第31話 姫騎士の切り札!
王国西の荒地にて、ユーシアはエルフの姫騎士シルウェスと決闘していた。
大木の傍にはシートを広げて獣人ゲバルトとリスティア、アンナが座っていた。
シルウェスが赤髪を後ろになびかせて駆ける。
「ハァッ!」
白刃をきらめかせて鋭い突きを放つが、ユーシアは軽々と片手で払った。
彼女は体勢を崩したかに見えたが、横に流された勢いのまま回転して回し蹴りを放つ。
ガッ!
流れるような動きだったが、これもまたユーシアの手に止められた。
ユーシアが睨むと、シルウェスは体を震わせて後方に下がった。
ユーシアが距離を取った彼女をいぶかしげな目で見る。
「貴様、我輩をなめておるのではないか?」
「え?」
「我輩は、全力でかかってこい、と言ったのだぞ! 貴様のひ弱な蹴りや太刀筋が我輩に通用するとでも思っていたのか! ――さあ、最初から全力でこい。次はないぞ」
ユーシアの迫力に、シルウェスは一歩あとずさる。
しかし唇が白くなるほどに噛み締めると、剣を頭上に掲げた。
「その言葉、後悔するがいい! 我が名シルウェストリスと契約せし、火の精霊イグニータよ! 我が呼びかけに応じ、燃え盛る意思となれ! ――火炎召喚」
刀身から人の背丈以上ある赤い炎が燃え上がった。
「我が名シルウェストリスと契約せし、風の精霊ウェントよ! 我が呼びかけに応じ、猛り狂う翼となれ! ――暴風召喚」
彼女の全身が風に包まれた。
赤い髪が逆巻き、スカートがめくりあがる。
少し離れた大木の下で酒を飲んでいたゲバルトが、ほうっ、と感嘆の吐息を漏らした。
「シルウェスの奴、いきなり奥義を出すつもりだな」
「奥義!? なんだかすごそうです!」
「輝く不死鳥。辺り一帯を焼き尽くす劫火である上に、意思を持つから避けられぬ究極の技」
「ここも、危ないかも!?」
リスティアはどこからともなく傘を取り出して手に持った。
ゲバルトは頭上を覆う大樹を見上げた。
「まあ、安全だ。彼女は木を燃やすことはしないだろう」
いつしか風と炎が合わさって、シルウェスの掲げる剣から灼熱の劫火が吹き上げた。天を焦がす柱となる。
「魔王ユーシア。命乞いするなら今のうちだぞ」
「ふん。大きな火柱を作った程度でいきがるな」
「ならば、死ぬがいい! ――我が名シルウェストリスと契約せし、光の精霊イルミナよ! 我が呼びかけに応じ、輝ける剣先となれ! はぁぁぁあ! ――輝光召喚」
竜巻状の火柱が内側から眩しいぐらいに輝いた。
ユーシアがにやりと笑う。
「ほほう、三重召喚とはやるではないか」
「く――っ! その余裕もこれで終わりだ! ――いけ、精霊たちよ! 魔王ユーシアを焼き尽くせ! ――輝く不死鳥!」
シルウェスが剣を振り下ろした。
ブォン――ッ!
輝く火柱が空を多い尽くすほどの巨大な鳥の姿となって、ユーシアへ襲い掛かった!
「キシャァァァ!」
鋭い叫び声が轟く。
斜め上からまっすぐに、不死鳥が口ばしで襲い掛かる!
ユーシアは不敵な笑いを浮かべたまま、右手を斜め前方へ伸ばした。
「――暴帝黒闇波」
ズドォォンッ!
漆黒の光線が右手から放たれ、不死鳥の頭と胴体を吹き飛ばした。
翼は形を保てずに散り散りになり、辺りに火の雨が降る。
ゲバルトが目を見開く。
「な、なんだあの魔法は! 詠唱なしで奥義の不死鳥を吹き飛ばした!?」
「すごいです、さすがユーシアさま!」
「やはりユーシアさまは勇者さまですわ……なんて頼もしい立ち姿なのでしょうっ」
彼女たちが歓声をあげる中、シルウェスはがっくりと片膝を付いた。
「ば、ばかな……」
ユーシアが大股で彼女に近付く。
「どうした、もう終わりか? 命乞いするなら今のうちだぞ」
「く……っ! まだだ! ――やぁっ!」
鋭い呼気を発すると、勢いよく立ち上がって、剣を構えて果敢に詰め寄る。
「奥義を破られて破れかぶれになったか」
「ふっ。人に知られた奥義など、なんの切り札にもならんだろう?」
ユーシアの眉間にしわが寄る。
――こやつ、笑っている? まさか!?
ユーシアはマントの端を手で掴む。
それと同時に、シルウェスが叫んだ。
「精霊たちよ! 最後の力を――輝きの集中砲火!」
荒地に散った不死鳥の残り火から輝く矢が放たれた。
ズドドドドドドッ!
マントに包まったユーシアへ、周囲360度から飛来した無数の光の矢が突き刺さった。
その姿はまるでハリネズミのよう。
一歩踏み出した姿勢で、動かなくなるユーシア。
アンナが口を両手で覆う。
「そ、そんなっ! ユーシアさま!?」
「だ、大丈夫だよね!? 魔王さまが負けるわけないんだから!」
リスティアが心配そうに膝立ちになって見ていた。
ゲバルトは酒を飲む手を止めて呟く。
「このような技があったとは……範囲攻撃からの対人集中攻撃。奥義を前置きに使うとは、予想できるものなどいないだろう。恐るべき隠し技だな」
シルウェスが剣を構えて警戒しながら近付く。
「これで、止めだ!」
大股で踏み込み、渾身の突きを放つ。
ガッ!
硬いものを貫くような音が、あたりの荒野に響いた。
彼女の剣がユーシアを貫いた――。
――かに見えたが。
鈍い音はしたものの、彼女の剣は止まっていた。
ユーシアは体の正面で、切っ先を無造作に掴んでいた。
不敵な笑みをして顔を上げる。
「なかなかの技だったぞ。褒めてつかわす」
「な!? なぜ動ける!」
「届いておらんからに決まっているだろう?」
マントを片手で振るった。バサッと音を立てて広がると共に、光の矢は砕かれて消えた。
シルウェスの顔が驚愕で歪む。
「ば、ばかな……! 私の、切り札が……」
「――さあ、次は我輩の番だな! ふははっ!」
「ひっ!」
彼女の美しい顔に怯えが走った。