第41話 作戦会議
アイヒマンを倒してから数日たった春の朝。
孤児院の食堂でユーシアたちは十人掛けの長テーブルに座って朝食を食べていた。
もちろん牛乳をかけたコーンフレークを。
あとは昨日の残りの、肉や野菜が出されていた。小さいリンゴもあった。
テーブルの上座に座るユーシアは残忍な笑みを浮かべてスプーンを口へ運ぶ。
「くくくっ! これで今日一日、我輩は無敵!」
「さすがですわ、ユーシアさま」
近くの席に座るアンナが感心した声を上げる。
「おいしーね」「さくさくー」「力がわいてくる気がします」「冷たいから目がしゃきっとするー」
子供たちにも大好評だった。自分たちの手作りと言うのが美味しさに拍車をかけているのかもしれない。
ユーシアの近くに座る少女リスティアもみんな同じように感心していた。
「このコーンフレークっておいしいのに、手軽! 朝食の用意が簡単に出来ちゃう」
「そうだろう、そうだろう! 一日の始まりという大切な時間を無駄にさせない、最高の食べものだ、ふははははっ!」
山盛りのコーンフレークをしゃりしゃりさくさくと食べながらユーシアは笑った。
リスティアが、はっと顔を輝かせて言った。
「じゃあ、これを普及すれば、みんなをもっと働かせられますね!」
が、ユーシアはジロッと睨んだ。
「それはならん!」
「な、なぜでしょう?」
「ありふれた食べ物になったら価値が下がる! こんな優秀でうまいものを我輩だけが喰らう! そこに暗い喜びがあるのではないか! ふははははっ!」
「むう……暗い喜び……」
「だからコーンフレークは我輩と腹心だけの特権とする! よく働いたものにだけ食べる権利を褒賞として与える! そうすれば人々の憧れる特別な食べ物として広まっていくだろう」
「な、なるほど! 食べ物一つすら支配の道具に! さすがです、ユーシアさま!」
「我輩は利用できるものはなんでも利用する! 魔王としてぬかりはない! ふははははっ!」
不敵な笑みでコーンフレークを口へと運び、高笑いをする。
ユーシアはどこまでも楽しそうだった。
◇ ◇ ◇
賑やかな朝食が終わる頃、赤髪のエルフと銀毛の狼獣人が入ってきた。
ユーシアの腹心である、美姫シルウェスと胸板のたくましい銀狼獣人ゲバルト。
二人はユーシアの傍へ来ると床に片膝を付いた。
「お呼びでしょうか、ユーシアさま」「おはようございます、ユーシアさま」
「うむ。次の作戦を立てようと思う。――年少組隊は朝の稽古をせよ」
「「「は~い!」」」
子供たちは自分たちの使った食器を持って台所へ。
「アンナは地図をここへ。あとは子供たちの面倒を見ておけ」
「はい、わかりました。子供たちと過ごす時間を下さって、ありがとうございます」
アンナは金髪を揺らして微笑んだ。
空いた席にシルウェスとゲバルトが座った。
アンナがテーブルの上に地図を広げた。アンナ製なので、国や町の位置と森や川が分かる程度のアバウトな地図。
それから食堂を出ていった。
ユーシアは両肘を付いて顔の前で手を組む。
「さて、状況を報告してもらおうか」
シルウェスがかしこまった声で答える。
「はっ、ユーシアさま! 王都の修繕は完了、防衛体制が整いました。エルフの国は王都を取り囲むように五重の塹壕を完成させました。人の国の支配も、私がユーシアさまの代行であるということが受け入れられたように思います」
ゲバルトが淡々とした声で言った。
「指導を任されていた人の国の兵士たちについては。大勝利をした上に四天王を二人倒したとあって、士気は非常に高いと考える」
ユーシアはテーブルの地図を見ながら顔をしかめる。
「ふむ。次の一手のための下地はできたな。このまま全軍を率いて、ディアボロス第1軍の支配する針葉樹林帯を攻めても良いが……」
シルウェスが首を傾げる。赤髪が揺れた。
「何か気にかかることでもあるのですか、ユーシアさま。今のアルバルクス王国軍とエルフ軍に逃げ出すような軟弱者はいませんが……」
「魔王姫エメルディアは異世界から来た以上、また異世界へ逃げられる可能性がある」
「追い払えば勝ったも同然だと思いますが、違うのでしょうか?」
ユーシアはシルウェスをジロッと睨む。
「我輩に断りもなく、この世界を好き放題に荒らしたのだ。二度と歯向かえぬよう、圧倒的な力でぶちのめさなければ我輩の気が収まらん」
少女リスティアが黒髪を揺らして喜ぶ。
「偽物魔王なんてやっつけちゃってくださいっ! 世界で魔王はユーシアさま一人だけでじゅーぶんなのですっ!」
「いえ、お二人とも……そんな感情的に作戦方針を立てられましても困ります」
シルウェスは呆れて肩をすくめた。
ところが、ゲバルトは彼女とは逆に感心した吐息を漏らした。
「さすがユーシアさまだ……そこまで考えられておられるとは」
「え!? なぜそうなる、ゲバルト?」
「ユーシアさまはこう言われた『異世界へ逃げられる』『二度と歯向かわせない』。つまり、手下の人形を倒しただけでは、逃げられて体勢を立て直される可能性があるということだ」
「なるほど! また攻めてくる可能性があるということか! そこまでお考えになられていたとは!」
シルウェスは信じられないとでも言うかのように弱く頭を振った。
ユーシアは腕組みをしてふんぞり返る。
「ふふんっ。子供は争いとなると勝つまで向かってくるからな。徹底的に叩きのめしておかんと後が面倒だ。女子供でも容赦はしない! それが我輩、魔王の中の魔王だ! ふははははっ!」
「うん、容赦なかった」
うんうん、と何度も頷くリスティア。
シルウェスもさすがに感心していた。
「さすがユーシアさまです。感情的な発言と捉えてしまい、申し訳ございませんでした」
「シルウェスもまだまだだな。まあ、よい――だが、どうするか。奴らはまだ撤退準備を開始していないのだな?」
「はい、ユーシアさま。エルフたちに各地を探らせたところ平常どおりでした」
ユーシアはエルフたちを魔法剣士部隊としてではなく、斥候部隊として使っていた。
森の回廊を使えば遠く離れた場所でも偵察をできた。
もちろん木が生えていることが前提になるので、砂漠や雪原はエルフ兵を送ることはできない。
ユーシアは地図を見ながら考える。
――短期間で軍団の半分を失っても、まだ撤退を視野に入れていないとは。
我輩に勝てないことは明白なはず。
かと言って互いに魔王を名乗る以上、決定的敗北をせずに軍門に下ることなど有り得ない。
勝てないならまだ無傷の人形を引き上げて戦術的転進。別の世界を侵略すればいい。
その世界を征服して力を蓄えてから再戦に望めば良い。
そして、もしそうなるなら第一軍を魔王姫城に撤退させる時が狙い目だった。
人形兵を城に入れる隙を突いて、一気に攻め込んで魔王姫をぶちのめす。
だからエルフたちに針葉樹林帯に駐屯する魔王姫軍を監視させていたのだが。
おかしい。
我輩の戦いぶりは人形の目を通して魔王姫に伝わっているはずだ。
魔王姫が意地になっているだけなら末端の兵士に動揺が出る。
それがないということは――。
ふむ、と頷いて背もたれに体重をかける。
「まだ魔王姫軍には、我輩に勝てると考える『何か』があるのだな。秘策や切り札的な何かが」
「えっ!?」「切り札!?」「そ、そこまでお考えとは!」
リスティア、シルウェス、ゲバルトが思い思いに驚いていた。
作戦会議はまだ続く。
あと一話、今日中に更新します。