フリーバトル
昼休み。
生徒のほぼ全員が休憩し、昼食を食べる時間。
僕も立ち入り禁止の屋上で二人と昼食を食べていた。
ちゃんと許可は貰っている。ハゲ頭の教頭に「魔法と鍵以外であのドアの外に出られたら利用を許可してやってもいい」と言われたので、使わせて貰っている。
どうやって開けたかというと簡単。肉体強化魔法で強化した後、ドアを壊した。
魔法を使って開けたら駄目だとは言われたけど、破壊したからね。破壊したら駄目だとも言われていない。
それで終わり。教頭が修理の責任と、鍵をくれた。修理のペナルティは、魔法の弱体化。全く困ったもんだよ。それが半年くらい前の話。
「どうしたの?」
感慨深くドアをじっと見つめている僕を、一恋が不思議そうに眺めていた。
「いや、なんでもないよ」
そう言いながら、僕は自分が持参したシートの上に座る。
「決まったのか。もう一人は」
その横で伊那人が弁当片手に訊いてくる。
「今日の朝ここに来てって言っといた。伊那人も僕が決めた人くらい、見ておきたいでしょ?」
「まあ、そうだな」
と、伊那人がそう答えたところでドアが開いた。僕らはドアのほうへ振り向く。
中から出てきたのは、スラリと長い髪が背中を覆っている女の子。
瞳は髪と同じ深い緑色で、色のせいか、とても穏やかな印象がある。
背がみんなより低いことも、その原因かもしれない。
「ごめんなさい。遅れちゃって」
彼女は、魔法レベルがクラスで一番低い、倉島美優だ。
「いいよ。僕が誘ったんだし。二人とも、倉島さんのこと分かるよね」
一瞬反応が遅れた伊那人の代わりに、一恋が答える。
「え、ええ。ここでみんなで食べたこともあったしね。で、空。美優を誘ったの?」
「うん」
一恋が呼び捨てで、しかも下の名前で呼んでいるところを見ると、相当仲がいいようだ。それなら話は早い。
「誘ったって……?」
倉島さんは、状況がわからないようで、首を傾げている。
「ああ、ごめん。あの、一週間後のデスマッチあったよね? それでチームを組もうってことになって、この三人じゃ一人足りないんだよ。で、僕の知り合いがいなかったからさ」
「空。ちょっとジュース買いに行こうぜ。説明は一恋に任せる。こいつじゃ無理だからな」
「うわ! 急に何!?」
「あ、うん。分かった」
僕が倉島さんに状況を説明していると、急に伊那人に肩を掴まれた。
そして半ば強引にドアの方まで連れていかれてしまう。
「倉島さんは一恋と一緒にお昼御飯食べといて。ちょっと伊那人と一緒にジュース買ってくるから」
「う、うん」
戸惑った様子だったが、納得してくれたようだ。
伊那人がドアを強く閉める。
「いきなりどーしたの」
「お前、まさか友達いないって理由だけであいつ連れてきたのか?」
「まさか。違うよ」
それもあるけど
「それより、ジュース買いに行くんじゃないの。早く行こうよ」
「いや、ジュースはもういい。お前があいつを選んだ理由について教えてくれ」
伊那人は怒っているわけじゃなく、ただ純粋にどこにいいところがあるのか疑問のようだ。最下位ってことは知っているんだろうな。
僕をここに連れてきたのも、本人の前じゃ訊きづらいからか。
「まず倉島さんは頭いいから、敵の動きとかそういうのを読めるかもしれない」
「で、二つ目は?」
「……」
なんだろう。優しいとかじゃ力にならないから駄目だろうし。
「お前、感情とかで物事を決める癖、どうにかしたほうがいいぞ」
僕が可哀想だと思っていたことも知っていたらしい。
「はぁ……まあいい。確かに、あいつ一人じゃ真っ先にやられるだろうしな。それに、何もできないってわけじゃないんだしな」
「あれ? 倉島さんも作戦に入れるの?」
「当たり前だ。行動を共にする以上、なにかしてもらわないと困る」
「伊那人も感情で動いてるよね」
「もう戻るぞ」
もう用が終わったようで、僕の言葉を無視して屋上に出る。
今日も快晴とまではいかなくてもいい天気だ。
柔らかいそよ風が僕の頬を撫で、さっきは雲に隠れていた日光が優しく照らす。
直接当たっているわけではないが、それでも眩しいので目を細める。
伊那人は先にみんなの元まで行ったけど、僕はこの場で立ち止まっていた。
僕、春好きだ。
「あれ? ジュースは?」
「買ってこなかった」
そんなに距離が離れているわけでもないのに、どこか遠い場所で話しているように聞こえる。
空では雲がゆっくりと動き、少しずつ景色が変わっていく。
こんなふうに、時代も変わっていくのかな……
「空、なにしてるの?」
「え? いや、何も」
屋上の真ん中に敷いているシートの上で腰を下ろす。
「今日の空、おかしい」
「ちょっと考え事してただけだよ」
おかしいというより考え込むことが多いだけ。
「えと、私はデスマッチでどんなことをすればいい? そもそも魔法の実力が最下位の私なんて、迷惑をかけちゃうだけじゃ……」
デスマッチのチームのことは一恋から聞かされたようで、事情はわかっている様子。
全員揃うまでこのことを訊くのを待っていてくれたようだ。
悪いことしたかな。
「そんなことないよ。だって倉島さん、賢いじゃん」
視線を下げ、オドオドと言う倉島さんに、僕は慰めの一言を言う。
「そもそも、言い方悪いけどね、勝つために使えない人はチームに入ってなんて言わないよ」
「う、うん」
僕が微笑みながら言うと、視界の端に写っていたのか、倉島さんも視線を上げて微笑み返してくれた。
「気持ち悪い」
「一恋、その言い方はどうかと思うんだ」
結構傷つく。僕のガラスのハートが崩壊寸前。
そして倉島さんが何か言おうとして口を開けたけど、結局閉じて俯いたのも傷ついた。
フォローしようと思ったけど、フォローのしようがなかったってところかな。もう悲しいよ。
「作戦だが、倉島は、空と一緒に敵を引き付けてくれ。そこを一恋と俺が殺る。空、きっちりとボディーガードよろしくな」
「うん、分かった」
「分かりました」
なぜか敬語の倉島さんが言葉をいい終わる前に、校内放送が鳴り響いた。
ここまで聞こえるのはグラウンドに付いているだろうスピーカーのせいと思う。
『二年Aクラスに連絡です。五限目の体育は、魔法強化授業に変わるということなので、今から準備をしてください』
うわー、Aクラスの皆さん、ドンマイ。
魔法強化授業というのは、クラス内の人達全員で担任教師に挑む授業。当然だが、大抵負ける。それほど教師は桁外れに強い。
そもそも教師は五年前に起きた醜い欲望の戦争『魔法内戦』の実戦者だ。強くて当然、戦争を経験していないただのガキに負けたらプライドもズタズタになるだろう。
だから普通は教師の無傷の勝利で終わり、たまに擦り傷を負う程度。
それでも、傷を負わせた生徒はそのクラスの最高実力者であることがほとんど。
化物とは、この学校の教師のことを言うんだろう。
「やっぱり、自分のクラスの生徒を優勝させたいんだろうな。優勝したクラスの担任は、給料上がるというのは本当なのか」
「その情報どこから聞いたの?」
「別クラスの同級生だ。ハゲ頭で、偉そうで、何かあったら仲間に責任押し付けて逃げるやつ」
「そうなんだ」
教頭のそっくりさんだったら結構簡単にわかりそうな気がする。大体ハゲだと目立つでしょ。
「だから俺らDクラスも放課後、クラス対担任のフリーバトルやるわけだしな」
「え? なんでそんなこと分かるの?」
「簡単だ。さっきと同じやつに訊いた」
「本当に簡単だね。で、このチームの作戦はどうするの?」
まあいいか。あの先生とは戦いたかったし。
「二人一組。サバイバルだと思って、味方にも見つからないように行動しろ。クラス全員が戦闘不能になった時に行動を始める。放課後までに俺と倉島で作戦練っとくから、適当にやっててくれ」
「了解」
なんか悪い気もするけど、手伝えることがないんだ。どうしようもないか。
「で、話ちゃんと聞いてたか? そこのお二人さんよぉ」
伊那人の目線の先は女子二人。
会話、というよりかは一恋が質問して、倉島さんが答えるといったことをしていた。
……今日、大丈夫かな。