第43話 おそろしき魔王
暖かな春の太陽が照る昼。
アルバルクス王国の王都フェリクの王城にて、ユーシアは配下の者たちと謁見していた。
城の2階の謁見の間で、ユーシアが玉座にふんぞり返っている。
両隣にはシルウェスやリスティア、アンナが立っていた。
段下の広間には配下の者たちがかしずいている。
ユーシアは長い脚を組んで座り、無言で顎を撫でている。
精緻な白い鎧と赤いマントを羽織ったシルウェスが一歩前に進み出て、口を開く。
「皆のもの、復興に尽力を尽くしたこと、まことに大義でありました。私こと国王代理シルウェスも嬉しく思います。もちろんユーシアさまも喜んでおられます」
「「「はは~」」」
いっせいに頭を下げる貴族や官僚たち。
シルウェスは赤髪を後ろへ流すように手で払った。そんな仕草すらエルフとしての美しさを際立たせる。王女としての品格さえ感じさせた。
「では王国は次の作戦に移りたいと考えますが、その前にユーシアさまは国民に対して新たな支援を決められたことを報告します」
「新しい支援、ですと?」
元国王のセーラムすら初耳だったらしく、段上の端で首を傾げる。
「その通り。今までは防衛に関することであり、ユーシアさまのためでもありました。しかしこれからは魔王として人々を震え上がらせます。みなさん、覚悟してください」
「そ、そんな……」「なんてことだ……」「命だけは助かりますように」
人々は顔を歪めて溜息を吐いた。
シルウェスはかすかな笑みを浮かべて配下の者たちを見渡す。
「では伝えましょう。このたびの戦いで家や職を失った者は国へ申し出るようにさせなさい。住む場所や働き口を斡旋しましょう。しばらくは土木工事になってしまいますが。商売の資金繰りが苦しくなった者にも援助をします」
「「「えええっ!?」」」
驚きの声がこだまする。
どれだけ恐ろしいことを言われるのか身構えていた貴族や官僚が戸惑っていた。
アンナは大きな胸の前で手を合わせて喜ぶ。
「さすがユーシアさま、困った人を見捨てないなんて! 本当に勇者さまのようですわ」
セーラムが白髪を揺らして首を傾げる。
「それは、とてもありがたいことですが……まったくおそろしくはないようですが」
「それは違います。なぜなら――え、ユーシアさま?」
シルウェスの言葉は途中で途切れる。
ユーシアが片手を上げて制していた。
残忍な笑みを浮かべて楽しげに語り出す。
「くくくっ。お前たちは我輩のおそろしさが、まだわかっておらんようだな。いいだろう、説明してやろう! なぜ支援をおこなうかと言えば、生きる希望を失ったものを痛めつけても、何も面白くないからだ! 絶望の淵で慟哭させてこそ、真の魔王!」
「はぁ……」
セーラムが居並ぶ人々を代表して、気の抜けた返事をした。
「魔王姫が攻めてくるまでは、それなりに平和で幸せだったというではないか。それが現状では人々は等しく貧しくなり、死の不安に怯えている! その落差は魔王姫によって生み出されたもので、我輩ではない! こんな状態のものを殺したり、奪ったりしても、たいした衝撃にはならん」
「なるほど……でも、殺されたり奪われたりするのは今の人々も充分恐れているはずですが」
「違う! それでは真の絶望ではない! ――絶望とは! 望みがあるのに断たれることを言う! 望みが持てない人間は絶望すらできない。だから、まずは希望に満ちた生活を取り戻させ、そこから地獄の底に叩き落すのだ。なんというおぞましさ! フハハハハッ!」
ユーシアの狙いを聞いて人々に動揺が走る。
「なんということだ!」「おそろしい!」「やはりユーシアさまは魔王だ!」
「違いますわ、きっとユーシアさまには深い考えが……わたしが信じる勇者さまですから」
アンナが金髪を揺らして俯いて言った。
セーラムが長い髭を震わせて尋ねる。
「それは、生活が元に戻ったら、恐ろしい目に遭わせられるということでしょうか?」
「元に戻ったらだと? ぬるい! それでは二番煎じになるであろうが!」
「え、どういうことでしょうか、ユーシアさま?」
「今、言った通り、魔王姫がすでに人々を絶望させたあとだ! 我輩がなぜ残飯を調理しなおした程度のものを喰わねばならんのだ! まずは人々に夢と希望を取り戻させる! 当然、魔王姫が来る前以上の、かつてない繁栄を築くまでな!」
「な、なんと!」「かつてない繁栄……!?」「それこそ夢のようだ」
「今の王国は地に落ちて腐った果実! そんなもの誰も食わん! 我輩にこそ、熟して芳醇な香りをたたえる果実がふさわしい! ――そうであろう? シルウェスよ」
「そのとおりでございます。ユーシアさまのために、我ら一丸となって千年王国を築き上げましょう」
シルウェスは輝くような微笑みを浮かべて頭を下げた。
千年の長きに渡って繁栄したとされる空想の国「千年王国」、しかしエルフの口からその言葉が出ると妙な真実味があった。
人々が期待と不安が入り混じって、謁見中だというのにざわざわと話し出す。
セーラムが泣き笑いのように顔をくしゃくしゃにした。
「さすが魔王さま。魔王姫なんぞ足元にも及ばない恐ろしさです」
「ふんっ、当たり前だ! 最高の幸福から、地獄の底へと、究極の落差を味合わせてやる! ふははははっ!」
ユーシアの高笑いが謁見の間に響き渡る。
心なしか、天上を支える石の柱が揺れてぱらぱらと砂を落とした。
アンナは胸に手を当てて微笑んでいる。
「どのような行動を取っても結果が正しいなら勇者です。きっとユーシアさまは、神の使わした勇者さまなのでしょう」
彼女の呟きは高笑いによって消されてしまった。
笑いが収まるとシルウェスが真紅のマントをひるがえす。
「それでは皆さん、今こそ反攻の時です! 二手に別れて残る魔王姫軍を粉砕いたしましょう! ――次の勝利も我らにあり!」
「「「おおっ!」」」
居並ぶ者たちが拳を振り上げて叫んだ。
こうして王都はにわかに忙しくなった。
早急に進軍の用意が進められていった。




