同じ空の下で
雲の上の世界は今日も天気がいい。そこに住む翼の生えた人々は曇りも雨もない大地でふわふわと毎日平和に幸せに、少しだけ退屈に過ごしていた。
「セロぉ。そんなとこに座ってたら危ないよ」
世界の端に腰かけてオカリナを吹いていた少年は、近付いてくる声の主を振りかえった。セロより少しだけ年下のし少女だった。
「モカかい? よくここが分かったね」
「そりゃあ、セロの吹くオカリナは独特でキレーな音色だから」
どこにいたって風に乗って聞こえれば分かるよ、と得意そうに少女は言った。
「ちょうどいい。モカに素敵なものを見せてあげるよ」
少女は「素敵なもの?」と返して小首を傾げた。
「そう。素敵なもの。モカだけに、こっそり教えてあげる」
少年の頬が染まった。少女の顔も同じで、笑みが咲く。
「いつもこの時間に見れるんだけど……。あっ!」
少年が指差した先に、しゃぼん玉が浮かび上がっていた。虹色にきらめきながら、大小いくつか群れをなしてさらに上にと飛んでいた。大地の下から風に乗り、どこまでいくのかふわふわと。
「きれーい!」
彼女は両手を合わせて喜んだ。その様子に満足しながらも、少年はさらにいたずらそうな笑みを浮かべ「それだけで驚くのは早いよ」と彼女の手を取って身を引き寄せた。
そして大地の端から一番近いシャボン玉に手を伸ばし、割った。
「あっ!」
肩を抱かれて照れていた彼女。その目はさらに見開かれた。
なんと、割れたシャボン玉の中からオカリナの音色が響き出たのだ。その旋律は物悲しく郷愁を誘い、純朴で切々としていた。
「素晴らしいだろ。ボクの演奏なんか、とても足元に及ばないくらいにきれいな音色で、感情がこもってて……」
べた誉めする少年。最初、遠慮がちだった少女もあまりにも純粋に少年が賞賛するので、ついにこくこくと肯きながら心の底から賞賛した。
「本当に、素晴らしいよ。ボクもこんな豊かな音色が出せればって嫉妬するくらいに……」
遠くなった少年の視線に不安を感じながらも、少女は背中の羽をたたんで二人で身を寄せ合う幸せに浸りきっていた。
後日、少女は少年がいなくなったことに気がついた。広い雲の大地をくまなく探してもどこにも見当たらない。もしかしたらオカリナを吹いているかもと風に耳を澄ますが、彼独特のキレーな音色は聞こえてこなかった。
一人で探すことをあきらめて知人に聞いて回ると、少年は大地の下へと飛び立ったそうだ。
「大地の下の方にいるらしい演奏の名手に会いに行くっていってたぜ」
少年と一番親しかった男の子に聞いて、少女はショックを受けた。
「止めなかった、の?」
「もちろん止めたさ。本当にいるかどうかも分からないし、下に行けば行くほど空気が重くなって、帰れなくなるからな」
でも、あいつはまったく聞く耳をもたなかったんだ、と肩をすくめた。
「ああ。それに、『ちょっとだけ下に行って様子を見るだけなら、すぐ戻れるさ』とか言ってたな。確かにそんなに深く飛ばなかったら帰れるらしいけど、自分の性格を分かってない証拠だな。あいつなら『もうちょっと下に、もうちょっと下に』とか言いながら我を忘れてのめりこんで、戻ってこれなくなるのがオチさ」
ちょうど通りかかった別の男の子が言った。セロとは演奏仲間だが、性格が悪く彼の才能をねたんでいる。彼に止める気があったかどうかはともかく、彼の証言はほかの誰が止めようが少年の性格なら止めることができないことを言外に指摘していた。
「本当に、行ってしまったのね」
一人取り残され、少女は彼が肩を抱いてくれた大地の端で呆然としていた。
すると、虹色にきらめくシャボン玉が浮き上がってきた。
大地から落ちないように手を伸ばして割ると、素敵な演奏が聞こえていた。
「あっ!」
少女は、驚いた。
シャボン玉に閉じ込められていた演奏はいつか少年と一緒に聞いたものではなく、独特のキレーな音色だったのだ。
旋律には、それまで少年の音色にはなかった寂しさや悲しさ、望郷の念が含まれ、悲しんでいるようで泣いているようで、美しかった。
おしまい
ふらっと、瀬川です。
古い作品ですがたしか、タイトル競作で仕上げたうちの一本です。このタイトルですと横軸での距離を示すのが一般的なので、あえて縦軸での距離感で構築してみました。
読んでいただき、ありがとうございました。