第36話 エルフ王都急襲!(大森林防衛戦その3)
エルフの国。
大森林の森の中、漆黒のドラゴンリスティアが、泥しぶきを上げて駆け抜ける。
「まだまっだ行くよ~! ん~!? なにあれ」
リスティアの背に立つユーシアが、寡黙な声で言った。
「あれは塹壕と、馬避け柵だな。あの土累の向こうは深い溝になっている。気をつけろ」
「あいさぁ!」
一息で飛び越え、疾走する。
その瞬間、黄色の霧が森を覆った。
◇ ◇ ◇
王都シウバの本陣にエルフの兵が駆け込んでくる。
「報告します! 目標を作戦地点にて、毒ガスを浴びせられました! 作戦成功! ――ですが、エルフ兵の撤退が遅れて数名……」
作戦代の上座に座るアイヒマンが頬杖を突きながら眼鏡を光らせる。
「くくくっ! よくやってくれました。大成功です! なに、戦争に犠牲は付きものですよ」
横にいたエルフ女王がドレスを揺らして立ち上がる。
「そ、そんな! アイヒマンさま! はじめからエルフを犠牲にするおつもりで!?」
「さあ?……でもよかったじゃないですか。敵を排除できて。くくくっ」
「くぅ……っ!」
女王は悔しげに美しい顔を歪めた。
――と。
アイヒマンの暗い笑いを打ち消すような高笑いが、王都シウバに響き渡った。
「ふははははっ! その程度で我が輩が倒せると思ったか!」
「な、なに!?」
本陣を見下ろす大樹の頂上。
黒いマントを翻して笑う強面の男がいた。
「お、お前は!」
「どうした、三下! 我が輩はここにいるぞ!」
アイヒマンが悔しげに奥歯を噛む。
「くっ、おとりでしたか!」
「そのとおり! 我が輩相手に善戦したと誉めてやろう! 決戦において予備兵を早期投入した判断も良し! まあ、おかげで思う存分、暴れられるが! ――腹心の部下も、ここに!」
ユーシアの足下には、枝葉に捕まる、少女リスティアと獣人剣士ゲバルトがいた。
――指パッチンの召喚で毒ガスを浴びる前に呼び寄せたのだった。
リスティアが目をきらきらさせて叫ぶ。
「さすがユーシアさま! 作戦大成功ですっ!」
「ふんっ、当然だ! ――ゆくぞ、ゲバルト! お前は周囲のエルフを牽制せよ! 我が輩があの三下を倒す!」
ゲバルトは、跳躍する準備をしながら言う。
「いや、ユーシアさまはここでお待ちを」
「ほう?」
「まだ働き足りない。あなたに俺の力を見せておきたい」
「……よかろう。我が輩のために死力を尽くすがよい!」
「はっ、その心、ありがたく! ――はぁっ!」
枝を蹴って樹上に張り巡らされた床に飛び降りる。
渡り廊下を駆け抜ける。
兵は出払っているためがら空きだった。
本陣の中、作戦台に座っていたエルフ高官たちが腰のレイピアに手を掛けながら立ち上がる。
その数、8人。
アイヒマンは頬杖をついてにやにや笑っていた。
エルフたちは慌てて剣を構えて魔法を唱えようとするが、ゲバルトの踏み込みが早い。
彼は大剣を軽々と振り回して、剣の腹で殴りとばす。
「がっ!」「うわ!」
二人を地面に昏倒させる。
その間に魔法が完成する。
「我が名ニンファに従う炎の精霊フレーマよ、火球となりて焼き付くせ――大劫火球!」
女王の指先から炎が放たれる。
ゲバルトは剣を構えて斬る体勢に入る――。
バッシャァァンッ!
水の塊がぶつかり、火球は消滅した。
赤い髪を燃えるようになびかせてエルフの姫騎士が颯爽と現れる。
「母上の魔法は通じません」
ゲバルトの眉が寄る。
「む! 邪魔するな、シルウェス!」
「ふん、私に黙って一人だけ格好つけることはゆるさん――はぁ!」
彼女は一瞬にして三人の高官に詰め寄った。
華麗な体捌きで魔法を放ちながら細剣で突く。
ドゴォッ――ズスッ!
魔法が爆発して二人吹き飛び、剣は一人の腕を貫いた。
「うわっ!」「そ、そんな……」「シルウェスさまぁっ!」
崩れ落ちるエルフたち。
シルウェスは凛と顎を上げて見渡す。
「母上、無駄な抵抗はおやめください」
「あ、あなた……こんなことしたらエルフの未来が……」
「大丈夫、あの方なら守ってくださるでしょう」
ちらっと流し目で遠くを見た。
ユーシアが樹上で腕組みをして戦いを睥睨していた。
女王は膝から崩れ落ちる。
「あれは、魔王姫より恐ろしい魔王ユーシアではありませんか……なんてことを」
「私もそう思っていました。しかし魔王姫よりも賭ける価値があります」
「賭けるってなにを?」
「命、です」
言い切ったシルウェスはきびすを返し、まだ椅子に座るアイヒマンへ剣を向けた。
ゲバルトが残りの二人を倒して並び立つ。
アイヒマンはゆっくりと立ち上がる。
「師団長が二人揃って裏切りとは……あの男がここにいるのも、シルウェス師団長の手引きですか。やってくれますねぇ」
もともと大きかった背中が膨れ上がる。
シルウェスはスカートをひるがえして後方へ飛ぶ。作戦大からはなれて入口の近くへ。
「ゲバルト、時間を稼いでくれ!」
「――わかった」
ゲバルトは大剣を上段に構え、突撃する。
「覚悟しろ、アイヒマン!」
「やれやれ。飼い犬に手をかまれるとは、このことですねぇ――ゲバルト師団長、あなたは逆らってはいけない身分なのですよ?」
「人質を使うまもなく倒せばいい!」
アイヒマンがニヤリと笑う。
「――もう、ここにいるのに? お兄ちゃん」
「え?」
着ていたローブが弾けた。
膨れ上がった背中から銀色の腕が蛇のように飛び出した。
ゲバルトは戸惑い動けない。
離れていたシルウェスが叫ぶ。
「ゲバルト――っ!」
危機的状況でもユーシアは腕組みをしたまま動じない。
「酒とつまみを用意しておくべきだったな」
暇そうに腕をぼりぼりとかいた。