第13話 駆けるリスティア、優男
深夜。
青白い月が浮かぶ夜空。
一面の星空が輝く下、ドドドドッと地響きを立ててドラゴンのリスティアが駆けていた。
草原と荒地が交互に現れる平野の街道。
何度か休憩を取った以外は、南西に向かってほぼ走り続けていた。
竜の背中には仁王立するユーシア。黒いマントが後ろになびいている。
腕にはアンナを横抱きに抱いていた。
アンナは乗り物酔いをしたのか、ぐったりとして眠っていた。
「うむ。だいぶ揺れずに走れるようになったではないか。しかも、なかなかの速さ。それでこそ我輩の部下、黒の筆頭よ」
リスティアが走りながら、大きな口を開けて嬉しそうに笑った。
「お褒め頂きありがとうございます、ユーシアさま! ――ああ~、生きててよかったぁ!」
「大げさだな、リスティアは」
「だって、だって! 走る姿をみんなバカにするんですもん! トカゲ呼ばわりして。全然自分に自信がもてなかったんです。でもユーシアさまはわたしの姿をバカにしない。走る姿を褒めてくれる。最高の魔王さまですっ!」
「ふんっ、地を這う姿がトカゲ、だと? 何を言う。ドラゴンは空を飛ぶものだ、という固定観念に囚われた凡人の言葉を気にする必要はない! 愚者の言葉など、秘めたる可能性に対する足枷にしかならん! 大切なのは自分がどうしたいかだ!」
「ううっ、さすがユーシアさまっ、かっこいいです! ……でも、自分がどうしたいかなんて、わかんないですよぅ」
「何を迷う必要がある? 貴様の先祖は立派だったぞ! 諦めることなく努力を重ね、地を駆けるスキルを極めたのだ! 自分にできることを頑張る姿は、何もしない奴の百倍美しい!」
「う、美しい!? ――は、はいっ、頑張って走ります! ユーシアさまぁ!」
リスティアは頬を緩めて、いっそう力強く走り始めた。
風を引き連れて街道を走る。道沿いの草が風圧で倒れる。
時々、小石を跳ね飛ばして疾駆した。
速度が上がったので揺れも少し大きくなる。
ユーシアの腕の中でアンナが苦しげに眉を寄せて呻いた。修道服を押し上げて胸は揺れ続ける。
ユーシアはその姿を見て眉をひそめる。
――ふん。元気になってもらわねば、絶望のさせ甲斐がないではないかっ!
抱き締める腕に力を込めた。優しく守るように。
すると、リスティアが走りながら背中をチラッと見た。
「ユーシアさまぁ。一つだけお聞きしたいことが……」
「許す。申してみよ」
「どうして、部下でもないただの人間を、お傍に置いておられるのです? ――まさか、その大きな胸に幻惑されて……」
リスティアは修道服を押し上げて揺れるたわわな胸を、じとーと睨んだ。
ユーシアの眉間にしわが寄る。
「なんだと……? 止まれ」
「ふぇ!? あ、はい……」
ゆっくり速度を落として、街道沿いの草むらに止まった。
ユーシアは月明かりの野原の中へアンナを抱えて飛び降りた。
黒光りする巨体の前に立ち、強い視線で見下ろす。
「リスティアよ。我輩が、脂肪の塊に誘惑される軟弱者とでも思ったのか!」
「ひゃひ~! ご、ごめんなさいっ、ユーシアさま!」
リスティアは地面に頭をこすり付けて謝った。
「ふんっ、わかればよい。我輩は何者にもなびかぬ! 我輩を誘惑できるものがあるとすれば、それは底知れぬ我輩だけだ、ふははははっ!」
「さ、さすがユーシアさまです! ――でも、やっぱり魔王さまが人間を傍に置くのは変ですよぉ。命令してくだされば、あたしがペロッと丸呑みしますっ!」
ユーシアは、じろっとリスティアを睨む。
「一つ言っておこう。アンナは……そうだな、我輩への供物だな」
はっと息を飲むんだリスティアは、瞬時に理解したのか頭をこすり付けて必死で謝罪する。
「ご、ごめんなさい、ユーシアさま! ユーシアさまがご自身で召し上がるための生贄を、あたしのようなものが手を出すなどと言ってしまい、本当に申し訳ありませんでした!」
「うむ。わかればよい……なんせ、すがりつく希望が揺らぐたびに彼女は苦しみに喘ぐ! その苦悶の表情は、なにものにも勝る美酒ではないか! ふははははっ!」
リスティアは土下座したまま「ん?」と眉を寄せ、長い首を捻った。
「苦悶……? あったっけ?」
「なんだ? 我輩の采配に文句でもあるというのか?」
「……いえ、さすがユーシアさまです! 恐ろしきお考え、あたしなんかには到底およびもつかない残忍な行為でした!」
「ふははははっ! そうだろう、そうだろう! 少しは直属の部下として我輩の底知れぬ怖さを理解してきたようだな!」
「はい、ユーシアさま! やっぱり最高の魔王さまです!」
ふはははっとユーシアは笑い、リスティアはさらに誉めた。
高笑いと賞賛がエンドレスに、草原と星空に広がっていった。
◇ ◇ ◇
一方その頃。
平原を貫く大河の東側に隣接して、巨大な都があった。
アルバルクス王国の中心、王都フェリク。
しかし、高い城壁に囲まれた王都は今、夜の暗闇を轟かせる不気味な地響きに囲まれ始めていた。
それは大量の人形兵の歩く音。
魔王姫軍は四方向から取り囲む。川に面した方向だけは鳥の人形が多かった。
その数10万。
東に陣取った魔王姫軍本隊にある矢倉の上から、金髪碧眼の男が笑みを浮かべて眺めていた。
痩身の青年。彫像のように美しい顔と肢体。だが片方の目に眼帯をしていた。
名はシャルル・ド・パサージュ。魔王姫四天王の一人。
シャルルは着々と陣形を組んでいく人形兵たちを見下ろしていた。
「ああ、もう少しだよ……もう少しで、ボクは完璧になるんだ。ようやく君の隣にふさわしい男になれるんだ……アンナ、待っていてね。うふふっ」
眼帯を何度も撫でながら、神経質な笑い声をこぼしていた。