第39話 戦後処理とエルフの未来(大森林防衛戦その6)
大森林の中にある王都シウバにて。
ユーシアは四天王アイヒマンを暴力的な腕力だけで粉砕した。
かつては弟だった残骸に、ゲバルトは近付く。
弟のミュラーは半壊した人形の顔で見上げる。
「お兄ちゃん……助けて。痛いよぉ……」
「ミュラー、いつか……いつかバカな俺を支える右腕となってくれると信じていた」
ミュラーは演技をやめると急に押し黙って目を細めた。
「なんで? 僕の部下になるのはお兄ちゃんでしょ。バカなんだから。僕が上、お兄ちゃんは賢い僕に従えばいいんだよ! 僕は天才なんだ! 賢いんだ! みんな僕に従うべきなんだぁぁぁ!」
ゲバルトは言い返さず、頭を下げる。
「ミュラー……すまなかった」
「そ――そんな、そんな目で僕を見るなぁ! 足がなくったって僕はかわいそうな奴なんかじゃない! 僕こそが支配者だ! 誰よりも偉いんだぁぁ――……ぁ」
ミュラーの声は掠れて消えていった。
その隣には丸太のような腕が転がっていた。
ゲバルトは震えながら近づく。
「すまん、ネオジャスタウェイ サイクロンジェット ジャスタウェイ……お前は俺の辛い時を支えていたというのに、俺は何もできなかった――ッ!」
銀毛におおわれた太い腕で、人形を抱きしめた。
彼の腕の中で、さらさらと粉になって消えていく。
ゲバルトは震えながら無言で、目頭を押さえた。
しかし居合わせた女性陣は冷たい目で彼を見ていた。
「あれ、重症なんじゃ?」「早く病院へ」「もう手遅れかもしれませんわ」
――と。
ユーシアが木の床を鳴らして一歩、前に出る。
「もう、よいな?」
「……はい、頼みます」
ゲバルトが頭を下げた。
「圧縮――暗黒闇星波」
パチンッと指を鳴らすと、四方からアイヒマンの胴体へ向かう衝撃波が生まれて残骸を木っ端微塵に粉砕した。
緑生い茂る王都シウバに心地よい風が吹きぬける。
アンナが金髪を揺らして近付いた。
「ユーシアさま、お疲れ様です。素晴らし収め方でした――あ、怪我したエルフさんや、毒ガスを浴びたエルフさんたちは、全員回復魔法で直しておきました」
「そうか。やはりお前はおかしいな」
シルウェスが胸を押さえて微笑む。
「毒ガスの症状すら回復させるとは、恐るべき魔法だ。聖女よ、エルフの民を救ってくれて感謝する」
「いえ、なんでもないです、これぐらい」
アンナはにっこりと微笑んだ。何百人と治療しただろうに疲労の影さえ見えなかった。
――と。
ユーシアの足元に、殊勝な態度でゲバルトがひざまずいた。
「ん? どうしたゲバルト」
「ユーシアさま、ありがとうございます」
「何がだ?」
「俺と家族とネオジャスタウェイが救われたかはわからない。でも、なぜか感謝の念が次から次へと溢れて止まらない。――だから、ありがとうございます」
ユーシアは不敵な笑みを浮かべて言った。
「ふんっ。勝手にしろ。我輩は自分のためにやっただけ。特に人形は知らん。……よって、貴様は今後も馬車馬のように働くがよいわ!」
「はいっ。俺の剣はユーシアさまのもの! あなたの剣となって道を切り開くことを誓う!」
ゲバルトはひざまずいた姿勢のまま、ユーシアに大剣を両手で差し出す。
ユーシアはニヤッと口の端を歪めると、右手を伸ばして彼を指差した。
「よかろう。その心意気、受け取った! ――今より黒の二番に昇格し、我輩のために命を賭けることを許す! ――我輩の右手薬指は黒の二番! ゲバルトズィーガーを漆黒次席に昇格する――従者契約変更!」
大剣を捧げるゲバルトの右肩が輝く。
「ははぁ――ッ! ありがとうございます、ユーシアさま!」
ゲバルトは床にこすり付けんばかりに頭を下げた。
シルウェスが傍へ来て頭を下げる。
「ユーシアさま。私も感服いたしました」
「ほう?」
「魔王姫軍を手のひらで遊ばせるような緻密で大胆な作戦。敵を粉砕する圧倒的な力。――そしてなにより、部下への心配り。私はまだまだユーシアさまの持つ器の大きさを理解できていませんでした! ――どうか、これからも不肖シルウェスをお傍に置いてください! 命を駆けて、あなたさまに尽くします!」
シルウェスが熱っぽい視線でユーシアを見つめる。
「ふん。ようやくわかったか、小娘め! まあ、口ではなんとでも言えるがな」
シルウェスは美しい顔を泣きそうに歪める。
「くっ! 信じてください、ユーシアさまっ!」
「――いいだろう。ならば貴様を試してやる」
「試す、とは。どのような方法で?」
「このエルフの国フトゥーラと、人の国アルバルクス王国を治めてみよ! 当然、我輩の望むような統治でな!」
「なっ! エルフの私にエルフの国まで統治させると!? それは自治を認めるということですか?」
「知らん。貴様が考えておこなえばよい――自治などと簡単に言うが、山積みの問題を解決できるのか?」
ちらっと視線をエルフ女王に向けた。
シルウェスは、ぐっと息を飲むと翡翠の瞳に決意を漲らせた。
「わかりました、ユーシアさま。私にすべてお任せくださいっ!」
彼女は颯爽と歩いて、女王の元へ行く。
その背を見ながらユーシアはニヤリと笑う。
「ふふん、これからどうしていくか見ものだな」
ふと心の中に万感の想いが去来する。
かつて部下だった青髪の女性。冷徹な笑みを浮かべて恐ろしい統治で人々の心を支配した。
――せめてメビウスの足元程度には使えるようになってもらわんとな。
シルウェスは顔を引き締め、椅子に力なくもたれる女王の元へ。
「母上。この国の実権をお譲りください。私が治めます」
「断ることなど、できなさそうね」
「断るのであれば、私の手を血で汚してでも実権を手に入れてみせましょう――が、できればそれは望みません。平和的に話が進むよう、なにとぞお考えください」
「はぁ…………もう任せるわ……。シルが言う通り、そこまで悪い人じゃなさそうだし……どのみち、しばらく休みたいわ」
女王は頭が痛むのか、こめかみを押さえつつ首を振った。
ユーシアが言う。
「シルウェスはいつも国におるとは限らん。その女は国王代行にでもしておけ」
「はい、ユーシアさま」
決意を秘めた真摯な笑顔でシルウェスが頷く。
ユーシアも、うむっと頷き返し……何か忘れている気がした。
――なんだったか……エルフ国へ来た理由。
はっ、そうか! コーンフレークッ!!
ユーシアは何気ない顔をして尋ねる。
「ときにシルウェスよ」
「はっ、なんでありましょう、ユーシアさま!」
「エルフの国はとうもろこしが獲れるそうだな」
「はい、水耕栽培を使って大規模に育てております。主要穀物です」
「ほほう。では、コーンフレークを食べたい。用意せよ」
女王が怯えてガクガクと震えだす。
「ひいいぃっ! やはりおそるべき魔王であったのねっ」
シルウェスも驚いている。
「な、なんと! ユーシアさまが、コーンフレークを!?」
「なんだ? コーンを粉にして、水で練って、乾燥して焼く。簡単な食べ物ではないか」
シルウェスは震えながら言った。鈴の音のような美しい声がかすれている。
「ユーシアさま。エルフの国ではコーンフレークは禁忌の食べ物とされています……」
「な、なんだとっ! なぜだ!!」
「おそるべき悪魔が好む食べ物であり、決して作ってはならない、食べてもならないと。食べればその者は地獄に落ちる、と『神々』から直接伝えられたといいます」
ユーシアは悔しげに唇を噛む。
「ぐぬぬっ! あやつらぁぁ! 嫌がらせか!? ――いや、我輩が復活してパワー全快になるのを恐れたのだな! ――ぬ? ということは、後世にまで我輩の恐ろしさが伝わっていたといえる! 悪魔呼ばわりされたのは気にいらんが……だが、封印されて以降も人々を震え上がらせるとは、さすが我輩! ふははははっ!」
リスティアが笑顔で賛美する。
「すごいです! めげないポジティブ思考! さすがユーシアさま!」
ゲバルトまで、うむっと深く頷く。
「さすが俺の主。姿を見せなくても人々に影響を与えるとは……ユーシアさまこそ、もっとも偉大な男だな」
アンナは手を合わせて喜ぶ。
「なんだかよくわかりませんけど、ユーシアさまは素晴らしい勇者ですわ」
エルフの親娘だけが、目を見合わせてぼそぼそと囁きあう。
「ねえ、シル。本当に命を賭けても大丈夫なお方なのでしょうか……」
「母上、た、たぶん大丈夫です……」
自信なさそうに答えるシルウェスだった。
そして、エルフの森にユーシアの高笑いは響き、戦いの一日は終わった。
前話で10万字達成してました。
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