第19話 ただし魔法は(王都防衛戦その6)
広い平原を潤しながら、ゆうゆうと流れる大河。
その川沿いにある王都フェリクでは激しい防衛戦が繰り広げられていた。
壁の上で戦う兵士たちの叫び声が響く。
「矢が尽きた、予備を持ってきてくれ!」「石! 石の追加はまだか!」「北側の攻めが激しい! 応援を!」
街中では上空から投下されたアンデッドが人々を襲う。
兵士は街壁防衛に出払っているため包丁や棍棒など、ありあわせの武器で応戦するしかない。
「うわぁ! 折れた!」「僧侶きてくれ!」「怪我人の回収を早く! 先に奴らを浄化する!」
――と。
青空に気の抜けた爆音が響いた。
王都を取り囲んでいた人形たち、予備兵として待機していた人形たち、が突然動きを止めた。
攻撃を止めて向きを変え、東に向かって走り出す。
クレーター調査のために向かっていた一万人の人形たちまでも、いっせいに東ヘ向かって駆け出した。
小隊長以上の生身の魔物たちは、人形という盾がいなくなったために慌てて逃げ出した。
ごつい体格の大隊長たちが叫ぶ。
「本陣でなにかあったのだ! 我々もゆくぞ! ――こら、お前たち逃げるな!」
一万の人形を従えていたエルフのシルウェス師団長も驚愕する。
「い、いったいどうしたというのだ――! これは、総攻撃? なぜ東に……あれは?」
王都の街壁上にいた兵士たちが驚く。
「な、なんだ!?」「撤退!?」「いや、誰かいるぞ!」「助かった……のか?」
とりあえず戦いが止んで、人々は安堵した。
そして何かが起きようとしているのを見るため、東側の街壁上に人々が集まった。
◇ ◇ ◇
土煙を上げて爆走するリスティアの上で、ユーシアが胸を反らして高笑いする。
「ふははははっ! 敵に背を見せるなど、やはり貴様は上に立つ器ではないわ! 腐っても四天王というのであれば、潔く散る覚悟で向かってこい!」
「いやだよ! ボクはねぇ強い奴とは戦わないんだよ! 弱肉強食の時代では、強い奴ほど勝手に自滅していくんだから! 逃げ回ってればイスが転がり落ちてくるって戦法さ!」
「むう! 豹のように獰猛かと思っておったら、ただの狸とは! しかも怯えて逃げ回る兎で、よたよたと飛ぶアホウドリ! なにより、屁を放つスカンク! 最低な奴だ!」
アンナは悲しそうな顔ながらも、感動の声を漏らす。
「まるで一人動物園ですわ……頑張ったのですね、シャルル」
「アンナの感心どころがわからないよ、あたし」
リスティアは呆れながらも手足をフル回転。距離をどんどん縮めていった。
そう。
シャルルの地を駆ける速度は人形の義体と魔法屁が相乗効果を生み出したが、飛行は魔法屁のみ。速度は遅かった。
そこへ人形の群れが集まってきた。
総勢5万は越える数。平原をどこまでも、ガチャガチャと義体を鳴らして埋め尽くす。
「間に合った! ――さあ、その相手でもしてなよっ!」
「貴様、我輩から逃げられるとでも思っておるのか?」
「君の魔法は地上限定、上空だと威力は格段に落ちるのは経験済みさ――じゃあね、ばいばい!」
ブブゥ~! とお尻から大きな音を立ててさらに高度を上げた。
「ああ~! 逃げられちゃう! ――って、邪魔!」
リスティアは人形に突進しながら嘆いた。破片が飛び散るが速度が落ちる。
しかしユーシアは顔を手で覆うと、悪い笑みを浮かべる。
「くくくっ。我輩がその程度の術者だと思っておるのか? だったら見せてやろう、本当の使い方を! ――アンナ、我輩につかまれ! でないと、死ぬぞ!」
「え?」
アンナが目を丸くしながらも、言われたとおりにユーシアの腰へぎゅっと抱きついた。お腹へ埋める顔が少し赤くなる。
ユーシアは右手を前に出し、手のひらに黒い光を集めた。手でつかめる程度の小さな玉になっていく。
「収縮――暗黒闇星波」
ズンッ! と大気が鳴動した。
周りの砂や枯葉が巻き上げられてユーシアの生み出した黒い玉へと吸い寄せられていく。
数万にもなる人形の群れも隊列を乱して地を転がり、引き寄せられる。
――もちろん、空飛ぶシャルルまで。
地上に落下しながらあられもなく叫ぶ。
「うわぁぁぁ! に、逃げられないっ! いやだぁ~!」
ユーシアは左手を伸ばす。
「これで終わりだ――混沌大爆嵐!」
ズドゴォォォ――ンッ!
原初の力の奔流が白や黒のきらめきとなって爆発した。
草花をちぎり、嵐のように吹き荒れる。
大地は激しく揺れて、青空には雷光が走った。
人形たちは混沌の嵐に巻き込まれて木の葉のように舞った。
互いにぶつかって砕けつつ、魔力に触れて原子分解。
すべて木っ端微塵となって消滅した。
そして、ユーシアが術をやめると、平原に静寂が訪れる。
見渡す限り、動くものは一つもない。
嵐が吹き荒れた広大な範囲が、地面がむき出しの荒地となっていた。