拳を振り上げる。
「これ以上、供出に協力となると生活ができなくなる!」
猫獣人の女性が声を張り上げる。
「生きるためには食べなきゃいけないってことを人形達は忘れてしまったのよ!」
そしてパンツ一枚の裸の男がぐぐっと全身の筋肉に力を入れながらニカッと白い歯で笑う。
「高たんぱく質が取れないと筋肉が維持できない!」
亀の老人が無視して言う。
「人とエルフの連合軍が四天王のシャルルとアイヒマンを倒したそうじゃ。後の二人も倒す可能性が高い。だとするなら今のうちから協力して恩を売っておいたほうが……」
天幕内に突如、高笑いが響き渡る。
「フハハハハッ! 愚かな戯言ばかりだな!」
「ぬう、なにやつ!」「誰だ!」「くせもの!」
獣人たちは声のほうを振り返った。
入口には立つのは魔王ユーシア。
黒マントをバサッと翻してさらに笑った。
「我輩は魔王ユーシア! 貴様達がいくら議論を重ねようと、笑止千万! この国はすでに我輩のもの! 貴様らの取れる選択なぞ二つしかないわ! わかるか? ふははははっ!」
色めき立つ獣人たち。みんな中腰になるか、立ち上がった。
「何を好き勝手言っている!」「魔王!?」「ダブルバイセップス!」
マッチョも立ち上がるが、両腕の力瘤を見せ付けるかのように腕を曲げて力を込めた。
ゲバルトが進み出て片膝を付く。
「族長方よ。こちらのお方は魔王ユーシアさまその人である。ユーシアさまこそ四天王シャルルとアイヒマンを倒した真の魔王であり、魔王姫エメルディアなど足元にも及ばない強さを持つお方だ」
壮年の狼獣人が目を見開く。
「お前はゲバルトではないか! いったいどうして……!」
「ユーシアさまの偉大さに心打たれて従うことにした。悪いことは言わない。この国もユーシアさまに従うべきだ」
「くははっ! そのとおり! この世界すらすべて我輩のもの! お前たちには服従か屈服かの二択しか残されておらんわ!」
ユーシアはふんぞり返って高らかに笑う。
すると獅子の男がたてがみを振り乱して近付いてきた。
「言わせておけば……何が魔王だ。獣人は皆、一騎当千! 人形は多数だから従っただけで一対一なら誰にも負けはせん!」
「よく喋る猫だ。目が曇りすぎであるな――ゲバルト、我輩の全力を見せ付けてもよいか?」
ゲバルトがかしこまって答える。
「従わぬとはいえ、かつての仲間。手加減していただければ、ありがたい」
「ふん。ゲバルトに免じて痛めつけるだけにしておいてやろう――どこからでもかかってこい、畜生どもよ」
「なんだと!」「許さんぞ!」「訂正しろ!」
広いテントの中、怒った獣人たちがユーシアへと襲い掛かった。
時間がなく、執筆自体にも苦戦中です。すみません。