選択型お題『花見』 〜オーサムコーラル国物語1〜
世界でもっとも栄えるクルト王国より南に、暑い暑い死の砂漠を抜け、さらに、天にもとどろくけわしい山々をこえた先には、深い森がある。
その方角すらも狂わせる迷いの森のどこかに、竜や精霊、獣人、人間など様々な人達が仲良く暮らす、オーサムコーラルという国があります。
この物語は、そんなオーサムコーラルの迷いの森に暮らす双子の魔法使い、アーネリーフとローズリーフのお話です。
《オーサムコーラル国物語》
第一部・花見
獣人が治める国、オーサムコーラルの昼下がり。
王国を囲う迷いの森は、葉と枝の隙間から、春の暖かな光をのぞかせていた。
森には陰鬱な空気はなく、甘い花の香りや動物たちの小さなさえずりであふれている。
そんな迷いの森の手前には、王国を守るように、東西南北に魔法使いの家がある。
魔法使いは、王国人口の過半数を占める獣人ではなく人間であり、また、適性が求められるけうな存在のため、人々から大変重用されていた。
そんな魔法使いのはしくれ、北の魔法使い宅より更に北、迷いの森に住まう、双子の姉弟の家は、今日も賑やかである。
「ローリィ!ローリィ!」
そう叫ぶのは、まだ、15.6歳の少女。
真っ白の白衣を着て、金色の長いおさげをゆらしながら、小さな木の家から出てきた。
きらめくルビーの燃えるような緋色の瞳を、キョロキョロとせわしなく動かしている。
「ローリィ!ローズリーフ!!どこにいるの?」
「彼なら、オロフィンを連れて、迷いの森の奥に行ったよ、アーリィ」
あたりを見回していた少女、アーリィ───アーネリーフは、突然かけられた、友人の声に振り向いた。
「あら、ミア」
そこには、20代前半の水色の髪に青い目を持つ優美な男が、にこやかに微笑みながら立っていた。
彼は、迷いの森の双子の魔法使いの友人であり、偉大なるいにしえの種族、竜族の水竜ミア──ミアトルである。
「もう、ローリィったら!クスラおばさんから、ミルクを頂い来てねって頼んだのに!」
アーネリーフは、腕を組み、腹立たしげに頬をふくらませた。
「それに、ミアも!」
アーネリーフは、きっとミアトルを睨んだ。
「迷いの森の奥は、危険だって知っているでしょ?妖魔や精霊が仕掛けた古い罠がまだたくさん残っているのよ!」
ミアトルは、まあまあと、アーネリーフをなだめながら言った。
「大丈夫だよ、アーリィ。あんなボケでも、オロフィンも一応、偉大なる地竜だ。ローリィがドジ踏まない限り、‘何か’なんてあるわけが……」
「あのコンビだからこそ不安なの!」
アーネリーフは力拳を作りながら叫んだ。
「………」
さすがのミアトルもそこまで言い切られるとフォローのしようがないのか、ただ微笑んで黙りこんだ。
キィン───
と、その時である。
アーネリーフ達から数メートル離れた場所に突如、魔法陣が現れ、そこに二人の人の影が現れた。
「オロフィン!」
「ローリィ!?」
ミアトルとアーネリーフは同時に叫んだ。
そこに突然現れた影は、丁度今話題になっていた二人、青ざめた顔をした黒髪緑目の青年・地竜のオロフィンと土気色の顔色で息絶えだえのアーネリーフの双子の弟・ローズリーフてあったのだ。
「フィンどうしたの!?何があったの!?」
アーネリーフは、フィン──オロフィンに駆け寄り、問いただした。
「落ちて……蛇にかまれた」
オロフィンがぼそりとつぶやくと、ミアトルはすかさず言った。
「要するに、止める前にローリィが先走った為、罠の落とし穴に落ちたあげく、中に生息していた毒蛇にかまれた訳だな!?」
すると、隣で聞いていたアーネリーフは、頭を抱えてうずくまった。
「だから、このコンビは不安だったのよぅ……」
「アーリィ…」
「……」
しばらく、沈黙が支配するが、ローズリーフの苦しげなうめき声にアーネリーフは、はた、と、顔を上げ、青ざめた顔でつぶやいた。
「…どうしよう。毒に詳しいのはローリィの方なのに……」
魔法使いと言っても、操るのは魔術だけではない。
薬草──毒なども彼らは用いる。
この双子の魔法使いは、それぞれ得意分野があった。
魔法は二人とも使うが、星読みなどの占術は姉のアーネリーフが、薬草の調合は弟のローズリーフが……。
姉弟はまさに、二人で一人前なのだ。
「ルーデンベルク……」
オロフィンは、ポツリとつぶやく。
「!そうか。北の魔法使いのルーデンベルクならローリィの症状もきっと分かる。アーリィ!」
ミアトルは、アーネリーフの肩を励ますようにつかんだ。
「そうね、そうよね。ルーデンベルクさんならきっと…!」
アーネリーフはこぼれ落ちそうな涙を、ぐいっと白い袖で拭い、顔をあげた。
「いこう、アーネリーフ」
オロフィンは、右手でぐたりと意識のないローズリーフを引き寄せながら、左手をアーネリーフに差し出した。
「えぇ、フィン。連れて行って」
アーネリーフは、差し出された手にそっと触れた。
「ちょっ……アーリィ、ルーデンベルクの所になら私が…!」
ミアトルは、それを見て、あわててわりこもうとするが、すでに遅く、彼らは光に包まれて消えてしまった。
「オロフィンめ!」
*
オーサムコーラル北部、迷いの森手前に居をかまえる北の魔法使いルーデンベルク宅は、いつもの様に穏やかな昼の陽気をさんさんと受けていた。
「お師匠様」
春に色づく花の様な薄紅色の髪を揺らしながら、北の魔法使いの弟子マナ──マナローズは、庭で薬草の手入れをしている、ルーデンベルクに走り寄った。
「ん?どうかしたのか、マナ」
熱心に薬草を見ていた50代の男──ルーデンベルクは、トントンと腰を叩きながら弟子の方に振り向いた。
「この封印解除魔法なんですけど、どうしても上手くいかなくて……」
「どれどれ……」
ルーデンベルクは、弟子の差し出した、ぴっちりと閉じた魔法書を受け取ろうと、手を伸ばした。
キィン──
「ルーデンベルクさん!!」
が、魔法陣出現とともに叫ばれた、自分の名前に、ルーデンベルクは振り向いて、言った。
「おや、お揃いで何用かな。ん?ローリィはどうした?ずいぶんおとなしくしているみたいだが……」
ルーデンベルクは、服に付いた土を払い落としながら、アーリィたちの方に近づいた。
「ちゃかしている場合ではないぞ、ルーデンベルク!ローリィが毒蛇にやられたんだ」
ミアトルは、かみつく様に言うと、友人の突然の訪問に驚いていたマナローズが、血相を変えてとんできた。
「毒蛇ですって!?ローリィ、大丈夫!?」
「マナ、落ち着け。ともかく、ローリィを家の中へ……」
ルーデンベルクは、今にも泣き出しそうなアーネリーフの背を優しくたたき、家へと導いた。
*
「ルーデンベルクさん。どうです?ローリィは、ローリィは……」
アーネリーフは、すがりつく様に聞いた。
「大丈夫。オロフィンの魔法が効いているようだし、解毒薬を飲ませれば何の問題もないさ。ただ……」
ルーデンベルクは、腕を組み、ため息をついた。
「何か問題でも…!?」
「ただって、何よ!」
焦るアーネリーフにいらだつマナローズ。
ルーデンベルクは困った顔で告げた。
「調合に必要なスミル草の葉がきれててね」
「何できらしてんのよ、師匠!いっつも、うっとうしいくらいに、薬草収集するくせにっ!」
「そう言われてもな……」
隣でわめきちらすマナローズの怒声を聞き流しながら、アーネリーフは、考え込むように言った。
「スミル草って、迷いの森の奥にしかない、貴重な薬草だわ……。今から探しに行ったって、日暮れまで見つかるかどうか……」
この時期なら、真っ白な小さい花をつける、スミル草。
竜の息吹が届く、木陰にしか育たないと言われるこの草は、特に解毒に強く作用する。
「そんなぁ!じゃあ、ローリィはどうなるの!?」
じわりと涙を浮かべて、マナローズは力なく叫んだ。
「スミル草は、たしか今なら白い花をつけているはずだな。オロフィン。地の竜たるお前は、何か知らないのか?」
今まで黙っていたミアトルは、ローズリーフのかたわらに座っているオロフィンに、話しかけた。
「………」
アーネリーフたちが期待をこめて見つめる中、オロフィンはあごに手を当てて考えた。
「……アーネリーフ」
オロフィンは、一つ、まばたきをして、アーネリーフに歩み寄り、腕を引っぱった。
「フィン?」
アーネリーフは、オロフィンの突然の行動にぱちくりと目を見開いた。
「アーネリーフ、行こう」
オロフィンは、ハッキリと言う。
アーネリーフは、不器用で優しい竜の友人に感謝をこめて柔らかく微笑み言った。
「えぇ、フィン。連れて行って」
キィン───
目の前から、ふつり、と消えてしまった二人をつかむように手を伸ばしながら、ミアトルは、慌てて言った。
「ま、待てっ、アーリィ!私も………!」
しかし、二人はすでに移転した後で、ミアトルの声は、虚しく響くばかりである。
「……またか」
ミアトルがしょんぼりと、肩を落とすのを見て、側にいた師弟は容赦のない言葉を浴びせかけた。
「相変わらずの様だな」
「ヘタレだからね。甲斐性が、ないのよ」
「………」
ミアトルは、力尽きる様に、がっくりとその場にへたり込むのだった。
*
「すごい……」
アーネリーフは、目の前の光景を呆然と眺めていた。
突然現れた一面、真っ白の絨毯。
薄暗い、森の奥まで続いていた。
所々、葉の小さな隙間から差し込む木漏れ日、濃い霧が晴れてたまった滴の粒が白い花弁の上できらめいている。
「フィン、ありがとう」
「……アーネリーフ、早く摘んだ方がいい。ローズリーフが待っている」
オロフィンは、そう言って、少し考えてから、再び口を開いた。
「遅くなると、ミアトルが怒る」
なぜだろう、とオロフィンは首を傾げた。
それを見て、アーネリーフは、くすり、と笑いながら言った。
「本当に、ありがとう。オロフィン」
*
窓から差し込む夕日に、眩しそうに顔をしかめながら、ローズリーフは、目を覚ました。
「うっ……、うん」
起き上がろうとして、ローズリーフは、再び眉間にしわをよせた。
右足がしびれて動かない。
「……あぁ、そっか」
そう言えば、毒蛇に噛まれてたんだった、とつぶやき、諦めて、ベットに沈みこむ。
ローズリーフは、珍しくあの常に無表情のオロフィンが、血相を変えてとんできて、しかも、声を荒げた事を思い出し、くっと笑った。
「っかしーの。アイツのあんな顔見たの、マジで久しぶり……」
ボンヤリしている様に見えて、どこか冷めているオロフィンにそんな顔をさせたのが自分だと気づき、ローズリーフは、ため息をついた。
「まいったな………」
よく覚えてないが、姉のアーネリーフが泣いていたような気がする。
ローズリーフは、姉より少し多めの長い金髪を、わしゃっとかいて、さらに深いため息をはいた。
「あー、最悪」
あの気の強い、優しい姉を泣かしてしまった、と、後悔にさいなまれる。
後で、いつも姉の事しか見てないミアトルから、うるさく小言を言われる事を簡単に想像できた。
なにより、
「フィンだよな」
オロフィンの無言の圧力が一番怖い事を、ローズリーフは知っていた。
竜たちは、何かと言っては姉のアーネリーフに甘いのだ。
「目が覚めたの?ローリィ」
と、部屋に水差しをもったアーネリーフが入ってきた。
「ん。今ね。……悪い」
差し出された水を飲みながら、ローズリーフは、蚊の鳴くような声でつぶやいた。
「いつもの事よ、気にしたらキリがないわ」
アーネリーフは、笑って答えた。
「マナがとっても心配してたわよ。ミアも、ルーデンベルクさんにもすごくお世話になったし。それに、あのフィンが真っ青な顔してたのを見れただけで、私は十分満足」
「あの顔は笑えたよな」
お互いに、顔を見あわせて、笑う。
「……ねぇ、ローリィ」
アーネリーフは、思い出したかのように、口を開いた。
「今度、ピクニックに行こうね。みんなで」
いきなりの話題に、ローズリーフはきょとんとする。
アーネリーフは、さらに続けた。
「フィンとね、お花畑をみつけたの。真っ白できれいだったのよ。きっとローリィも気にいるわ」
「いいね、花見か。そう言えば、今は春だったっけな」
アーネリーフは、とぼけたことを言う弟を笑いながら言った。
「きまりね」
*
「ルーン。ローズリーフの、目が覚めた」
迷いの森から帰って以来、ずっと窓の外をボンヤリと眺めていたオロフィンは、何の前触れなくつぶやいた。
「そうか。……見に行かなくてもいいのかね、フィン」
ルーデンベルクは、薬草の有無を確認する作業を止めもせず、答えた。
「いい」
オロフィンは、短い返事を返す。
「つれないな」
ルーデンベルクは、やれやれ、と肩を下げた。
この、古い親友は、相変わらず、人を寄せつけない。
双子の魔法使いに、フィンと愛称で呼ばせたあの時、確かに、心が柔らかくなったと感じたのに、とルーデンベルクは、そっとため息をつく。
「君は、今、季節がいつか知っているかい?」
ルーデンベルクは、作業の手を止め、オロフィンに話しかけた。
「・・・・・・・・春」
やはり、短くオロフィンは返す。
予想通りの答えに、ルーデンベルクは、がっくりとうなだれた。
「それが分かっているなら、なんで君は、彼らと花見に行かないかね」
「意味が、分からない」
オロフィンは、困惑して答えた。
いつも、彼の言う事は、脈絡がない。
「フィン、君に必要なものがわかったよ。いや、前から分かってたけどね」
ルーデンベルクは、オロフィンを正面から見て言った。
「君には、花が必要だ」
ルーデンベルクの目は真剣だ。
オロフィンは、ますます訳が分からなくなって言った。
「意味が、分からない・・・・・・」
「今は分からなくてもいいさ。でもね、」
ルーデンベルクは、困ったようにふっと笑った。
「いつかは、分からないといけないよ」
深い森に囲まれた、孤立の王国オーサムコーラルは、人も竜も獣人も、はたまた、いたずら好きの精霊をも巻き込んで、らんまんの春を迎えます。
終わり。
遅くなりましたが、やっと出来上がりました。
今後のお題は、この『オーサムコーラル国物語』シリーズで行く予定です。
手抜きとか、せこいとか言わないように。
けっして、毎月毎月設定を考えるのがめんどくさいとかじゃ、ありません。
ええ、けっして!!
このたびは、私の物語を読んでいただき本当にありがとうございます。