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剣と狂気

 弁当を無事回収し、放課後。

 いつも通り騒がしい教室の中、一人で帰る準備をしていると、幼馴染みの一人がやってきた。

「念のため、これを持っていけ。厄除けだ。最近、不審者がこの辺うろついているらしいからな」

 そう言ってポケットから出したのは、まるで闇を具現化したように黒い石。

 角がなく、触り心地もよさそうな、手のひらサイズの珍しい石だ。

 だが、この石を貰ってはいけないと本能が告げている。

「これ、不幸を具現化したような感じがするんだけど」

「いいから」

 伊那人の強引に押し付けてくる。どうしてそんなに僕に石を持たせたいんだろうか。

「……なにか企んでるね」

「んなわけないだろ。大丈夫だ」

 伊那人は僕の手にそれを押し付け

「じゃあな」

 僕を置いてさっさと行ってしまった。

 手に持たされた石を見ると、やっぱり持っていてはいけないと感じる。

「でも、折角伊那人がくれたんだしな」

 無理に捨て、他の人が酷い目にあったら、きっと自分を責める。

 じゃあ、僕が酷い目に合えばいいや。

 僕はそれをポケットに突っ込む。

 一応教室内を探してみると、倉島さんの姿はなかった。

 なぜわざわざ校門前で待ち合わせしたのかは分からないが、なんでもよかった。

 僕は既に人が少なくなった教室から出て、校門へと向かった。



「ごめん。遅れたね」

「いえいえ。私も今来たばかりですから」

 僕より先に教室出たってことは、ずっと先にここに着いてたと思うけど。気を使ってくれたのかな。

「じゃ、行こうか」

「はい」

 ここに長い間立っていたら校門から出てくる人の邪魔になるだけだし、僕らはいつもの帰り道を二人で歩き出した。

「いつも帰りって一人?」

 僕は何気ない会話の話題を振る。

「はい。友達とかはできないから……」

「そっか。この学校そういうの難しいもんね」

「はい」

「…………」

「…………」

 会話が続かない。

 いや、予期できたことなのかもしれない。対策を練らなかった僕が悪いのか。

……でも、意外とこの静かな時間を苦痛には感じなかった。

 周りに人がいないから、安心しているのかもしれない。

 通行人の全く関係ない人でも、いるといないでは結構違う。

 無言のプレッシャーのようなものがあるのか、知らない人がいるととにかく落ち着かない。

 友達といる時はまだましの時もあるけど、やっぱり一人が一番楽だ。

 よく分からないけど、僕って人嫌いなのかなぁ。

 昔から、こんな性格だからな。そりゃあ友達なんて、できないよね。

 どうでもいいことを考えながら、道を左に曲がって、さらに人通りの少ない道に入る。

 学校から家までは大体十分程度の距離で、そう長くはない。

 もう半分くらい来たから、もう五分くらい経ったのだろう。

 この空気が、五分間維持されている。倉島さんにとっては少し辛いかもしれない。

「あ、の」

 僕が何か話しだそうかどうか迷っていると、倉島さんのほうが先に口を開いた。

「うん?」

 少し緊張気味の倉島さんを横目で見ながら、周囲に視線を配らせる。

 誰か、いる。

 何かが、身体の中に伝わってくる。少しずつ身体が熱くなっていくようなこの力は、魔法力。

 魂の力を魔法に変換して、溜めているのだろう。

 こんなところで力を溜めるなんて、明らかに不自然だ。近くで争いごとでも起きているわけじゃないし。

 ほぼ確実に、僕らを狙っている。

 ただでさえあんな不気味な石を貰ったんだから、遠回りしてでも人通りの多い道で帰るんだったな。

 今更のように後悔するが、どうせ気付いててもこの道を通っていたと思い、失敗とは思わない。

 理由は、人混みが嫌いだから。

「どうしたの? 喜多くん」

「いや、なんでもないよ。それよりも、倉島さんの言いたかったことって何?」

 深緑の瞳で僕を見つめるこの子を、不安にさせるわけにはいけない。

 あいつ、これを狙っていたのか? 僕のこと嫌いなのかな。

「今日のお昼の話なんだけど……ここまで言ったら分かる……よね?」

 質問の内容は、簡単に分かる。

 咄嗟についた嘘で、誤魔化しきれるわけもないもんな。

「いや、嫌なら言わなくてもいいんだよ! ご、ごめんね……」

 どうしてか、急に慌てたような表情で、すぐに謝ってくる。

「なんで謝るの?」

 僕が笑いながら訊くと

「う……ごめんなさい」

 また謝る。なんだかこの子かわいい。

「聞きたいのは、剣のことだよね」

 僕は空を仰ぎながら、独り言のような調子で言ってみた。

 自分で自分の傷を(えぐ)るようなものだからあまり関わりたくもなかったけど、こうしてなら、ちょっとだけ楽かな。

「そうだけど……やっぱりいいですよ。秘密の詮索は止めます」

「今更だけど、普通の言葉使えてたよね。なんで敬語に戻ったの?」

 というかさっきの話し方のほうが、自然体のような気がしたんだけど。

「え? そうでしたか?」

「いや、やっぱりいいよ」

「とにかく、この話はもういいです」

 今までの会話の流れを断ち切るように言い、走っていってしまった。

 そっちから言い出した癖に、とは思わなかった。

 あんまり思い出したくないことを訊くのを止めてくれたんだから、そんなことは頭の片隅にもなかった。

 ただ、安心した。

「……ありがとう」

 小声で言ったこの言葉は、きっと彼女には届かなかっただろう。もう背中が小さく見えていたのだから。

 でも、言っておきたかった。

 僕の心に、深く関わらないでくれたことに対して。

 それから少しの間を置いた後、今まで感じていた魔法力が急に膨れあがった。

 攻撃に移ろうとしているのだろう。

 でも、僕はあえてそれを放っておく。関わらなければなにも起きないかもしれないし、誰かが対処してくれるかもしれない。

 僕達を尾行している二人とか。

……そんなわけないよね。

 溜まっていた魔法力が、一気に減った。魔法を使用したのだろう。

 僕は適当に周りを確認するが、魔法を視認することはできない。

 だとしたら、特殊能力系の魔法だろうか。あれは確か高度な魔法で、多量の魔法力が必要だ。

 こんなに簡単に使うなんて。

 命が惜しくないのか、それとも魂のことを知らないのか。

 突然、誰かに腕を掴まれる感覚があった。

 驚いて後ろを振り返るが、誰もいない。

「……ステルス?」

 僕は見えない誰かに尋ねる。

 ステルスとは、姿を消す高等魔法。一回の使用で、十分間持続する。

 それを使ったとなると、中々厄介な相手だ。

 すぐに腕を振りほどこうとするが、取れない。

 それどころか、握られる力が痛いくらいに強くなっていく。力の大きさから、大人だと思う。

「く……!」

 僕は掴まれていないほうの手だけを犯人に向け、魔法を放った。

 手首を返しただけの小さな動きなので、相手には気付かれていないはずだ。

 僕が放ったのは雷の魔法球。これで感電させられれば、少しは動きが鈍るはずだ。その内に逃げられればいい、そう思っていた。

 魔法球がバチッ、と音を立てて弾けた。一瞬、手を掴む力が緩む。

 その隙に振り解こうとしたが、無駄だった。

 どうやら、犯人は喰らう直前に、自分の身体にシールドを張ったらしい。

 だから僕も感電することはなかった。電撃なのだから、自分も感電するのが普通だ。

 それを分かっててなぜ自分は電撃珠を放ったのか。冷静になれ、僕。

 ただ、これで怒らせてしまったらしく、僕はコンクリートの壁に投げ飛ばされた。

 背中に鈍い痛みが走った。口から小さく息が漏れ、地面に倒れる。

 予想以上に威力が強く、すぐには立ち上がれそうにない。

 そんな僕を無理矢理立たせ、コンクリートの壁に身体を押し付ける。

 そして、今度は腹部に殴られたような痛み。実際に、殴られたのだろう。

 なんとかしないといけない、そうは思ったが、身体が動いてくれなかった。

 もう一度殴られ、息が詰まる。

 間髪入れずに首を掴まれ、ギリギリと締め上げられる。

 息を吐いた直後に首を締められたのだから、すぐに酸欠になる。

 意識が途絶えそうになり、足が浮く――もう駄目だ。そう思った時。

 いきなり、ふっ、と首を締められる力が緩んだ。

 地面に倒れ込み、激しく咳き込む。

 荒く呼吸をしながら、自分の位置より少し上を見上げる。大人なら、顔があるだろう位置だ。

 やはり、姿はない。

 逃げるなら今がチャンスだろうが、今逃げてもすぐに捕まる。もう少し呼吸を整えてからにしよう。

 しばらくすると、僕の頭の少し上を光が通過した。

 おそらく、高等魔法の『光の矢』だろう。伊那人がやったのか。

 命中したのかどうかは分からなかったが、それで僕は駆け出した。

 それは逃げるためではなく、透明人間と距離をとるためだ。

 まだ五分くらいしか経過していない。戻る可能性は低いだろう。だが、時間切れを期待する必要はない。

 敵は透明というだけで、武器は持っていない。持っているのなら、それで僕を痛めつけたほうが効果的だったはずだ。

 遊んでいたという可能性もあるが、ステルスという魔法は、時間が命。遊ぶような余裕はないはずだ。

 最後の魔法力を使い、僕は剣を手に持つイメージをする。

 残り少ない魔法力で剣を作っても、とても脆い剣ができる。

 なら、もう僕にできるのはもう一つしか残っていない。

 右手を天に掲げると、青い霧が僕の身体から発生し、右手へと集まっていく。

 徐々に西洋風の両手剣の形になっていく。これが、青空の剣。

 刀身はガラスのように透き通る、空色。

 両手剣の特徴の攻撃範囲の広さは、完全に失われてしまっている。折れているからだ。

 片手剣同等の長さに、切っ先が刃物で斬られたかのように平らになっている。

 これを右手に持ち、自身の魂と剣の魂を合わせるイメージをする。

 だが、あまりうまくいかない。

 どっちも、僕の魂だから普通はうまくいくんだけどな。

「二年間も放っておいてごめんよ。僕が悪かった」

 剣を、なだめるように僕は言う。

 すると、今の苦労が嘘のようにうまくいった。

 剣と自分が、一体になったかのような感覚が妙に心地良い。

「やっぱり、君も生きているんだね」

 僕の魂を宿しているんだ。意思を持っているのも不思議ではない。声は聞けないけど。

 魔法にはさまざまな属性があり、それぞれの属性効果を持つ。

 青空の剣は『空』の属性を使う。

 『空』の属性効果は、「真実を見る力」。

 幻覚魔法などの視力に影響する魔法は僕には効かない。勿論、透明になっている相手も視認できる。

 さらに、相手の弱点を、打撃、斬撃、貫通の中から選び出される。

 今回は斬撃のようだ。

 手に懐かしい感覚を感じながら、僕は目に敵の姿を写す。

 相手は三十代の男だった。

 眼鏡を掛け、サラリーマンのようなスーツを着込んでいる。

 エリートという一言が似合う男だ。

 なぜこんな人が、という思いを感じずにはいられなかった。

「やっぱり、見た目と中身は違うんだね」

 なんとなく呟き、正眼で敵を見据える。

 あちらのほうは自分の姿が見られているとは思っていないようで、不気味に笑っている。

 正気じゃないんだろうか。自分を真っ直ぐに見られているのに、気付いていないなんて。

 それとも、ステルスがなくなっても、僕に勝てると思っているのか。

 大人とはいえ、丸腰の人間に負けるほど僕は弱くない。なにか特殊な魔法でも無ければ。

 だが、マジックトラップなら、僕の属性効果が反応する。騙しは、僕には効かない。

 相手が何か仕掛けない内に、僕は走り出した。

 攻撃できる範囲に入ったところで、僕は男の右肩に剣を振り下ろす。

 男はそれでも、何もしようとはしない。ただ、ヘラヘラ笑っているだけだ。

 何を考えているのか、全く分からない。

 剣は――何の障害もなく、男の肩に食い込んだ。

 それでも、血が飛び散ることはない。痛覚すらないのか、男はまだ笑っている。

「……!」

 背筋に寒気を覚え、僕は剣を引き抜いて距離を取った。

 血が飛び散らないのは、当たり前だ。

 これは魂の剣なんだから、人を傷付けるのではなく、魂を喰らう。身体にダメージを与えることはできない。

 だから、男に切り込んだ肩も、傷口はない。

 魂が消えた人間は、勿論外傷に関わらずに死ぬ。人の生身を傷付けないとはいえ、痛みはある。

 肩に刃物が食い込んだのだから、痛みは並ではないはずだ。

 男の魂が剣に吸われた感覚はあった。魂がないわけじゃない。

 魂があるなら、痛みはあるはずなのに。

「……ヒヒ」

 男が、笑った。さっきまでとは違う、化物じみた顔で。

 駄目だ、危険だこいつは。

 そう思った。そう思ったが、逃げられないとも思った。

 だったらやるしかない。相手の命を考えていれば、自分がやられる。

 魂を喰らい尽くす気で行かないと負ける。

 僕は右手の剣を握り直し、再び敵に攻撃を仕掛けた。

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