第10話 聖女の魔法と翻弄される村
うららかな午後。青空には柔らかな雲。
大きな村での戦いは終わり、ユーシアにすがり付いて泣く少女リスティアも、だいぶ落ち着いてきた。ぼろぼろだった服は元に戻っている。
アンナは優しく少女の頭を撫でていた。
そんな彼女をユーシアは目を細めて睨む。
「貴様、今、詠唱なしで魔法を使ったな? 無詠唱なのが盗っ人エメルディアに欲しがられた能力か」
「え? 必要なのでしょうか? わたしはずっとこうでしたが……ユーシアさまだって、あれだけの超魔法を詠唱せずに出しておられるじゃありませんか」
「我輩は闇と混沌そのものだから心に想起するだけでよいのだ! お前と一緒にするでないわっ!」
アンナは大きな胸に手を当てて真剣な声で言い返した。
「わたしだって『この子の怪我はきっと治る』と心から信じて神さまに祈れば、治るのです。信じればどんな願いだって叶います――だから、わたしはユーシアさまが勇者さまだと信じていますわ!」
「むぅ……お前の存在がおかしい――」
すると、戦いが止んだことに気付いた村人たちが一人、二人と外へ出てきた。
人形どころか魔物すらいなくなった大通りを見て、驚きと戸惑いの声を上げる。
「お、おお……人形が」「たった一人で魔王姫軍を……」「なんと恐ろしい……」「ひょっとしたら化け物……」
アンナが金髪をなびかせ、笑顔で駆け出す。
「いいえ、そうではありませんわ! 勇者さまです、勇者さまが倒してくださったのです! ついに魔王姫エメルディアを倒せるお方が現れたのですわ!」
「「「おおおおお~!」」」
大通りに出てきた村人たちから歓声が上がった。
「聖女さまの言うことなら間違いねぇ!」「あんなに強いんだもの、きっと倒してくれるね!」「これで世界は救われる……」「ありがてぇ、ありがてぇ!」
しかしユーシアは歓声を打ち消す大声で叫ぶ。
「我輩は勇者ではないっ! 魔王ユーシアだ! 貴様らのために倒したのではない、この世を我輩色の恐怖で染めるため。絶望に打ちひしがれるがよいわ、ふははははっ!」
「ひぃっ!」「なんと恐ろしい!」「やっぱり、勇者じゃなくて化け物だったのかぁっ!」
「違います、これは勇者さまのジョークです! ジョークアベニューなのですっ!」
アンナは必死で否定した。
それをユーシアが否定し返す。
「恐るべき我輩が、勇者なわけがなかろう! 世界を闇に染め上げる魔王、ユーシアだ! ふははははっ!」
「「「ひぃぃ~!」」」
村人たちが震え上がると、アンナが凛と澄んだ声で訴える。
「昔から魔王を倒すのは勇者だと決まっておりますわ! ユーシアさまはエメルディアを倒そうとなさっている。勇者であるという何よりの証拠ですっ!」
「「「おお~!」」」
村人たちは喜びの歓声を上げた。
さらにユーシアが魔王だと名乗り、アンナが否定し、ユーシアが否定。
そのたびに村人たちは希望に顔を輝かせ、また絶望に顔を暗くして、泥沼のような言いあいに翻弄された。
そんな村を揺るがす熱戦だったが、いつの間にか泣き止んでいたリスティアだけは、自分には関係なさそうにしていた。
嬉しそうな微笑みを浮かべて、ユーシアのお腹に、ぐりぐりと顔をこすり付けている。
まるでご主人さまに甘える子犬のようだった。
――と。
翻弄されて疲れ切った様子の農夫が手を上げた。髭もじゃで体格がいい。
「ユーシアさま、一つだけ聞いていいですかい?」
「なんだ? 言ってみよ」
「ユーシアさまは、人形の魔王エメルディアを倒すおつもりで?」
「当然だ」
「だったら、ユーシアさんが魔王だとも勇者だともどっちでもいいでがす。人形になるのだけは嫌なんで」
農夫の言葉に、同じくぐったりする村人たちが頷いた。
「そうだな」「人形だけは嫌だ」「あいつらのせいで……」「魔王姫軍をやっつけたユーシアさまは、信じていいお方だ!」
「そうだ、そうだ!」「ユーシアさまはユーシアさまだ!」「ユーシアさま、ばんざい!」
というような盛り上がりを見せた。
人々の集まる大通りは明るい賑やかさに包まれていった。
ユーシアは納得がいかない顔をしつつ言う。
「まあ、現状ではこの辺が限界か……一日も早く盗っ人を倒し、我輩の魔王軍を再建して、勘違いする者どもを震え上がらせねばならぬな」
「何を言われますか。魔王姫エメルディアを倒した暁には、ユーシアさまは正真正銘の勇者になりますわ!」
ユーシアは自分に抱きつく竜少女リスティアに尋ねる。
「どう思う? リスティアよ」
「ぐりぐり~、……あ! はい、ユーシアさまは、もうすでに立派な魔王さまです! 間違いないですっ!」
「そうか、そうであろう! ふははっ!」
ユーシアはすがりつく少女をギュッと抱き締めてやりつつ、胸を反らして高笑いした。
リスティアは「はわわぁ~」と喘いで、顔を真っ赤に染める。
その表情はもう、夢見心地のようにゆるゆるだった。
――と。
ぴたっと高笑いをやめて、蕩けているリスティアを見下ろした。
「隊長の豚が最終決戦をすると言っておったが、正確な場所と日時はわかるか?」
「ふぇ……あ! はい! 明日の昼、大軍を率いて王都を滅ぼすつもりなんです!」
アンナが急に取り乱した。大きな胸が動いて修道服が揺れる。
「あ、明日!? 王都までは歩いて10日、早馬で駆けても3日はかかりますわ! どうしましょうっ」
しかしユーシアは悠然と構えていた。
「だからどうした? ――リスティアよ、ここにいた魔王姫軍は人形補充のための子供や人員、あとは大軍を維持するための食料を集めておったのであろう?」
「はい、その通りです。この短時間でわかっちゃうなんて、さすがユーシアさまですっ」
「ふふんっ。だったら、間に合うな」
アンナが青い瞳を丸くする。
「え? どうしてです?」
「魔王姫軍は王都を落とすのに数週間かかると考えているのだろう。だから補充の人員や食料が必要なのだ。――今から行けば余裕で間に合う」
「な、なるほど! さすがユーシアさまですわ! 兵糧から戦いの期間を計算してしまうなんてっ!」
「神話の時代に大軍を指揮してた魔王さまだもん、当然なんだからぁっ!」
リスティアが誇らしげに胸を反らした。形の良い胸によってブラウスが押し上げられた。
「まあ、我輩は王国とやらが滅んでも痛くも痒くもないがな。――ただ、城を破壊されるのは惜しい」
リスティアの瞳がきらりと輝く。
「お城を乗っ取るのですね! 王都の城はとっても大きくて立派ですからっ!」
「うむ――では、何をすべきかわかっておるな?」
「あ……はい」
リスティアは恥ずかしそうに頬を染めながらユーシアから離れた。
大通りから外れて、人のいない空き地に入るとくるくる回った。
「戻れ~戻れ~、元にもどりゅう! ――それ!」
ポンッと煙に包まれたかと思うと、漆黒の鱗に包まれた大きなドラゴンが現れた。
日の光を反射して、艶やかに光っている。ただ、背中に翼はなかった。
ユーシアは顎を撫でながら、竜になった少女を頭から尻尾の先まで眺める。
「ふむ。家ほどの大きさがあったダークインフィニティに比べると、半分ほどだが……我輩が乗るには申し分のない美しさだな」
「あ、ありがとうございましゅ……ううっ」
ドラゴンになったリスティアは、すみれ色の大きな瞳に涙を浮かべて感激した。
「さて、あとはこやつの水と食料を手に入れてから、王都へ向かおうではないか。――アンナ、すぐに用意せよ」
「あ、あの……この子は沢山食べそうで……お金が……」
大通りに集まる村人たちもざわめき立つ。
「ちょ、ちょっと待ってくだせぇ」「そいつは魔物ですよ」「魔王姫軍としておらたちを苦しめただ」
ユーシアは白い歯をギラリを光らせると、村人たちを獰猛な目で眺めた。
「食料など、この連中から巻き上げればよいではないかっ!」
「「「えええええ!」」」
「な、なんてひどいことをおっしゃるのですかっ! 勇者さまなのに、勇者さまなのにっ!」
「ふふんっ。はたしてそうかな? ――本当に『ひどい』のはどちらだろうな?」
「えっ?」
アンナは虚を突かれて青い瞳を見開いていた。
昨日ジャンル別1位、日間2位になりました!
たくさんの評価とブクマ、本当にありがとうございます!
ていうか、こんなに話数少ないのにいいんだろうか、と少し申し訳ない気持ちです。
頑張って魔王さまの活躍を書いていきたいと思います!