第1話 魔王ユーシア復活!
長い長い年月が流れた、ある日のこと。
なにもないだだっ広い平原に、突然大きな地震が起こった。
大きな岩がごろごろっと動く。
次の瞬間、晴れ渡った青空に雷が走る。
そして地面が爆発するように吹き飛び、その煙の中から高笑いがほとばしった。
「フハハハハッ! よくも我輩を封印してくれたな、神々よ! 今度こそ血祭りに上げてくれるわ! ふははは……は」
煙が晴れ渡り、視界が開けた。
黒髪に、黒い瞳をした背の高い男。漆黒の闇のようなマントが翻る。
美麗だが同時に怖さを感じさせる立ち姿。まるで研ぎ澄まされた剣を思わせる。
これが魔王ユーシアだった。
ユーシアは左右を見た。
どこまでも広がる緑の平原。その上を白い蝶がひらひらと飛んでいく。
場違いなほどの、のどかな風景。
むうっ、と顔をしかめる。
「な、なぜだ!? なぜ誰もおらぬ!? 我輩が封印されていたのだぞ? 我輩だぞ? 最強の魔王たるユーシアさまが復活したというのだぞ? そもそも誰も封印を管理していないとはどういうことだ……むぅ」
ユーシアは腕を組み、しばし考え込む。
が、一つうなずいて顔を上げた。
「うむ。考えていても始まらん。――向こうから来ないなら、こっちから攻めてやろうではないか! ふははははっ、我輩の恐ろしさに震えるがよいわ! ――いでよ、漆黒古竜ダークインフィニティ!」
しーん……。
静けさが広がった。
さわやかな春の風が、ユーシアの黒髪を揺らしていく。
愕然として、目を見開いて叫ぶ。
「な、なぜだ! なぜ出てこない! ――は、まさか! 我輩が封印されている間に、部下たちは皆殺しになったというのかっ! ――いでよ、炎巨人プロトン! ――いでよ、海邪神リヴァイアス! いでよ――」
結局。
次から次へと部下を召喚しようとしたが、誰一人呼び出せなかった。
それもそのはず。
ユーシアが封印されてから一万年以上の月日が過ぎていた。
みんな幸せに暮らし、寿命を終えていたのだった。
そんなことは知らないユーシアは地団駄を踏んで悔しがる。泣きそうな顔になっていた。
「くそっ、我輩がふがいないばっかりに――ッ! 部下たちにつらい思いをさせてしまった! ……魔王ユーシアの名に誓おう、必ずやそなたたちの無念は晴らしてみせる、と!」
ぐっと歯を噛みしめて、さらに叫ぶ。
「ならば、今こそ世界を闇に! 我輩の力を見せつけてやろう! ――いでよ、疾風竜ストラトス! 我輩を世界各地へ運ぶがよい!」
しーん。
雑草がゆらゆら揺れていた。緑のバッタがぴょんぴょん跳ぶ。
召喚魔法に反応はなかった。
はっと息をのむ。
「そうだった。すでにやられていたか……うむ。まあよい。封印されておったのだ、自らの足で歩いて体の調子を確かめるのも一興! さすが我輩、転んでもただでは起きぬ男よ、ふははは!」
ユーシアは高笑いすると肩で風を切って歩きだした。
◇ ◇ ◇
春の暖かい日差しの降る中。
なだらかな草原を渡りきったユーシアは、緑生い茂る森の東側へとやってきた。
先刻から、森の南側に村があることに気付いていた。
――とりあえず、あそこに行けば情報などが手に入るだろう。
いっそのこと、この村を世界征服の第一歩としてもよいな、ふははっ!
と、ユーシアは意気揚々と考えていた。
――と。
村から魔物の集団がぞろぞろと出てきた。
10人ほどの人型をした化け物。
犬の顔をした人――コボルトに率いられている。
ユーシアは満面の笑みになる。
「おお! 我輩の復活を知って迎えをよこしたのか! 気が利くではないか、ふははは……むむ、どこへいく!? 我輩はここだぞ?」
村を出た魔物の群は東にいるユーシアのところへは向かわず、森の中へと入っていく。
首を傾げつつも、ユーシアも森へ分け入った。
「場所がわからぬのか。まあ、よい。突然現れて驚かせてやろうではないか!」
肩で風を切り、下草を踏み分けつつ大股歩きで向かった。
◇ ◇ ◇
森の中に隠れるようにして、二階建ての大きな屋敷が建っていた。
一階の広間に美しい女性と、8人ほどの子供たちが身を寄せあっていた。
子供たちが泣きながら言う。
「魔物がくるよー」「怖いよう」「アンナ母さん、助けて」
子供たちを抱きしめながらアンナは言う。
「大丈夫、私がなんとかするから、きっと守るから……!」
ドンッドンッドンッ!
突然、屋敷の扉が激しくノックされた。
古い屋敷が揺れて天井から埃が降る。
「おらー! 隠れてるのはわかってんだ! ネタは上がってんだよ! 大人しく出てこないなら燃やすぞ!」
アンナは修道服を揺らして立ち上がると、子供たちに言った。
「さあ、いつものように台所の床収納に隠れていなさい。すぐに追い返しますから」
「おかーさん」「ままー」
「みんな、こっちだよ!」
年長の男の子が幼い子の手を引っ張って、奥の部屋へと連れて行った。
アンナは金髪を揺らして扉の前へ行く。
「お待ちください! ここには私しかいませんわ!」
アンナは扉を開けて屋敷を出た。
明るい日差しに照らされた森の中の小さな広場。
屋敷前には汚い鎧と兜を着たコボルトが二人、そして人の形をした人形の兵士が10人ほどいた。
無表情な人形兵は剣や槍を持って、横一列に並んでいる。
コボルトは汚い犬の顔に笑みを浮かべ、長い口から舌を垂らして荒い息で言う。
「お前かぁ、聖女アンナってやつは。子供を隠してるそうじゃないか」
「そ、それは何かの間違いですわ」
「本当かなァ? ――おい、どうだ?」
もう一人のコボルトが長い鼻をひくひく動かす。
「子供の匂いがぷんぷんするぜぇ――地下のほうからなぁ!」
アンナが過剰なまでに激しく首を振る。金髪が乱れる。
「こ、ここには私しか……っ!」
「痛い目見てもまだ同じこと言うかなぁ? げへへっ!」
コボルトが前に出てくる。
アンナはじりじりと後退した。
「な、何をなさるのですっ! 許しませんよ! お帰りくださいっ! ――あっ」
ついにコボルトがアンナの細い腕を掴んだ。
「勘違いすんじゃねーぞ? 子供は生きたまま連行しろといわれてるが、お前はどうでもいいんだからな?」
「能力のおかげで今まで大目に見てもらえてたのも、今日までってことさぁ、ぎゃはは!」
「そ、そんなっ! ――きゃあっ!」
アンナは地面に引きずり倒された。
修道服の裾がめくれて、しなやかな脚がちらっと見える。
「まあ、安心しな。命までは取らねぇよ。お前の能力を魔王様がほしがってるようだから、人形になるんだよ!」
「まあ、殺しはしねぇから安心しな、腕の一本は噛み砕いちまうかもしれねぇけどよ。ぎゃははっ」
「いやぁっ!」
アンナは必死で抵抗した。大きな胸が服の下で波のように揺れ動く。
「くっ。大人しく殴らせやがれ! 手加減できなきゃ死ぬぞ、てめぇ!」
「――おい、ガキども! さっさと出て来い! 逃げたらこの女殺すからな!」
小さいながらも強靭な腕がいたぶるとように殴りつけてくる。
必死で防ぎつつ、アンナは涙をこらえて叫ぶ。
「だ、だめですっ! みんな、早く森へ逃げてっ!」
「やっぱりガキはいるんじゃねーか! ひゃっひゃっひゃ」
「ああ――っ!」
アンナは苦しげに顔を歪めた。
防ぐ腕を殴られた痛みか、それとも相手の誘導尋問に引っかかってしまった後悔か。
――と。
「何をしておる? 我輩を迎えに来たのではないのか?」
屋敷前の広場に突然、迫力のある低い声が響いた。