第9話 竜少女リスティア!
大きな村に明るい日差しが降り注ぐ。
戦いに恐れをなしてか、人影は見えない。
大通りにはユーシアとアンナ、そして、傘を支えに立つ少女リスティアがいた。
華奢な手足には焦げ目が付き、服はぼろぼろになって太ももや下着が見えていた。
それでも気丈にユーシアを睨む。
「あ、あたしは……魔王さまの役に立つために生まれたんだから……」
そんな少女を値踏みするように頭からつま先まで眺めた。
「そのほう、ただの魔物ではないな? 名はなんと言う?」
「と、当然よ……あたしはリスティア。偉大な魔王さまに仕える運命にあるドラゴンよっ」
「ふぅん。ドラゴンか」
ユーシアは顎を撫でつつ見下ろした。
その態度にリスティアが叫ぶ。
「本当よっ! 本当に最強のドラゴン、漆黒古竜の血筋なんだからっ!」
「ドラゴンだと自負する割には、人の姿で戦うのだな」
「そ、それは……」
リスティアは、ぐうっと言葉に詰まった。
ユーシアの後ろでアンナが首を傾げる。
「確かにドラゴンに戻って戦えば、爪と尻尾と空からのブレスで、とても強そうですわ。ユーシアさまを見くびっていたのでしょうか?」
「我輩に対して手を抜くなど、敵として許されぬが……こやつは違うだろうな」
「違う、とはどういうことでしょう?」
ユーシアは傘にすがって立つリスティアを見下ろした。
「貴様は守備力が高いだけで、火は吐けず、空も飛べない。だから様々な武器が使える人の姿で戦うことを選んだのだろう? ――だが言わせて貰おう。真の姿を堂々とさらせぬお前にはプライドがない! 口先だけのプライドだ! だから他者から見くびられ、クズの下で働く羽目になる!」
ううっ、と図星を指されたリスティアは、泣きそうに顔を歪めた。
「だ、だって……誰も信じてくれないし……何もできないし……っ! せめて魔王さまに仕えた由緒ある血筋だっていう証拠があれば……」
「証拠がないと自分を信じられぬ、その時点で間違っている!」
「え?」
「我輩は誰がなんと言おうと、自身が魔王であると信じておる! 自分が自分自身を信じてやらないで、他の誰が信じてくれるようになるというのだっ!」
リスティアはすみれ色の瞳に涙を溜めて叫んだ。
「そんなの、嘘よ! 『あたしはトカゲじゃないっ! 本当に高貴なドラゴンの血筋なのよっ!』 ――こう言っても、あなただって信じないでしょ! 自分の思い込みなんて誰にも届かないのよっ!」
ユーシアは、急に微笑みを浮かべると、優しい声で言った。
「なぜ信じないと思った? 我輩は信じよう」
「嘘よ! 証拠がなきゃ、立派な翼や燃え盛る炎が吐けなきゃ、誰も信じない! あなただって口先だけよ!」
「あるではないか、証拠が」
「え?」
傘にすがって立つ少女は、ぽかーんと口を開けた。
ユーシアは遠い目をして空を見る。
村の上の青空には、白い雲がふわふわと漂っていた。
「我輩の暴君黒闇波を受けて生きていた者は、いまだかつて一人しかいない。漆黒古竜ダークインフィニティだけだ」
「え? えっ? ええ!?」
リスティアは混乱して口をパクパクさせるばかり。
ユーシアは深く頷いて、そして首を振った。黒髪が美しく流れる。
「そうか、子孫か……やはり我輩は、相当長い年月封印されておったのだな……」
「えっと……あの。どうして、始祖さまの尊い名を知っておられるのですか? ――誰にも言ってはいけない秘密なのに」
ユーシアは鼻で笑うと、バサァッとマントを広げた。
「そんなもの、我輩が! ダークインフィニティが仕えた魔王ユーシアだからに決まっておるであろうが!」
「えええええ~っ!」
リスティアの驚く声が村の隅々まで可愛く響いた。
アンナがふるふると頭を振った。金髪が軽やかに揺れる。
「いいえ、ユーシアさまは、勇者……勇者、勇者なのです……!」
肩越しにアンナを振り返って睨む。
「まだ言うか……こんなにもおぞましい魔王はほかにおらんだろうに……ふむ。リスティアよ! 最強の魔王たる我輩に仕えよ! さすれば漆黒古竜ダークインフィニティと同じ処遇を与えて、重宝してやろうではないか!」
大通りに響くユーシアの堂々たる声を浴びて、リスティアはへなへなと腰をついた。ぺたんと女の子座りになる。
「この威光、あの強さ、圧倒的な存在感……! ほんとに魔王さまだ……で、でも……あたしには、翼がないの……竜にはある翼が……」
「なにを言っておる? 漆黒古竜ダークインフィニティにも翼はなかったぞ?」
「え? ……でも、だって! 魔王軍最速の竜だった、って!」
ユーシアは腕組みをして深く頷いた。
「うむ。奴は早かったな。ただ、地を駆ける速度が誰よりも速かっただけだ――我輩を乗せてな」
「そ、そんなぁ……伝え聞いてた話と違うよぉ……」
リスティアは目を呆然と見開いた。がっくりと華奢な肩を落とす。
村の大通りの真ん中で、ぐすっと泣き始めた。
ユーシアは眉をしかめて、泣き始めたリスティアを見下ろす。
「うん? リスティア、どうした? 伝承など歪んで伝わるものだ。特に先祖を讃える話など、美化されまくって当然だろう?」
「ふぇぇぇん! そうじゃないですっ! ――あたしっ、間違った魔王に仕えちゃったよぅ!」
「ふんっ。ならば、今から正しい魔王に従えばよいだけの話ではないか! この魔王ユーシアさまにな!」
「でも、でも……っ! 主君をたがえることは、とっても恥ずべきこと……」
するとユーシアは右手の人差し指をリスティアに突きつけた。
「我輩がその程度の過去を気にするとでも思っているのか? 我輩は前歴で拒むことなどしない。なぜなら誰であろうと、我輩色に染め直してやるからな!」
「で、でも……本当の魔王さまに、刃を向けちゃった……」
「ダークインフィニティは、逆らうどころか噛み付いてきたぞ? それに比べたらお前はまだまだだな。はっはっは!」
ユーシアは高らかに笑った。
そんな彼を、リスティアは涙をこぼしつつも、呆然と見上げた。
「……いいの、ですか?」
「我輩に忠誠を誓う限り、その心に応えよう」
「――は、はいっ! 真の魔王さまにお仕えするのが、ずっとずっと、あたしの夢でした! ――お願いします、魔王ユーシアさまっ!」
ユーシアは右手人差し指を、リスティアの首元に突きつけた。
「よかろう! ――ならばダークインフィニティと同じ、最高の待遇を与えてくれる!」
ぐいっと服の首元を引っ張って、細い鎖骨の下辺りまで白い肌を大きく露出させる。
「ふぇ?」
突然のことにリスティアは眼を白黒させて戸惑った。恥ずかしいのか少し頬が赤くなる。
ユーシアは彼女の鎖骨に人差し指で触れる。
「我輩の右手人差し指は黒の一番。リスティアを漆黒筆頭に任命する――召喚従者契約」
指先から黒い光が迸り、リスティアの華奢な体を貫いた。
「ぁ……ああ! ユーシアさまぁ!」
「ふははははっ! 油断したな、小娘め! これで貴様は、いつでも我輩に呼び出される従者となったのだ! 先祖のダークインフィニティと同じ新生魔王軍近衛隊隊長、および七魔将の筆頭として我輩にこき使われるがよいわ!」
リスティアはすみれ色の瞳に大きな涙を浮かべると、ユーシアのお腹に抱きついた。
「ユーシアさまぁぁぁ! 役立たずのあたしが黒の筆頭だなんて……ふぇぇぇん!」
アンナはよくわかっていない様子ながらも、微笑みながら少女の頭に手を置いた。
「なんだかよくわかりませんが、子供が助かってよかったですわ――万能回復」
「こ、子供じゃないもん! ――うぇぇぇん!」
リスティアは青空の下、村の大通りで泣き続けた。ユーシアのお腹にすがりついて。
ただ、ユーシアは訝しそうに眉をひそめ、優しく微笑むアンナを見ていた。
ジャンル別2位、日間5位、ブクマ2000越えになりました!
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