第20話 戦い終わって尾は東(王都防衛戦その7)
王都の東はユーシアの大魔法によって荒野となり果てた。
その荒野の真ん中当りにユーシアたちはいた。
ドラゴンのリスティアに乗っている。
ユーシアが荒野の一角を指差す。
「リスティア、あそこに向かえ」
「は~い」
土が小山を作る場所へ、ゆっくりと近付く。
そこにはシャルルが泥だらけになって埋まっていた。
右足はなく、左腕も肘からなかった。
青い瞳でユーシアを見上げる。
「……強いね……やっぱり戦っちゃいけない相手だった……」
無残なシャルルを見下ろして言う。
「さあ、我輩の勝ちだ。エメルディアの居場所、教えてもらおうか。さすれば助けてやらんこともない」
「……わかったよ。エメルディアは魔王姫城にいる……城はいつも次元の狭間にいて――うわぁ!」
突然、シャルルの体を内側から貫くように、白い光が一本、二本と漏れ出した。
「なんだ!? ――いや、これは大爆炎!」
「そ、そんなぁ! なんで、なんで!?」
「しゃべろうとすると自爆する装置を組み込んでいるというのか――!」
ユーシアは歯噛みする。
――これでは、人形になった幹部からは、エメルディアの居場所を聞き出すことはできないっ!
そこまで部下を信用しておらんというわけか! 小心者の盗っ人め!
シャルルは泥だらけの端整な顔で必死に叫ぶ。
「助けて、アンナっ。アンナぁ!」
「シャルル!」
飛び出そうとするアンナを、ユーシアが抱きとめ黒いマントで包む。
「近付いてはならん! もう爆発する!」
「シャルル……! 死んではだめ! 孤児院に戻ってきて!」
「アンナ……ごめん。また爆発事故、起こすわけには……レジェンドなお尻、欲しかったな……金メッキ、なんだぜ……ぐふっ!」
どごーん!
シャルルは内部から光を撒き散らし大爆発した。
そして消えた。
煙が晴れていく中、ユーシアは腕に抱くアンナを見下ろす。
「信じるべき相手を間違えた者の末路だ。仕方あるまい」
「シャルル、本当にいい子でしたのに。――魔王姫によって狂わされてしまったのですわ……許せませんっ」
リスティアは鼻の頭にしわを寄せて唸る。
「うう~。こんなハイレベルな変態にならなくちゃいけないのかなぁ……魔王さまに仕えるって難しいのです……」
その時、王都のほうから割れんばかりの歓声と、不安に満ちた驚愕の声が上がった。
「魔王姫軍が倒された!」「助かった!」「あの人が倒した!」「すげぇ!」
「で、でも、何者なんだ!?」「あ、あいつでかいトカゲに乗ってるぞ!?」「や、やべぇ。新たな敵なんじゃないの!?」「なんて恐ろしい顔だ……」
歓喜と戦慄によって王都は異様な雰囲気に包まれていた。
そして街門が開けられて、数人の騎士に守られた使者が出てきた。
ユーシアたちへ向かってくる。
ユーシアは頭を振って気を取り直した。黒髪が朝日にきらきら光る。
「ふむ。まあよいわ。――では凱旋といこうではないか! 王都の人間どもを地獄に叩き落してくれる! ふははははっ!」
「いよいよのっとりですね、ユーシアさま!」
「そんな恐ろしいことを言って……。勇者さまとして伝えて見せますわ!」
リスティアもアンナも別々の方向に気合を入れていた。
使者は文官のような格好をした、やせた男だった。
怯えながら傍へ来る。
「あ、あの。魔王姫軍をたった一人で倒されたようですが、どちらさまでしょう……?」
ユーシアが喋る前に、アンナがすかさず前に出た。
「勇者です! 勇者さまです! ユーシアさまは勇者なのです! なので魔王姫軍を倒せたのです!」
一息で、早口言葉のように言ってのけた。はぁはぁと息が荒い。
勢いに飲まれつつも使者はおおっと驚いた。
「おお、聖女アンナさま! そうだったのですか! あなたさまが言われると確かなようですね。いやはや勇者さまが現れたとは――」
ユーシアが使者の頭をガシッとわしづかみにする。
「勘違いするな。我輩は魔王だ! 世界を闇に染め上げようとする魔王ユーシアだ! 心から震え上がるがよい!」
「ひぃぃ! なんて迫力っ」
「エメルディアを倒そうとしている人が魔王なはずがありません! 今のは勇者ジョークです!」
アンナが必死に説得する。
「そ、そうですよね、びっくりしました。ぜひ、王様とお会いになってください。歓迎します!」
ユーシアが言い返そうとしたとき、リスティアが口を開いた。
「ユーシアさまぁ。あたし思ったんですけど」
「ん? なんだリスティア?」
「あ、やっぱりいいです。あとで言います」
「そうか――そこのお前、我輩は……」
アンナが遮って言う。
「ユーシアさまを歓迎する用意ができてるようですわ! 王様にお会いしましょう!」
「……ふむ。そうだな。末端の者と話したところで意味がない。行くぞ! ふははははっ!」
ユーシアは高らかに笑った。
壁の上から見ていた兵士や町人は、使者が安全に受け入れられたとわかったとたん、爆発したように歓喜一色の声で騒いだ。
使者の歩みに合わせて、リスティアは尻尾を振りながら王都へゆっくり向かっていった。
◇ ◇ ◇
一方その頃。
次元の狭間に漂う魔王姫城では、苛立ちの叫びが可愛らしく響き渡った。
「なんなのじゃぁ! わらわの、わらわの作った人形が! みんなやられてしもうたのじゃあ~!」
ぬいぐるみや人形がたくさんある広い部屋。シーツやクッション、壁紙など全体的にピンク基調で女の子の部屋の雰囲気があった。
そして絨毯の敷かれた床では、幼い少女が着ているドレスが乱れるのにも構わず、ごろごろとのた打ち回っていた。相当悔しいらしい。
壁に掛かる大きな遠見の鏡には、先ほどの王都防衛戦が映っている。
――と。
コンコンとノックの音がした。
「エメルディアさま、入りますよ」
「おお! ディアボロスか、大変なのじゃぁぁあ!」
勢いよく起き上がって、入口に立つ女性の胸へと飛び込んだ。
ディアボロスの長い緑髪がフワッと流れる。
うわぁぁん、と泣きじゃくるエメルディアの頭を、ディアボロスは美しい微笑みを浮かべて優しく撫でる。
「よしよし。大変なことが起きましたね」
「ようやく移住先を手に入れたと思うたのにっ! 人形がみんなやられてしもうたのじゃぁ! うわぁぁん!」
「大丈夫。次はきっとうまくいきますから」
「本当かのう?」
ぐすっと鼻をすすり上げて見上げた。
ディアボロスは怖いほどの笑顔で幼い顔を覗き込む。
「わたくしが嘘をついたことありましたか? エメルディアさまは、わたくしに従っていれば間違いはないのです。――さあ、新しい人形を作って補充しましょう。わたくしたちの新天地を手に入れるために」
「うう……わかったのじゃ」
「とてもいい子ですね。うふふ……いつにもまして可愛いですよ、エメルディアさま」
ディアボロスは心からの邪悪な笑みを浮かべて少女の手を取った。
エメルディアは彼女に連れられて人形工場へと向かっていった。