第35話 突撃ドラゴン!(大森林防衛戦その2)
エルフの国は大半を湿地帯にある森を領土としている。
その南方から水しぶきを上げて、真っ黒いドラゴンが向かってきた。
「どいてどいて~! 怪我しても知らないよぉ~!」
ドラゴンのリスティアが爆走しながら叫んだ。
彼女の走った後には煙が立つ。
背中にはユーシアだけが乗っていた。黒いマントが盛大になびく。
湿地帯を抜けて緑の森へ差し掛かる。
すると森から矢と魔法が飛んできた。
数百の矢が段幕を張る。
リスティアの、湿地を蹴る足に力が入る。
「作戦そのい~ち! まっすぐ、つっこ~む!」
黒い鱗が無数の矢を弾く。傷一つ付かず、キラリと光った。
竜の背に乗るユーシアは、行く手を阻む矢と火球を怖い顔で睨みつける。
無言のまま腰に下げた剣を抜き放つ。
――キィンッ!
白刃一閃!
一瞬後、切られた矢がすべて地に落ち、火球は爆発するように消し飛んだ。
森から、裏返る声が響いた。怯えて震えているがその声は美しい。
「う、うて! 第二幕、撃てぇぇ!」
今度はバラバラのタイミングで矢や魔法が飛んでくる。
ユーシアは剣を構え、切っ先の見えない速度で振るう。
矢は折れて魔法消えた。
リスティアの正面にも飛んでくるが、彼女はひるまない。
頭突きをするように突っ込んだ。
竜の顔面で魔法が爆発!
――が、煙が晴れると無傷。
口の端を上げニヤッと笑って、森へ飛び込む。
「この程度じゃ、あたしは止められないんだからねっ!」
森に入って直進する。
落葉が泥のしぶきと共に舞った。
正面には人形兵が道を塞ぐように密集形態を取っていた。
槍を並べて壁とする。
が、ユーシアの剣とリスティアの突進に、槍は折れて人形は砕けた。
◇ ◇ ◇
エルフの国、王都シウバ。
本陣にエルフの兵士が駆け込んでくる。
「報告です! 単騎で突撃してくるユーシアを止めることができません! すでに第一防衛線を突破されました! 現在大楠林を通過中」
作戦台の上座に座る第二軍司令官アイヒマンは、眼前に広げられた森の地図を眺めながら指示棒でユーシアの進路をなぞった。
大楠林と書かれたところをパシッと叩く。
「ほほう、もうここまで。敵は電撃作戦ですか。侵攻速度が想定の二倍以上ですね」
森の地図には、中心の王都から南に5つの線が引かれていた。
四本目と五本目の間に赤い×印が付けられている。
二本目の線は大楠林のすぐ上だった。
「ど、どういたしましょう!? このままでは第一師団と同じ編成の第二防衛線でも防げそうにありません!」
「エルフは土魔法が使えるでしょう? 第三防衛線は捨てて、ありったけの魔炎地雷と遅延魔法弾で罠を仕掛けます。ユーシアが侵入したら爆破して道を悪路に変えなさい。第四防衛戦では塹壕を掘りなさい」
「で、ですが。第四と第五の間にある作戦地点の設置状況はまだ半分。塹壕を掘るとなると人員が……」
「仕方ないですね。エルフの予備兵力と親衛隊をすべて投入して、必ず目標が通過するまでに装置の設置を完成させなさい」
「はいっ」
エルフの伝令は走って指示を伝えに行った。
アイヒマンは指をコキコキと鳴らす。
「いやぁ、敵もさるもの。バカ正直な正面突破ながら手こずらせてくれます。――まあ、戦いに予想外は付きもの。戦争はこうでなくては……胸が高鳴りますねぇ。くっくっくっ」
彼の笑い声に同調して、膨らんだ背中がざわざわと不気味に蠢く。
そして、ローブの下から「キャッキャッ」と笑い声がした。
本陣に居合わせるエルフ高官たちが、美しい顔を引きつらせた。
◇ ◇ ◇
リスティアは深い森を水しぶきを上げながら駆け抜けた。
すでに第二防衛線を突破して第三防衛線に差し掛かる。
背の上に立つユーシアが眉を細める。
「ぬ……人形兵しかいない。アイヒマン得意の焦土作戦か――? リスティアよ、地面に爆発物が埋められている可能性がある。気をつけてくれ」
「ゲバ――ユーシアさま、りょうか~い! 作戦そのにぃ~! あくまで、つっこーむ!」
リスティアは目を光らせると、さらに速度を上げて人形の並ぶ防衛線に突っ込んだ。
――数瞬後。
カッ――ドゴォォンッ!
森を揺るがす大爆発が起こった。
まずは光、続いて炎。
そして膨れ上がる黒煙。
道沿いに生える大木が、バキバキメキッと悲鳴を上げながら倒れた。
巻き込まれた人形の破片が爆風とともに舞い散る。
その煙のドームを突き抜けて、斜め上へと飛翔する黒い影。
リスティアが笑顔で飛んでいた。尻尾を振って姿勢を保つ。
爆発の直前にジャンプしたのだった。
リスティアはそのまま高度を落とすと、木の枝や幹を蹴ってさらに前方へと飛んでいった。
「空飛ぶって気持ちいい~!」
「……あまり無茶はするなよ」
ユーシアは竜の背に片膝をついて、振り落とされないように長い首を手で掴んでいた。
「まだまだぁ~! 作戦そのさぁ~ん! 全速ぜんしぃぃん!」
リスティアは楽しげな声を響かせて地面に着地。勢いのままにまた駆け出す。
彼女の背中でユーシアが、ほっと呆れたため息を吐いた。
◇ ◇ ◇
王都シウバの本陣にて。
アイヒマンがエルフ兵の報告を受けていた。
「悪路の障害を、空を飛んで回避された? ……なるほど、ただのトカゲかと思っていましたが戦力調査不足でしたね……ですが作戦続行です。装置は8割の設置で完了とします。急がせなさい」
「はいっ」
エルフの兵士が駆け出していく。
王都はにわかに騒然となっていた。
一方その頃。
次々と傷病兵が運ばれてくる王都の野戦病院。
その部屋の片隅にエルフのシルウェスがいた。
膨らむ胸を押さえて心配そうに呟く。
「今のところ、ユーシアさまの作戦と大体同じ……だが、タイミングがずれたらあの二人、毒ガスで死ぬぞ……いや、多くのエルフも道連れに……国が終わる……ユーシアさま」
彼女の祈るようにか細い声は、痛みにうめく傷病兵たちの言葉にかき消された。