第29話 赤と黒
屋敷に帰って寝る理由に「戦勝気分で浮かれているために警備がおろそかで王城は危険だから」という内容を第24話に付け加えました。話の内容は同じです。
第26話もそのうち直します。ちょっと難しいので。
明るい朝。
孤児院魔王城の食堂にて、ユーシアたちは子供たちと朝食を食べていた。
肉が大量に出る。スープやパンも出た。
みんな楽しげにご飯を食べる。
足をパタパタさせ喜んでいるリスティアが、肉を食べながら言う。
「ユーシアさま、筆頭って黒だけじゃなかったのです?」
「右手が黒で左手が赤、それぞれに筆頭がいる。黒は三人、赤は四人になる。合わせて七魔将だ」
「ほへ~。そうだったんですか……どうして右手は3本だけなのです?」
「右手中指は我輩の魔法用だからな」
そういって、ユーシアは中指をパチンと鳴らした。
「ん? 別に中指も契約に使っちゃえばいいのでは?」
「それは困るだろうそいつが――ほら」
ユーシアは人差し指に少し魔力を込めて光らせると、パチンと鳴らした。
とたんに、リスティアが目をくわっと見開いた。
「い、今、頭の中で指パッチンの音がしました!」
「多量の魔力なら召喚し、少量の魔力なら音で知らせる。普段は音がしたら呼んだ合図だ」
「は~い! すぐに駆けつけますっ!」
スープを飲み終えたアンナが心配そうな顔をする。
「これからどうされますか?」
「ふむ。そうだな。地理を教えてもらおうか」
「はい? わかりました――ええっと」
アンナは各地を渡り歩いては病気や怪我を治し、孤児を連れてきたので地理は詳しかった。
今いるアルバルクス王国は基本的に平原地帯ばかり。
大河に添って北へ行くと東西に伸びる山脈があり、大河はそこから流れてきている。
大河の西側も平原地帯で、そこを越えると南北に伸びる山脈がある。
王国は山脈に囲まれているといえる。東と南は海だった。
王国の西側にはエルフや獣人の住む、湿地ジャングルがある。
北側には針葉樹林帯が広がり、雑多な種族が住む。
ユーシアが顎を撫でた。
「ふむ。農耕に適したこの土地を人間が奪い、他の種族を追いやったようだな」
「そうかもしれません」
「アルバルクス王国以外がすべて魔王姫軍の手に落ちていると……距離的に近いのは、西にあるエルフの国か北の針葉樹林帯か」
「いえ、でも。山脈を迂回する必要があるので、どちらも1ヶ月はかかるかと」
「ふん。我輩にとっては山ごときなんの障害でもないわ! ――作物は何が取れる?」
「エルフの国はとうもろこし、北は丸芋でしょうか」
「ほっほう! ――ならば、まずはエルフの国を手中に収める! ふははははっ」
ユーシアはパンを食い千切りながら高笑いした。
――とうもろこし! これでコーンフレークが食える! ふははっ!
それから朝食を終えると、ユーシアはアンナとリスティアを連れて王都へ向かった。
屋敷に設置した魔法のゲートを使って。
◇ ◇ ◇
春のうららかな日差しに照らされる王都。
往生の玉座の間にて、ユーシアは配下のものたちと謁見していた。
どっかりと玉座に腰掛け、長い足を組むユーシア。
かしずく騎士や貴族、官僚たちを眺める。
「ふむ、セーラムよ。復興のほうはどうだ?」
「ええ、頑張っております。難航しておりますが、明後日には建物と街壁の修繕も終わるかと。」
「そうか。順調なようだな。――では、魔王として新しい指示を出す!」
ごくりと、居並ぶ騎士と官僚が唾を飲む。
ユーシアは玉座から立ち上がると、マントを翻して言った。
「エルフの国を攻めることにする!」
「「「えええ!」」」
セーラムが顔をしわくちゃにして、必死で訴える。
「お待ちください、ユーシアさま! 復興の途中ですので、今出て行かれますと、防衛もままなりません!」
「知ったことではないわ! 復旧を急げ! 崩れた家の廃材は買い取って、防衛用の武器資材となせ! 働いて金になるとわかれば、民衆のやる気も出よう!」
「な、なるほど! すぐに取りはからいます!」
ユーシアがどっかりと玉座に座り直す。
隣にいるリスティアが首を傾げた。
「でもユーシアさま。どうしてエルフの国なのですか?」
ユーシアは目を細めた。
――とうもろこしが欲しい、などと言うと軟弱と思われかねんな。
「ふふん。近いという理由が一つ。西の山脈を越えた場所だからな。本来なら山を回避して1ヶ月だそうだが。最短距離なら1日かからん。理由の二つ目はエルフは優遇されているそうだから魔王姫城の場所を知っている可能性がある」
セーラムが目をむく。
「い、一日で! あ、ユーシアさまは空を飛んで行くつもりでしょうが、エルフの国は全体を強力な魔法結界を発生させていると聞きます」
「つぶせばよい。そして三つ目は、魔王姫軍の出方を見る。昨日の今日だからな、10万の兵を再動員できるかどうか知りたいところだ。――なので、こちらから圧力をかけて兵の補充にどれだけ時間がかかるか調べる! また、王都をねらうか我が輩をねらうか、エルフ国を防衛するかで、奴らのねらいが見えてくる」
「な、なるほど!」
ユーシアは玉座から立ち上がる。
「なにより!」
「より!?」
「戦力が劣り、なおかつ援軍が期待できない状況での待ちの姿勢は最大の悪手! 現状では待つより攻めだ! そして戦況はつねに、情報を伏せた上で先手を取った方が有利! なぶり殺しにしてくれるわ!」
「な、なんと恐ろしい!」「魔王姫軍を手玉に取ろうと考えるとは!」「なんという豪胆!」「いや、しかし。頼もしい……希望の光が差すようだ」
人々は怖れと感動に身を震わせ、ユーシアに頭を下げる。
「さすがです、ユーシアさまっ」
と、リスティアの可愛らしい賛辞の声が響く。
胸を反らしたユーシアの、ふははははっという高笑いが謁見の間に響き続けた。
アンナが街の人の治療を終えてから向かうことになった。
◇ ◇ ◇
一方その頃。
石畳に覆われた王都の大通り。
頭からすっぽりとローブを着たエルフのシルウェスと狼獣人のゲバルトが歩きながら街の声に耳を傾けていた。
そんなとき、人々はエルフの国を攻めると噂が広がる。
シルウェスがフードの下で端整な顔を歪めた。
「エルフの国へ!? な、なぜだ!」
ゲバルトがぼそっと呟く。
「魔王姫城の場所を探していたからエルフの国にあると考えたのではないか?」
「そんな……あの城はエルフ国には……はっ、まさか! そういう口実の元に、世界征服に乗り出したのではないか!?」
「そうかもしれないが……どうする、シルウェス?」
シルウェスは苦しげに言った。
「悪いが、二人で行動するのもここまでだ。私は……ユーシアを止める。決闘を申し込む!」
「死ぬぞ?」
「もとより私は王族として、エルフの未来を守るという役目がある」
「そうか……ならば、俺も行こう」
「――!? 来てくれるのか!」
シルウェスは信じられないものを見る目付きでゲバルトを見上げた。
ゲバルトは通りに面した商店へ向かっていく。
「ああ、暇だからな。酒と干し肉を買っていく」
「え? ――いや、最後の晩餐か。持つべきものは友人だな」
シルウェスの殊勝な言葉にゲバルトは振り返って不思議そうに首を傾げた。
しかし何も言わず、酒と肉を買い求めた。