第3話 魔王さま、現状を知る
深い森の中にある二階建ての隠れ屋敷。
一階にある食堂で魔王ユーシアがテーブルに座っていた。ちゃんと前掛けをつけている。
壁際には子供たちが立っていた。
厨房から木の皿を持ってアンナが出てくる。
「申し訳ございません、このようなものしかなくて……」
ユーシアの前に置かれた。
湯気の立つお皿には、白っぽい液体が入っている。
ユーシアの凄みのある顔が、少しだけ残念そうに歪んだ。
「コーンフレークではないのか……」
塩味しかない小麦のお粥。いわゆるオートミール。
ぶっちゃけまずい。
それでも食堂の壁沿いに並んで立つ子供たちは、ごくりと唾を飲み込んだ。
ユーシアはスプーンを手に取ると、ゆっくりと食べた。
もぐもぐと口を動かす。何も言わない。
アンナが心配そうな声で言う。
「ユーシアさまのお口に合いますでしょうか……」
ユーシアは飲み込むと、物欲しそうに見ている子供たちを眺めてから笑った。
「くくく……っ! 貧しき者の食料を奪い、餓えた子供たちの目の前で食らう! まさに外道の味! うまいっ、うまいぞぉぉぉ~!」
「まあっ、お口に合いましたようでよかったですわっ!」
アンナは手を叩いて喜んだ。
その姿を信じられないものを見る目付きで、子供たちがじとーっと見ていた。
「やっぱ前から思ってたけど」「アンナ母さんって」「ちょっとおかしいよね」「知ってる。こういうの天然って言うんだよ」「てんねん!」
ユーシアは食べながら尋ねる。
「さて、いろいろ知りたいが。まあ、まずは神々についてだな。奴らはどこにいる? なぜ偽魔王が暴れているのに倒そうとしない?」
「どこって……天上におられるのではないでしょうか?」
「てんじょう? 空にでも住んでいるのか?」
「いえ、なんと言いますか……とても遠いところに住んでおり、我々を見守ってくださっていると」
「……ひょっとして、天地創造が終わって別世界へ移り住んだのか!? 最後に姿を現したのはいつだ!」
「神さまが姿を現すなんて……そんな話は聞いたこともありません」
ぐぬぬ、とユーシアは鋭い歯を噛み締めた。
「くそっ、逃げられたか! 全宇宙、全次元を探すとなると途方もない時間がかかるっ! これでは部下たちの弔い合戦ができぬではないかっ! ……いや、待てよ? 奴らが手間暇かけて作ったこの世界を我輩が手中に収めれば、間接的に勝利したといえるのではないか? ――ふふふっ、奴らの悔しがる顔が目に浮かぶようだ! 世界征服を信じて散っていった部下たちの無念も晴れようぞ!」
「ユーシアさま?」
アンナは可愛く小首を傾げた。金髪が柔らかに揺れる。
ユーシアはまた一口粥を食べつつ言う。
「問題ない。次に聞きたいのは、この世界を支配しようとしているエメルディアとかいう泥棒についてだ」
アンナの美しい顔に影が差す。
「5年ほど前のことです。空に大穴が開いて、空飛ぶ城が突然現れました。そこから大量の人形の兵士が降り立ち、世界を侵略していきました。もう世界のほとんどは魔王姫の手に……」
「ほう。時空超越を使うのか――今、どこにいる?」
「混沌の人形姫と名乗る魔王姫エメルディアは、浮遊城にいて各地を自由に動き回っていて正確な場所はわかりません」
「それはちと厄介だな」
「そして人形を生み出す力を持っていて、人形兵をばら撒いています。しかも生物を人形に作りかえることまでできます。とても恐ろしい力です」
ユーシアが眉間に嫌そうなしわを寄せた。
「しかし、弱いではないか」
「強いのもいれば弱いのもいます。けれど人形の恐ろしいところは、疲れを知らないところです。眠りもしません。魔王姫の軍勢と戦う場合、絶え間なく戦い続けなくてはいけませんでした」
「なるほど。弱者は苦労しそうな相手だな。我輩には関係ないが――子供たちを狙うのは?」
「生物を元にすると高度な命令をこなせるそうです。しかし子供は意志が鍛えられていないため、命令をこなすだけの人形になってしまうのです。保護者のいない子はみんな、先ほどの人形兵のように……」
「なるほど、文句を言わない高性能の奴隷が欲しいということか。ふむ、それで子供たちをここに隠しておったのだな」
「はい、隠れ孤児院でした。さすがユーシアさま。理解が早いですわ」
「では、エメルディアが支配したところは全員人形にされてしまったのか?」
「いえ、そこまではしてません。反抗した者を重点的に人形にしているようです。人形になると絶対服従になりますので。しかし足腰の弱ったものや、病気のものは自分から人形になったとも聞きます」
「ある意味、不老不死とも言えるな――今のこの世界、国や文化はどうなっておる?」
「幾つかの国がありましたが、みんな魔王に滅ぼされました……今や残るのは剣と魔法の大国であるアルバルクス王国のみ。それも大半は占領され、王都が落ちるのも時間の問題……」
アンナは悲しげに顔を伏せた。金髪が垂れて頬に掛かる。
ユーシアは我関せずといった感じで、お粥を黙々と食べ続ける。
「ちなみに我輩が封印されてから何年前かわかるか? 魔王ユーシアを封印したのだ、話ぐらい伝わっているだろう?」
「いえ、聞いたこともありません。何かの勘違いではないでしょうか?」
ユーシアは難しい顔をして独り言のように言う。
「ひょっとしたら想像以上に長い間、封印されておったのやもしれんな……まあよい。これで何をするべきかわかったぞ」
ユーシアはスプーンで最後のお粥をすくった。
はむっ、と食べて飲み込む。
そして前掛けを取りつつ立ち上がった。
ばさっとマントを翻す。その拍子にイスが倒れて派手な音が鳴った。
「偽魔王エメルディアを倒し、世界を我が手中に取り戻す! そして、この世を我輩色の恐怖で染め上げ、絶望の闇で覆い尽くしてくれるわ!」
「ええええ――っ! どうしてそうなるのです!?」
アンナの悲鳴が食堂に響いた。