第25話 聖女アンナが勇者を信じる理由(その1)
森の中の隠れ家である孤児院、今は魔王城。
寝るために帰ってきていた。
時差の関係上、辺りはすでに夜になっていた。
ユーシアたちは屋敷前の庭にいた。
アンナが目を丸くしてきょろきょろ見ている。
「ここは、孤児院……!?」
「ふははははっ! 我輩の根城といえば、今はここだ! この世の地獄はここから始まるっ!――くくくっ!」
それに勝って浮かれている王城では警備が機能していない。
――我輩が隙を見せるわけにはいかんからな。
リスティアが屋敷を眺める。
「ほへー、なかなか古そうな――あ、いえ、雰囲気のある魔王城ですね」
高笑いを聞いて、子供たちが駆けだしてきた。
「まおーさま!」「おかーさん!」「ままー」「ユーシアさま!」
バラバラに飛び出してきて、ユーシアやアンナに飛びついた。
リスティアが顔をひきつらせる。
「す、すでに子供を!! しかも、こんなにたくさん!」
「勘違いするなよ。ただの孤児であり、今は我輩の部下だ」
「そ、そうでしたか~」
リスティアは、ほっと形の良い胸を撫で下ろした。
ユーシアは子供たちに抱きつかれながら声を張り上げる。
「魔王城守衛隊・年少組隊長サジェスよ、いるか!」
「は、はい。ユーシアさま!」
サジェスが大人びた凛々しい表情で、ぎこちない敬礼をした。
「我輩のいない間の報告をせよ!」
「はい、結界は順調に作動しています。子供たちはけんかをしませんでした。宿題をやりつつ、剣の素振りを100回しました。あと見回りに出たとき、兎を捕まえたので捌きました!」
「ふむ。順調なようだな……我輩のためにご苦労であった。褒めてつかわす。今後も頼りにしておるからな」
柔らかな茶髪をわしゃわしゃ撫でると、サジェスは大人びた表情から一転、子供っぽい笑顔で涙ぐんだ。
「あ、ありがとうございます、ユーシアさま! これからも頑張りますっ!」
ユーシアは少し離れたところに立つリスティアに言った。
「リスティア、武器の使い方はわかるな?」
「あ、はい。いろいろ練習しましたので、どんな武器もそれなりに使えるかと」
「ではこのサジェスに剣でも教えてやれ。強くなりたいそうだからな」
「わっかりましたぁ~! けん~、けん~、かわりゅう!」
リスティアはどこからともなく傘を取り出すと、正眼で構えた。瞬く間に一本のロングソードに変化した。
「なにをしている?」
「ほえ? 剣の稽古をつけようかと」
「もう暗い。明日にしろ」
「あ、人間は夜目が効かないんですね、りょうかいでーす」
リスティアは剣をポケットに入れるような仕草で、どこかに仕舞った。
みんなで屋敷に入った。
教室ほどの広さがある食堂へ集まる。
子どもたちにリスティアを紹介しつつ、リスティアには子供の面倒を見るように言った。
それから夕食が開かれた。
子供たちだけでするはずだった寂しい食卓に、ユーシア、アンナ、リスティアが加わって、とても賑やかな時間が過ぎていった。
◇ ◇ ◇
夜。
ユーシアとアンナは大きなベッドで一緒に寝ていた。
部屋数は多いのだが、魔王にふさわしいベッドがあるのは元主人のアンナの部屋だけだった。
ベッドサイドのテーブルにランプの明かりが灯っている。
二人横になっていると、寝巻きに着替えたアンナが口を開いた。
「ユーシアさま……」
「ん? なんだ?」
「今日はありがとうございました」
「なにがだ?」
「王都を救ってくださり、子供たちにも会わせていただきました。本当にありがとうございます」
ユーシアはベッドに寝ながら豪胆に話す。
「ふんっ! 我輩は自分の思うように動いたまで! 貴様のためにしたことなど欠片もないわ!」
「ふふっ。それでもありがとうございます」
ユーシアが身じろぎしてアンナへ体を向けた。
「それよりもだ。『聖女が認めるものこそ真の勇者なり』とセーラムは言っておったが、そういう言い伝えでもあるのか?」
「はい。神さまの寵愛を受けた聖女は、勇者になる者を見抜く力があると言われています」
「だから貴様は我輩を勇者と信じ続けておるのか」
「……はい」
「ふんっ。本当は違うと、うすうすは気が付いておるのだろう?」
アンナは寂しそうに笑う。
「そうかもしれません……でも、きっと。信じれば願いは叶うと。わたしが信じている限り、ユーシアさまは勇者になると考えていますから」
「こだわるな」
「もう……失いたくありませんから」
「なにをだ?」
アンナは仰向けに寝ながら悲しげな瞳で天井を見上げた。
意を決したように大きく息を吸い込むと、豊かな胸が横に流れる。
「わたしの父は、勇者でした。そして魔王姫エメルディアに挑み、帰ってきませんでした」
彼女の告白に、夜の静けさが増したように思われた。
短いので夜にも更新。