第24話 王都の理由
夕暮れ時の王都を、修道服を着たアンナが歩いていた。
すれ違う人が気付くたびに声を掛ける。
「聖女さま、ありがとう!」「歩けるようになったよ!」「ありがとー、おねーちゃん!」
怪我から回復した人々の喜びの声に、アンナは優しい笑顔で応えた。
――と。
アンナはフード付きのローブをすっぽりと被った二人組に目を止めた。
何千何万の怪我人を見てきたアンナは、怪我のために不自然になった動きを見抜けるようになっていた。
アンナはフードの二人――シルウェスとゲバルトへ、修道服をひらひらなびかせて駆け寄る。
「お怪我をされているのではありませんか?」
「なっ!? ――放っておいてくれ」
アンナは強引に手を伸ばすと、シルウェスの右腕に当てた。
「だめですっ! すぐ終わりますから――万能回復」
ぽうっとローブの上からでも右腕が光る。
シルウェスが右腕を動かして驚愕の声を上げる。
「な、治った!? こんな回復魔法聞いたことがない――まさか、聖女アンナ!?」
「はい、そうです。治ってよかったです」
にっこりと笑顔を向けるアンナ。
「確か、ユーシアとともに行動していると聞いたが……」
「はい、とっても強い勇者さまなのですよ! きっとユーシアさまがエメルディアも倒してくれます!」
「なぜだ? 個人的に何か理由があるのか?」
「えっと……世界をもてあそぶ、じゃなかった愛と平和で染め上げるのは自分だけ、みたいなことをおっしゃっていました」
「魔王と名乗っているそうだが……」
「それはユーシアさまの勘違いです! 勇者さまとしか思えないですし、わたしが強く信じれば、きっと勇者なのですから!」
アンナは青い瞳をキラキラ輝かせて力説した。
シルウェスは顔をしかめた。
「砂漠に水だな」
「え?」
「いやなんでもない。世話になったな。治療のお礼としてこれを――」
金貨を渡そうとしたが、アンナは笑って断りつつ駆け出した。
「そんなのいりませんわ、当たり前のことをしただけですから。では、お気をつけて!」
小走りにお城へと戻っていった。
ゲバルトが言う。
「ユーシアはいい人のようだな」
「早急な判断は禁物だ。国を牛耳るために聖女を利用しただけとも考えられる。もうしばらく様子をみよう――聖女はいい人だ。騙されているようなら助ける」
「シルウェスがそう言うならそうしよう」
ゲバルトは頷き、シルウェスと共に宿へと向かった。
◇ ◇ ◇
王城にある元王様の部屋にて、ユーシアは書類を見ながら食事をしていた。
隣には少女姿のリスティアがいて、大きな肉にかぶりついている。
「ふむ。出現ポイントに規則性はなしか。次元の狭間と自由に行き来できるということは、どこかを座標軸に決めていなければならんはずだが……」
そう言いながら、スプーンで牛乳をかけたフレークを食べる。
ぱりぱりと香ばしい音をさせて噛む。
その顔が不満げに歪んだ。
リスティアは両手で持った肉の塊に口を大きく開けてかぶりつこうとして止まる。
「ユーシア様、おいしくないのですか? あたしのお肉、食べます?」
「いや、コーンではなくて小麦のフレークだからな。納得がいかん」
「魔王さまならではのこだわりっ、ですね! さすがです!」
がぶー、と肉に噛み付いた。口いっぱいに頬ばって幸せそうな笑顔になる。
ユーシアのしかめっつらは治らない。
「人形に聞いても言う前に爆発する。人形化していない生身の人か魔物で、高位の者を捕まえて吐かせるしかないな。となるとチャンスは次、魔王姫軍がせめて来た時になるのか……ぐぬぬ! 待ちの姿勢はつまらん! 我輩は常に攻めてこそ! 攻撃こそ最大の防御である!」
「さすがユーシアさま! かっこいいです!」
ユーシアは喜ぶリスティアを見る。
「お前は魔王姫軍に所属していただろう? 四天王は全員人形か?」
「はい、そうですよ。狂騒の貴公子シャルル、戦慄の処刑人形アイヒマン、滅亡の這音チューバ、魔王姫軍参謀長ディアボロス。全員人形化してるそうです。会ったことはないですけど」
「ほかに魔王姫城への侵入方法を知っていそうな奴はいるか?」
「ごめんなさい、下っ端だったので詳しくないです。でも、エルフや獣人が重用されて高い地位についてるそうです。オークやコボルトが差別だって愚痴ってました」
――と。
コンコンとノックの音がした。
「ユーシアさまはこちらですか?」
「アンナか」
金髪を揺らして一礼しながら入ってくる。
「ただいま戻りました」
「む。民衆の損傷率はどれぐらいだ?」
「よくわかりませんが、けが人は全員治しました。明日は病人を治します。亡くなった方は10人ほどかと」
「ほう。民衆と兵士1万人を含めて10人か? 少ないな」
「はい、戦いが開始してまだ時間がたっていませんでしたので。攻めてきていたのも、ふつうの人形がほとんどだったかと」
「ふつう?」
「人形には魂入りと、ふつうの人形がいます。ふつうの人形はあまり頭が良くないと言いますか」
「なるほど。自分で考えて動けないため、目的をはずれて追撃したりはしないということだな」
「そのとおりです。さすがユーシアさま」
アンナは修道服の裾を払うと、ふぅと息を吐いて椅子に座った。窓際の椅子。
夕暮れ時の涼しい風が入ってくる。
リスティアが最後の肉を頬張りながら彼女を見る。
「お疲れのよーですね」
「ええ、少し……」
アンナは愁いを帯びた青い瞳で窓の外の見ていた。
リスティアはお肉を差し出す。
「もっと元気ださないとー。ユーシア様の生け贄なんですから。お肉食べます?」
「あ、軽く食べましたので大丈夫です」
そんなやりとりを見て、ユーシアはニヤリの笑う。
「ふふん。心配か」
「え?」
「子供たちが心配なのであろう?」
「きっと元気にやっておりますわ」
「くくくっ。初日の夜は緊張をし、二日目の今日は不安になっておるだろう……養母を奪われた恐怖に恐れおののくがよいわっ! ――まあ、我輩の部下でもあるから、そろそろ帰っておくか。それに、今日はこの城で寝るわけにはいかんしな!」
リスティアが最後の肉を食べながら驚く。
「え!? お城で暮らさないんですか!?」
「今日ここで寝るのは愚策! それに気に食わん」
「ええ~!? こんなに立派なのにっ! 住みましょうよぉ~愛の巣作りましょうよぉ~。ほんとは男の人が木の枝で丸い巣を作るんですけど、あたしが作りますからっ」
「愛の巣という言葉の意味を理解しておらんようだな。まあよい、この城は気に入らん理由がわからんのか」
リスティアもアンナも首を傾げる。
「素敵なお城だと思いますわ」「うんうん」
「ふん。この城は穀倉地帯の中心にある。そして大河に接しているので船が着ける港がある。この王都から四方へ道が整備されてもいる。穀倉地帯と流通経路の掌握が、ここに城を建てた理由だ。そのため、防衛に適さぬ」
「な、なるほど~! 確かに四方から攻められてましたもんね!」
「今日来たばかりでそのようなことまで見抜かれてしまうとは、さすがユーシアさまです!」
ユーシアは鋭い犬歯をギラリと光らせ悪そうに笑う。
「我輩が住むならやはり地の底や山城でないとな、ふはははは!」
「さすがユーシアさま、わかってますねっ! 地面に穴を掘って丸い巣を作ると、とっても暖かいんですよ! 穴の中でユーシア様と二人……うふふっ」
リスティアは妄想に身をよじっていたが、ユーシアは半目になって彼女を見ていた。
それから彼は立ち上がり、マントをバサッとひるがえす。
「ではゆくぞ」
「え、今からですか……とても遅くなってしまいます」
アンナが目を丸くする。
「我が輩を誰だと思っている、闇の魔王ユーシアだ! ……ふむ、これがよいな」
近くにあった瀟洒な椅子を一つ床に叩きつけた。バラバラになる猫足の椅子。
「な、何をされるのです!?」
「何度も利用できる、闇のゲートだ」
破片をいくつか拾って、七角形になるよう設置する。
「――闇異空門」
床に魔法陣が刻まれ、黒い光を放ち出す。
アンナが驚いて、ユーシアにしがみついた。弾みで大きな胸がたわわに揺れる。
「こ、これは……!?」
「ふははっ。地獄へとつながる恐るべき門だ!」
「えええ! 帰るのではないのですか!?」「ふぇぇえ! 地獄に行っちゃうんですかぁ!?」
「恐れおののくが良いわ、ふははははっ!」
「きゃあああ!」「ひゃあああ!」
ユーシアが高笑いする中、アンナとリスティアは光の渦に巻き込まれていった。