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変化

「緊張するなぁ」

 放課後、午後九時にフリーバトルが始まった。フリーバトルのタイムアップは十時。つまり、一時間以内に喜多先生を倒さないといけない。

 今は既に三十分経過したので、そろそろ作戦と言えるかどうか怪しいモノの実行だ。

「頑張りましょうね」

 横ではにっこりと笑う倉島さん。

「話し方、元に戻したんだね」

「はい、こっちのほうが私にはやりやすいですから」

 こっち、というのは敬語で話すことだろう。同級生に敬語で話すのは止めて欲しいと頼んだところ、しばらくタメ口で話してくれた。

「ごめんね、無理に話し方変えさせちゃって」

「気にしないでください。私も、この話し方はいつか直したいと思っていたんで。結局ダメだったんですけどね」

 こういう話し方になってしまったのは、家族内のことが原因らしい。

 親には必ず敬語、というルールが倉島家には存在している。

 だから今更話し方を変えることなどできるわけがない。当たり前だ。

「あ、来ましたよ」

 僕らがいるのは、D教室の中。その教室前を喜多先生が通り過ぎようとして……立ち止まった。

 そして、教室のドアがガラリと開けられる。

「ほお。こんなところで何をしているんだ? 先生を倒す作戦でも思いついたのか?」

「さあ、どうでしょうね」

 弱者を追い詰めるような笑みを先生は浮かべ、こちらへ近寄ってくる。僕も、先生のほうへと歩いていく。

 倉島さんはその場で止まったままだ。理由は簡単で、倉島さんじゃあ僕の足手まといにしかならないから。

「右手のそれは魔法剣か」

「さあ、どうでしょうね」

 僕はさっきと同じ言葉を返し、両手で剣を構える。

 僕の手に握られているもの、それは魔法剣だ。

 その名の通り、魔法を剣の形に具現化したモノ。

 僕の持っている剣は両手剣、リーチの長い代わりに細かい動きが難しいのが特徴だ。

 右手だけで持っていた理由は、特にない。僕は切っ先を先生に向け、腰を低く構えて突進した。

「単純すぎる攻撃だな」

 先生は鼻で笑うと、右手を横に振る。直後、なにか見えない力で薙ぎ払われた。

「うぐ」

 身体は簡単に宙に浮き、壁に激突する。身体全体に痛みが走る。左肩から直撃したので少し心配だったが、左腕は問題なく動く。

 様子見ということで、力を弱くしたのだろうか。

「しかもなんのトラップもなしか」

 やっぱり予想通り。トラップ警戒していたんだ。

「まだまだ、これからですよ」

 実際、身体の痛みは一瞬だけで、本当に大したことはない。

 だが、もう先生はこちらへ視線を向けようとしなかった。

「もういい。グラウンドに来い。一対一で勝負してやる」

 そう言い残すと、先生の姿は揺らぎ、消えた。

 僕には魅力的で、やっと一人で戦えると思ったが、団体行動を乱してもいけない。

 伊那人の指示を、じっと待つ。

「別にいいんじゃないか? 今回の作戦はまともに考えたわけじゃないから、台無しになっても気にするな。俺らも行くから、先に行っとけ」

 ああ、やっぱり適当だったんだ。

 教室の天井から下りてきた伊那人が、机の上で手を払う仕草をする。

「それじゃ、遠慮なく」

 短く返事をすると、僕は駆け出した。

 暗く、静かな校舎の中で僕の足音だけが響く。他のみんなはどうなったのか、今なにしているのかわからないのが少し辛い。

 でも、今はなんでもいい。やっと戦えるんだ。やれるだけのことはしよう。

 僕が靴を履き替えて外に出ると、先生がグラウンドの真ん中で腕を組んで立っていた。

 太い腕と足に、鍛冶場の職人と言われれば頷きそうなくらい、濃い顔。最近、全く剃ろうとしない黒いヒゲが、ゴツい男のイメージをさらに高める。

「こうするのは久しぶりか? 空」

「そうだね、父さん」

 始業式の日は驚いたよ、そう言葉を繋ぐことはなかった。

 ただでさえ一度も勝てたことがない上に、今日も本調子じゃない。さっさと集中力を高めておきたかった。

 僕は右手に握った剣を再び中段に構え、相手の隙を伺う。

 相手は腕を組んでいるだけなのに、全く隙を感じさせない。

 子供の頃の思い出が、今目の前にいる人物の威圧感を増す手伝いをしているのかもしれない。

「本気じゃないと、俺は倒せないぞ。それはお前が一番良く分かっているはずだ」

 焦りが生まれることはない。それならば、さっき挑発された時にすぐ駆け出したはずだ。

 今の僕には、それくらいの精神力がある。いつまでも昔と同じじゃないんだ。後は集中力が持つかどうか。

 ふと、父さんの周りの空気が緩んだ。

 僕は相手との間の距離を縮めるべく、一気に駆け出した。

 どうせ、このままじゃ埒があかない。誘っているんだろうが、乗ってやる!

 姿勢を低くしながら、剣を父さんの左脇腹に動かす。

 攻撃した後の隙も考えて、威力不十分の一撃。

 これで勝負が決まるわけじゃない。大体、リーチの長い剣だからと言って、隙だらけの攻撃を連発して良いわけがない。

 僕の剣の刃が父さんに到達する寸前で、姿が消えた。

 これはいつもの通り。剣を振ることによって、少し崩れた体勢を立て直す。

 そして、身体の中心を横切るように剣を斜めに持つ。右手は柄に、左手は剣に添え、衝撃の準備。

 その行動と同時に後ろに振り返る。予想通り、父さんの姿がそこにあった。

 拳を剣で受け止めると、すぐに逆の手の拳が来た。

 それも剣の位置をずらして受け止めると、後方へ飛び下がった。

 二発拳を受けただけで、腕全体が痺れた。さすが化物。

 腕の痺れがとれない内に、父さんの打撃が再び迫る。

 飛んで稼いだ距離は一瞬にしてなくなった。格が違う。

 慌てて剣でガードしようとしたが、痺れた腕じゃ、遅過ぎる。

 腹に強烈な拳を一発喰らい、僕の意識が飛んだ。




 目が覚めたのは自宅のリビング。

 暗闇の中、柔らかいソファーの上で寝かされていた。殴られた腹はまだズキズキと痛むが、直撃後に気絶していなかったら凄まじい痛みだっただろう。

 どういう魔法で気絶させられたのかは分からないが、とりあえず感謝はしておく。

 家全体は静かで、物音一つしなかった。

 家族は全員寝静まっているようだ。

 父さんは僕をここに置いてさっさと寝たってわけか。

「はぁ……」

 また、勝てなかったな。

 小さい頃のほうが、まだ戦えていたような気がする。今の僕よりも、力も、心も不足していたのに。

 手加減していたと考えれば、確かに納得することができる。ただ、そんなことをする人じゃない。あの人は。

 考えても分からなかったので、思考を放置した。

 ふとテーブルの上に一枚の紙が置かれていることに気付き、手に取る。

 書かれていたことは簡潔なものだった。


 お前は何がやりたかったんだ。


 もし実際に言われていたなら、僕は返す言葉がなかっただろう。

 もう一度深いため息を吐き、今日のフリーバトルで起きたことを考える。

 まず、最初の作戦は失敗し、ただよく分からない攻撃を受けただけになったこと。

 そして、グラウンドで戦って負けたこと。

 これだけだが、二番目のほうはさすがに落ち込んだ。

 戦闘力の差は圧倒的だったし、傷一つ負わせることができなかったし、たった三回攻撃を受けただけでやられてしまった。

 全く、子供の頃からの成長を感じない。いや、むしろその逆だろう。

 幼い頃は五発くらい耐えれた。あの拳を五発も耐えるなんて、すごいな、僕。

 やっぱり、武器の問題なのかな。

 いや、違う。これは僕の問題だ。

 前も、こんなことを言って武器のせいにした。

 武器は、装備者次第で強くも弱くもなる。僕は、弱くしているせいで負けた。それだけだ。

 また、頑張ればいい。

 部屋の壁に掛けてある時計を見ると、時刻は一時。

 僕は自分の部屋のベッドに飛び込み、強く目を瞑った。

 幼い頃から父さんに勝つことが夢だった。今もそれは変わらない。

 でも、自分の中のものが変わり、もう取り返しのつかないことになってしまっていることも、また事実なのだろう。

 思いは変わらなくても、僕は変わっている。良くも、悪くも。

 今、こんな暗いこと考えたってしょうがない。

 思考を手放し、夢の世界に潜ること。これが今の僕の逃げ道だ。

 身体が疲労していたおかげか、僕は布団に入ってから少しの間で眠ることができた。

 デスマッチを勝利したところで、僕は何も変わらないんじゃないだろうか。

 意識を手放す直前、僕はそんなことを考えた。


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