第18話 シャルルの秘密(王都防衛戦その5)
王都東にできたクレーターの中で、ユーシアはシャルルに魔王姫軍に協力した理由を尋ねた。
「もう一度聞こう。なぜ、体のパーツを欲しがった?」
シャルルは観念したように、金髪を手でかき上げた。
「いいよ、言うさ。ボクはね、強大な魔力を持って生まれたと言っただろう? そのせいで、どんなに我慢しても魔力漏れをしてしまうんだ」
「ほう。そういう話は聞いたことがあるな。目から光線を出し続けてしまうとか」
「うん。ボクもね、出てしまうんだ。クスッと笑えば『プウ~』うわっと驚けば『ブリッ』と」
「なにっ! まさか貴様――!」
「そ、そうだよ! ボクは――魔法がお尻から出るのさっ!」
シャルルは恥ずかしそうに顔を赤くしながら叫んだ。
これには魔王たるユーシアですら、驚きつつ言葉に詰まった。
「おおう……まさか生まれながらにして、お腹ぐるぐる痛い魔法を体得しているとは……。その、なんだ。個性的な、体質だな」
アンナとリスティアも無言のまま、可哀想な子を見る目でシャルルを見た。掛ける言葉が見当たらないらしい。
「そんな哀れみに満ちた目でボクを見ないでよっ! だからボクは! 笑っても、驚いても、漏らしたりしない、――レジェンドなお尻が欲しいっ!!」
シャルルの叫びがクレーターの中に反響した。
ひゅうう~と風が吹いていく。
「もう何を言ってるかちょっと理解したくないが、とりあえず大変なことだけはわかった――エメルディアは裏切れないのだな」
「当たり前だよ! レジェンドなお尻さえあれば! もういじめられたりしない! ぶりぶりざえもんみたいな、変なあだ名はつけられない! カンチョーされた時に爆発しなくてすむ! ――ボクはアンナと暮らせるんだ!」
ユーシアは抱いているアンナに尋ねる。
「……そんなことがあったのか?」
「はい、孤児院で……ヤンチャな男の子にズンッと、かなり重いカンチョーをされてしまい、爆発事故になってしまったのです……」
「ボクのお尻で孤児院がヤバイ! なんてね……今となってはいい思い出だけどさ」
シャルルは金髪をさらりと掻き上げ、遠い目をしていた。
「よかろう。ならば戦って聞き出すまでだ! 貴様が勝ったらアンナをやろう! しかし我輩が勝てばエメルディアの場所を教えてこらうぞ! ――しっかり掴まっておけ」
ユーシアはアンナの手を引いてリスティアまで行くと、その背中に座らせた。
振り返ると、シャルルはまだ真剣に悩んでいた。
「う~ん……できればもう一声!」
「なんだと……っ! 我輩に注文をつけるとは。いいだろう、貴様が勝てば――アンナに踏んでもらう権利をやろう!」
「うーん、惜しい! ボクは、アンナの人形に愛される権利が欲しい!」
「なにっ!? アンナを手に入れながら手を出さないだと……!?」
シャルルは顔を真っ赤にしながら弁解する。
「っち、ちがう! アンナは孤児院で育った僕らにとって神聖な存在なんだ! ボクなんかがけがしていい存在じゃないんだ! だいいちアンナに愛される自信はもうないから、せめて永遠に清純なままでいて欲しい!」
「こ、こやつ、変態をこじらせている! 世界変態選手権があれば、団体戦3位、個人戦2位は確実!」
アンナが驚く。
「えっ、団体戦もあったのですか!?」
「いや、突っ込みどころはそこじゃないと思うんですけどっ。どうして個人戦はあると思っちゃったの!?」
リスティアが、じと~っとした目でアンナを見上げた。
シャルルは立ち上がると、肩に掛けたケープを脱ぎ捨てた。
「いいでしょう、スポーツマンシップにのっとった変態をお見せしましょう!」
「ついに自分で変態って言い始めちゃったよ、この人」
リスティアの突っ込みはもう、誰の耳にも届かなかった。
ユーシアは悠然と足を開いて待ち受ける。
リスティアはアンナを乗せたまま距離を取った。巻き込まれないため。
シャルルが微笑みながら、軽く走り始めた。
ユーシアに、ではなくクレーターに沿って円を描くように走る。
ユーシアは右眉だけを上げて睨む。
「何をしている。さっさとかかってくるがよい」
「ふふん。走り始めたら最後、ボクは無敵になるのさっ!」
シャルルが『プゥ。プゥッ。プゥッ!』と連続で音を発し始めた。
「なにっ! まさか――」
「エメルディアさまからいただいた究極の体とボクの魔力の合わせ技! 放屁加速! ――いまだかつて誰もボクに追いつけたものはいないっ!!」
ぷぅぷぅ音を漏らしながら、目にも止まらぬ速さでクレーター内を周回し始めるシャルル。
ユーシアは呆れながら眺めていた。
「それは単に、誰も追いかけたくなかっただけであろう……」
「はははっ! 負け惜しみかい?」
「舐めるなよ、小僧!」
ユーシアの輪郭が一瞬ぶれたかと思うと消えた。
次の瞬間、シャルルの前方に出現する。
「なっ!? ボクより早い――」
「くらえ! ――影衝撃波!」
ドガァァンッ!
シャルルの右手から放たれた黒いオーラが、クレーターの岸壁に直撃して爆煙を上げた。
リスティアが歓声を上げる。
「やったぁ! さすが魔王さまっ! あんなの相手してたらユーシアさまの品格まで下がっちゃうもんね」
ユーシアは険しい目をして空を見上げる。
「……いや、ぎりぎりで避けられたな」
ブゥッ、ブゥッ、と大きな音を立てながら、シャルルは空を飛んでいた。
「やばい、やばい! ボクより早くて、あの攻撃力! 絶対戦っちゃいけない相手だ――頑張れ、ボクのお尻! 放屁飛翔!」
ブゥゥゥゥ――ッ!
特大の音を響かせて、王都のほうへ飛んでいく。
ユーシアは目を細めて睨みつつ、吐き捨てるように言う。
「待て、貴様! スポーツマンシップはどうした! ――というか今の技で、最初の暗黒闇星波を回避しおったのかっ! やりおる! 悔しいが、屁の使い方は我輩を越える超一流と認めてやろう!」
リスティアが悲しい声で言う。
「ユーシアさま、張り合わないで下さいよぉ……。そんなので一番になったら悲しいです」
ユーシアは地を蹴って、ひらりとリスティアの上に飛び乗った。
「ふんっ、心配するな。あの男を倒せば放屁術師もいなくなって、競わずにすむ――ゆけ、リスティアよ! おなら男を追いかけるのだ!」
「はーい!」
リスティアが手足を動かして猛然と駆け出す。
後には灰色の土煙が上がった。
上空でクレーターを振り返ったシャルルが驚愕する。
「な、なにあれ早い! ドラゴン!? 追いつかれるっ――こうなったら! ボクを守れ、人形総攻撃!」
ブボバッと特大の音が、春の日差しの降る平原に響き渡った。