第38話 ユーシア悪即斬!(大森林防衛戦その5)
緑溢れる樹上の都シウバ。
その本陣にて、ゲバルトがアイヒマンに戦いを挑んだ。
しかし怒りに我を忘れたゲバルトは転がされる。
そこへアイヒマンの背中に繋がる何本もの腕が、弟ミュラーの操縦によって襲い掛かった。
絶対避けられない金の槍が打ち込まれる!
――ガツンッ!
しかしゲバルトは目を見開いたまま、生きていた。
彼の前にはぶらぶらと少女が垂れ下がっている。スカートから見える細い足。
ユーシアの攻撃にすら耐える、究極防御の竜少女リスティア。
その隣に立つのは黒いマントをなびかせた恐ろしい顔つきの男、ユーシア。
リスティアはユーシアに首根っこを掴まれ、盾代わりにされたのだった。
彼女は、う~、と頭を押さえて泣きそうな目で見上げる。
「今のちょっと痛かったかもですぅ、ユーシアさまぁ――ノーダメージだけど」
「なら次は、掴んでみるのだな」
「はっ! その手があった! がんばりますっ! ――さあ、次こ~い!」
パシパシと手を叩くと、キャッチャーのように構える。
「いや、もう役目は終わりだ」
「え?」
ユーシアは彼女を、ぽいっと後方に投げた。入口付近にいたシルウェスの横に落ちる。
ペタンの女の子座りして、泣きまねを始める。
「なんか扱いが荒いです~しくしく」
シルウェスは息を吐いて魔法を解除すると、リスティアの頭を優しく撫でた。
「扱いが荒いのは、きっと怒っておられるからだろう」
「怒ってる……? ユーシアさまが?」
「いつまで寝ている? 下がっていろ」
ユーシアは手を伸ばし、今度はゲバルトの首根っこを掴んだ。
「ユーシアさまっ! お待ちを――うわっ!」
ゲバルトもまた、ぽいっと入口に投げられた。
シルウェスがお姫様抱っこでキャッチする。
ユーシアが振り返りもせずに言った。
「シルウェスとリスティアよ。ゲバルトを押さえておけ」
「そうなるだろうと思っていた」「りょうか~い!」
女性二人がかりでゲバルトを羽交い絞めにする。
ゲバルトは首を振って叫ぶ。
「待ってくれ! あいつは! アイヒマンは! ネオジャスタウェイの敵を……俺の手で倒さなくては――!」
「下がっていろと言ったのがわからんのかぁぁ!!」
彼の言葉をすべて言わせず、ユーシアは叫んだ。
ごうっと、怒鳴り声が突風となってゲバルトを叩いた。
銀毛がざわわっと逆立つ。
しーんと静まり返った中、はっきりと言う。
「この男は我輩が倒す。手出しは無用だ」
ユーシアは指と首をコキコキと鳴らして言った。
アイヒマンがニヤリと笑う。
「倒せますかねぇ……対策済みなのですよ? 魔王ユーシア」
「僕たちだからできたんだ。結局、魔法主体じゃあ対処方法は幾らでもあるよ。勝ちは確定さ」
背中に乗った狼獣人の子供ミュラーも、けたけたと笑っていた。
入口付近では。
押さえ込まれたゲバルトは拘束を解こうとまだ身をよじっている。
「俺が、俺がやらなくてはッ! ネオジャスタウェ――イッ!」
その彼の口をたおやかな指が一本、塞ぐように添えられた。
シルウェスが翡翠色の瞳で覗き込みながら言う。
「ゲバルト、あの方に任せよう」
「し、しかし!」
彼の肩をポンポンと叩くと、尊敬の光を讃えた視線でユーシアを見た。
「背負うと言っておられるのだ、ユーシアさまは」
「え? な、何をだ……?」
「怒りに我を忘れて復讐に走るのも悪くない。悪くないが、しかし! 残るのはなんだというのだ? 悪に染まったとはいえ、実の弟を殺めたという後悔と苦悩! 一生苦しむことになるぞ。――それをユーシアさまが変わりに背負ってくれると言っておられるのだ!」
「な――っ」
ゲバルトがユーシアの真意に触れて、驚きで目を丸くした。
すると、聖女アンナが、修道服を揺らして入ってくる。
「ええ、ユーシアさまは偉大です。あの方の背中を見てください。なんと広く、強く、頼もしいのでしょう」
「俺の……俺とネオジャスタウェイのために、そこまで……っ!」
ゲバルトの体が激しく震える。銀毛が膨らむように逆立った。
リスティアがぶんぶんと首を振る。
「いや~、ネオジャスタウェイ? の責任までは取らないと思うけど」
シルウェスとアンナが口々に言う。
「何を言う。あの方は、とほうもなく大きな器を持っておられる。きっと大丈夫」
「ユーシアさまこそ、勇者の器ですわ」
「ユーシア、さま……」
ゲバルトは震える唇から祈るような声を出した。
皆が見つめる中、ユーシアはもくもくと屈伸運動をしていた。
アイヒマンがにやりと笑う。
「おやおや、やる気ですか。いいんですかねぇ? ゲバルトの弟がいるんですよ? 私を倒せば一緒に死んでしまいますよ?」
「それがどうした……? 人質の意味があるのは、自分にとって大切な者が捕られた場合のみ! 赤の他人の生死など、知ったことではないわ!」
ユーシアがずんずんと前に出ながら大声で吠えた。
対峙するアイヒマンが背中の腕を無数に持ち上げつつ言う。
「……なるほど。あのまま戦わせてゲバルトを人質に取られることを怖れた、というわけですね」
「ふんっ。我輩は魔王! 率いる部下達の頂点に立つ者! 常に最悪の事態を想定して行動する! ――それに、部下一人の面倒ぐらい見れないで、なにが上司かっ!」
「いいでしょう。その勘違い、ねじ伏せてあげましょう!」「だよねっ!」
アイヒマンは指を絡めて魔法を唱え始める。
背中のミュラーはレバーを操作した。腕が半分、蛇のようにうねりながら迫った。
ユーシアが犬歯をギラリと光らせて笑う。
「ふんっ! ねじ伏せるのは我輩のほうだ! ――でやぁぁぁ!」
飛んできた腕を逆に掴んだ。
圧倒的な力で、ぐいっと引っ張る!
「ぬぁっ!?」
アイヒマンが引き寄せられて空を飛んだ。
ユーシアの力が強すぎたため、腕が一本引き千切られた。
「あああぁぁぁ! 最高傑作の腕が!」
ミュラーの甲高い叫びが響く。
床に落ちた腕は、釣り上げられた魚のように跳ね回った。
そして、しなびて動かなくなった。
「いい声で鳴くではないか。――お前はどんな声だ! 我輩に聞かせるが良い! ――ふんぬっ!」
ユーシアが右腕を無造作に振り抜いた。
急速に接近したアイヒマンの顔面に炸裂する。
グシャァ――ッ!
「うびゃぁあああ――ッ!」
眼鏡のレンズは砕け、フレームが曲がった。
ガラスの破片と共に拳が顔面に刺さり、さらに突き抜けて頭が爆発する。
赤い血が花火のように散った。
ユーシアは残忍な笑みを浮かべながら、血まみれの拳をペロッと舐める。
「ほう? 貴様のような奴でも、血は赤いのだな」
背中にいたミュラーが悲鳴を上げる。
「あ、アイヒマンさまが――ッ! 聞いてないよ、そんな馬鹿力! 魔法使いじゃないの!? どうしよ、どうしよ!」
かっかっかっ、とユーシアはおかしそうに笑う。
「馬鹿が知恵を寄せ合っても、論外にしかならんわ! ――ふんっ!」
ブチブチブチッ!
ユーシアが背中から延びる腕を、無造作に掴んで引き千切った。
ミュラーが顔面を蒼白にして叫ぶ。
「あああ! なんてことするんだぁ! 最高傑作の腕なのにぃぃぃ!」
「ふははははっ! 泣き叫べ! 我輩の忠臣を苦しめたこと、死して償うが良いわ!」
ブチブチッ、ブチブチッ、と引き千切っていった。
「いやぁぁぁ……こんなの……想定して、ない……助けて……」
ミュラーは苦し気に喘いだ。
どうやらアイヒマンとつながっているため、母体へのダメージが彼にも届いているようだった。
それでもミュラーは目をくわっと見開いて、さらにレバーを操作した。
「まだ終わりじゃない……! 至近距離だっ。この距離なら当たる!」
背中に隠されていた残りの腕がユーシアへ伸びて噛み付いた。
噛み付いたまま手のひらから槍を出したり、魔法を発射する。
――が。
無傷のままのユーシアを見て、ミュラーは震え上がった。
「効いてない――ッ! こんなのおかしいよ!」
ユーシアは凄惨な笑みを浮かべる。
「んん~? それはひょっとしてマッサージでもしてくれておるのか? なかなか心地よいぞ……」
「えっ、本当!? 頑張るから助けてっ!」
ミュラーはレバーを操作しながら懇願する。
「ほほう? 心を入れ替えたようだな。これなら見逃してやってもよいな――――だが許さん!」
自分に噛みつく腕たちを、容赦なく引き千切る!
ブチブチブチッ!
「あああああっ! 僕の最高傑作がぁぁぁ!」
ミュラーの盛大な悲鳴が森の都にこだました。むしられる痛みに、床の上をのたうち回る。
すべての腕を千切ったユーシアは、最後にアイヒマンの胴体を踏み潰した。
「身の程知らずの外道め……ん、人形は粉々にしないと復活するんだったな――だーくぐら」
「お待ちください、ユーシアさま」
ユーシアの後ろからゲバルトが冷静な声で言った。
指パッチンをする直前の姿勢で止まる。顔だけをゲバルトに向けた。
「なんだ?」
「1分だけ、お時間をいただきたい」
そう言って、床の上で見苦しく痙攣する銀毛の獣人――ミュラーを見た。
「……よかろう」
「ありがとうございます」
ゲバルトは頭を下げると、ミュラーに近付いた。