第27話 夢(その1)と孤児院
夢を見た。懐かしい夢だった。
大きな『庭』があった。
7歳ぐらいの五人の子供たちが木を植えたり、土を掘って溝を作り、そこに水を流したりした。
みんな心からの笑顔ではしゃいでいた。
幼いユーシアは一人、庭の隅に膝を抱えて座って、楽しそうに動き回る子供たちを見ていた。
しばらくしてユーシアは、そっと手を伸ばし、一本の草に触れた。
すると、草は瞬く間に真っ黒に染まり、枯れてしまった。地面に黒い点々が散り、広がっていく。
異変に気付いた女の子が、輝く金髪をなびかせて走り酔ってくる。
「なにやってるの、ユーシア! 触っちゃダメって言ったじゃないっ!」
「ご、ごめん……」
女の子は手のひらから光を放射すると、広がる黒い影に当てた。
見る見るうちに、黒い点が消えていく。ただ少しのしみは消しきれずに残った。
悲しげな顔をして女の子が言う。
「ほら……残っちゃったじゃない。どうして触ったりしたのよ」
「ごめん……でもぼくも何か手伝いたくて……」
「ダメよ。ユーシアが触ったらみんな壊れちゃうんだもの。ユーシアはね、いるだけでいいの」
「どうして……?」
「それはあなたが闇だからよ! 闇がいるから光が生きるの。夜があるから朝が来るの。そして世界は命を芽吹く。ユーシアはね、じっとして見守っているだけが仕事なのよ!」
女の子は金髪を揺らして、当然のように言った。
ユーシアは寂しそうな顔でうつむく。
「そんなの……つまんないよ」
「でも今の見たでしょう? 触ったらすぐに壊れ始めちゃうんだから。大人しくしててね、いーい?」
「……うん」
ユーシアは抱えた膝に顔を埋めた。
「よく見てるといいのよ。いろいろなものが成長していくのって、見てるだけで楽しいもの」
女の子は屈託なく微笑むと、金髪を揺らしてまた子供たちのところへ駆けていった。
ユーシアは顔を埋めたまま呟く。
「ぼくも、なにか、したいなぁ……」
そして『庭』は五人の子供たちだけで、素敵になっていく。
ユーシアは羨ましそうに、ただ見ているだけだった。
◇ ◇ ◇
朝の孤児院。現在の魔王城。
森の中の屋敷へと、清々しい光が降る。
ユーシアはベッドで目を覚ました。
目を開けると、目の前にアンナの顔があり、にこにこと微笑んでいた。
「何をしている?」
「うふふっ。ユーシアさまは寝顔も勇者ですっ。見ているだけで胸が高鳴ります」
「まだ言っているのか――もっと高鳴らせてやろうか?」
アンナの華奢な体に手を伸ばした。彼女のなだらかな頬に手を当てる。
彼女は顔を真っ赤にして、切ない声で言った。
「ひゃ……っ。 ユーシアさまに触られた頬が、ますます熱く感じますっ……勇者です、勇者さまです! もっと勇者さまであると信じさせてくださいっ」
「だが断る」
ユーシアは身を翻してベッドを降りた。
アンナは、ぷくっと頬を膨らませた。
「ずるいです!」
「知らん。……さて、今日も元気に世界征服、といきたいところだが。まずは後回しになっていたこの魔王城の調査をするか。我輩が住むにふさわしいか調べてやろう。ふははははっ」
――それに、とユーシアは考える。
前からこの屋敷のおかしさが気になっていた。
本当に根城にしていいほど安全か、確かめておきたかった。
「あ。はい。わかりました」
アンナはゆっくりと身を起こして、乱れた寝巻きを整えた。
朝日の中、金髪がさらさらと流れて光った。
ユーシアは廊下に出た。場所は二階。
廊下の両側に部屋が並んでいる。
屋敷の中央には階段。
ユーシアたちの部屋は南東にあった。北側の部屋をリスティアが使っている。
しかしリスティアはいなかった。
すでに庭に出て少年サジェスに剣術を教えていた。
基本的な構えと体移動、それに突きと上段切り。
「そうです。体の芯をぶらさないように、振る!」
「は、はい! リスティアさま!」
「踏み込みながら、突く!」
「はい! リスティアさま!」
リスティアは真剣に教えているようだが、顔が緩んでいる。「リスティアさま」と呼ばれるのが嬉しいらしい。
根っからの単純な少女なのであった。
稽古の音を聞きながら、二階の各部屋を見て回った。
寝室の隣は書庫。古い本が多く、独特の匂いがした。掃除はされている。
ユーシアは一冊取り出して読む。
「ふむ。錬金術か……魔術や結界についての本が多いな」
教科書や参考書的なものばかりで、ユーシアにとって価値のあるものはなかった。
その隣は部屋の中央に広い机があり、壁際に壷や炉、薬棚には枯れた薬草。道具棚には用途のよくわからない奇形な道具が置いてあった。
「実験室か工房といったところか」
「昔、魔女さまが住んでおられたので、その道具がそのまま残っています。へたに触って問題が起きても困りますので普段は鍵を掛けています」
「ふむ」
この部屋にも特に言うことなし。
あとは従者の部屋や、家畜の部屋と思われる藁が敷かれた部屋があった。
価値のなさそうな美術品が詰まった部屋もあった。
階段正面は居間だった。ソファーやテーブル、ティーポット。
バルコニーに出やすくなっていた。
子供たちが住む部屋は全部二階の西側で、それなりに生活感があった。
空き部屋もあるが、家財道具はそのまま。あまり掃除が行き届いているとはいえない。
ちなみに一階は、食堂や応接室、団らん室、遊戯室、風呂に物置など。
一通り見て回ってから一階西側にある遊戯室に入った。
暖炉やテーブル。ビリヤードの台や、カードゲームの台。壁にはビリヤードのキューが並んでいた。
「森の中にある魔女の隠れ家にしては、妙に豪華だな」
「ご友人が多かったのかもしれませんわ」
「森の隠れ家という立地は素晴らしいが、やはり別荘程度がお似合いだな……ただ、どうにも気に掛かる」
ユーシアの眉間にしわが寄る。
アンナが首を傾げた。
「と言いますと?」
「この屋敷は何か隠されている――我輩が胸騒ぎを覚えるほどのな」
「え? 今まで住んできて、特に何もありませんでしたが……」
――と。
廊下を走る音がして、リスティアが飛び込んできた。
「おはようございます、ユーシアさま!」
「うむ。朝から稽古付けごくろうだな」
「はいっ! あの子、頭がいいので飲み込みが早いです。力が弱いけど。……他の年少組隊員にも教えたほうがいいですか?」
「そうだな、自分の身を守れる程度には教えてやったほうがいいかも知れんな」
「わっかりましたぁ! がんばって教えます! ――あと年少組部隊を増やせるようがんばっちゃいますねっ!」
「増やす?」
リスティアは頬を染めて指をモジモジさせた。
「ユーシアさまの子供も……きゃっ! 恥ずかしい――あ、でも、たまごを産むのに適した部屋がないんですよねぇ、このお屋敷。……地下室はないんですか?」
「たまごで増えるのか……しかしいい目の付け所だな」
「え?」
「偉いぞリスティア」
「えっと、よくわかんないけど、お役に立てたなら嬉しいですっ!」
少し照れた顔で、はにかむ。笑顔が可愛かった。
アンナを見て言った。
「この屋敷に地下室はないのか? 外に入口は?」
「いえ、ないはずです。台所の床が食料貯蔵用に掘られてますが。ひんやりしていて食材が長持ちします」
ユーシアは顎に手を当てて考える。
「屋敷内にも階段はなかった。ただ、この屋敷の下には空洞がある。まず間違いなく地下室だろう」
「どうされるのでしょう?」
「入口を見つければいいだけの話だ――魔力探知」
ユーシアは壁に手を当てて力を込めた。黒いオーラが流れ出し、壁や床、天上を伝って広がっていく。
「こ、これは?」
「魔力を探知する魔法だ……見つけたぞ。くくくっ」
ユーシアは天上を見上げた。その視線の先には書斎があった。