鬼たちの人情話―人情と友情―
2日連続とか明日は雪でも降るんじゃないか?
とか、冗談はさておき。ブックマーク?が一人増えていたのを見て、書きたくなりました。ほんとはもう少し内容薄めたいけど、それはまた今度。
誤字脱字、何より感想をお待ちしております。
001
保健室のベッドに2日連続で目を覚ますとは、僕はいつの間にか不良になってしまったのだろうか。そんな冗談を考えて現実から目をそらすけど、僕は内心、死にたいくらい落ち込んでいた。
本当は、そこそこに良いバトルをして、鬼塚くんたちからの仕事をこなして、家に帰って、また日常に戻るつもりだった。
自分の浅はかな考えに恥ずかしくなる。枕に顔をうずめてジタバタしたい、というか、穴があったら土葬されたい。
僕は負けた。ワンパンされた。余裕で倒すつもりが、余裕で倒された。
時間を稼ぐ、という任務は1秒ちょっとで終わった。ゲームならクリアランクDやFだ。大学の単位ならFだったりXだな。
でも、自分の情けない部分より、いろはさんの言葉が心に楔を打ったように、僕の心を腐らしていく。
『しおんちゃんを責めるわけじゃないけどさぁ、しおんちゃんのせいで鬼塚くんの家やばいらしいよ』
僕は、彼に、鬼塚くんに会わせる顔がない。
002
保険室の壁時計は10時を指していた。外から差し込む日差しから午前だとわかる。いろはさんは、必要な情報を置いて、保健室を去っていった。いつもなら余計なこともベラベラ喋ってから去るのだが、今日は僕の顔を見ると、何も言わずに去っていった。
いろはさんが残した情報は、5つ。
昨日の禊は失敗だということ。
鬼塚組に大きな損害が出たこと。
鬼塚友護は今日も休みだということ。
今回の事件は虎鉄さんが決着をつけるということ。
今日は昨日の大嘘大手術が原因で休みにしたということ。
僕は、身体に巻かれた包帯を解いて、ジャージを羽織った。そのジャージには大きな血の太平洋が出来上がっていた。昨日の怪我がどれほどのものか、僕は知らないが、吸血鬼モードの僕が一発で気を失ったぐらいだから、きっと並みのことではないのだろう。
僕は無言でこそこそと学校を出た。足取りは重い。
誰にも見つからずに出れたが、僕の足は家に向かわず、自然と鬼塚組へと進んでいた。
街は昨日の出来事などなかったかのように、僕に優しかった。僕はそれが無性につらかった。
鬼塚組の門の前に着くと、中からは何も聞こえなかった。
門を軽く押すと、ギィィと音を鳴らして、ゆっくりと動いた。
門の奥の犬走には、誰も居らず、僕はそのまま奥へと進んだ。
横開きの扉を開けると、昨日の五人組の無邪鬼のうちの1人らしき人物が、廊下の奥から顔を覗かせた。
「君は……。昨日の!?」
僕は、開口一番謝るつもりだった。きっと、鬼塚くんたちも、僕のことを責めるだろう。だけど、責めてもらった方が、ぼくの心の重みが小さくなると思った。大事な人を救うつもりが、よそ者の僕のせいで失敗したのだから。たぶん、鬼塚くんのお兄さんの邪気はより強まっている。禊の難易度は上がっているはずだ。
「昨日の怪我はもういいのかい? 昨日はうちの揉め事に巻き込んですまなかったな。今、若頭をよんでくるから待っててくれ」
そう言い残し、彼は奥へと引っ込んだ。その後、次々と組の人が顔を出したが、誰も僕を責めることはせず、誰もが僕の身を案じてくれた。よそ者で、昨日の敗因である僕に、だ。
そして僕は分かった。鬼塚組の誰もが、心の底から、一点の曇りもない善意で言っているということを。
『無邪鬼は邪鬼のない鬼。心優しき鬼』
そんな言葉を思い出した。
少しして、鬼塚くんが現れた。そのまま昨日の座敷に連れていかれ、また上座に座らされた。
鬼塚くんは、心底申し訳ないように、頭を垂れた。
「昨日は本当にすまなかった。うちの揉め事に巻き込んでしまって。客人に大怪我を負わせてしまうとは……。これは詫びの気持ちだ」
そう言って、傍から菓子折りを出した。その姿は営業周りの社会人のようで、とても中学生には見えない。
「……謝るのは僕のほうだ。自信満々に向かって、ワンパンされたんだから。僕は鬼塚くんのお兄さんを、止めるチャンスを不意にしたんだから」
僕の謝罪に、鬼塚くんは何も答えなかった。ただ、無言で僕の目を見つめていた。
「僕はもう、今回の仕事を降ろされるらしいんだ。代わりに来る人は僕の何倍も強い、きっと成功させてくれるよ」
そこまで言うと、鬼塚くんは立ち上がった。その体躯は僕を飲み込むほどの圧力があった。
「……俺は、俺たちは、今回のことで梛川に非があるとは全く思っていない。そこは信じてくれ」
それは言われずとも分かった。それが分かるから、僕の胸は今、こんなにも痛むのだということも。
「俺達は……そういう鬼だ。だから、気に病まないでくれ。それでも、心が晴れないなら、鬼丸と話すといい。今は奥の座敷で寝ている」
そう言って、鬼塚くんはどこかへ歩いて行った。
僕は鬼塚くんに促されたまま、奥の座敷に足を運んだ。座敷の前に立つと、消毒液の匂いが鼻腔をかすめた。
「失礼します。梛川です」
ふすまを開けると、そこには驚愕の光景が広がっていた。
先ほどの僕のように、全身を包帯に巻かれ、右足と左腕はギプスで固定されていた。昨晩、爛々と輝いていた右目は、包帯で隠れているが、わずかに血が滲んでいる。
左目がキョロリとこちらを見た。意識はしっかりしているようだ。
その怪我を見て、僕は悟った。
僕は、鬼丸さんに助けられたんだと。
003
「おう、ハーレムくん。昨日の怪我はもういいのかい?」
鬼丸さんは痛みをこらえるように、声が少し上ずっていた。
「はい……おかげさまで」
「あれだけの怪我が一晩で治るとは、吸血鬼ってのは便利なもんだな。『無邪鬼』ってのはどうも、戦闘以外はからきしダメらしい。見ての通り、いまだボロボロだ」
それが普通ですよ。なんて笑い返そうとしたが、それは禊が成功していないと言えないセリフだ。僕は黙っていることしかできなかった。
「……うちのもんは、誰も君を責めなかっただろう」
「……!? ……はい、皆さん、こんな俺の事を心配してくれました」
ハハハと笑うと、苦しそうにわき腹を抑えた。
「大丈夫ですか!?」
「あぁ、ちょっと自分の声が響いただけだ。……無邪鬼はそういうもんだ。全部自分で抱え込んじまう。でも俺は、お前にもちゃんと責任があると思うぜ」
僕は鬼丸さんのその言葉に、驚きを隠せなかった。この屋敷にきて、初めていわれた言葉だ。
「俺がここで寝転がってるのも、兄貴がまだここに帰ってないのも、全部君のせいだ」
今までのことが嘘のように、はっきりと責められた。
もしかすると、さっきは否定されたけど、この屋敷に住む全員が、心の奥では同じことを考えているのではないだろうか。
そう思うと、僕は恥ずかしさで死にたくなったり、申し訳なさで消えたくなった。
「ま、そんなこと思ってるのは俺くらいだから、安心しな」
「え……」
「俺は少し特別なんだよ。簡単に言えば、ほんの少しだけ悪鬼が混じってる。昨日、俺の片目が赤かっただろ? あれは悪鬼の証だよ。だから実の兄弟でもない俺が、兄貴とシンクロする役に選ばれたんだ」
それでも、悪鬼のような、黒いオーラは感じなかった。
「兄貴みたいにならないのが不思議かい? 無邪鬼について、たぶん純白の鬼だって聞いたんじゃないか? それで大方あってるんだが、俺とほかのやつとの違いってのは、色の付き方が良い例えになる。兄貴は純白に黒が滲んでいって、ああなった。俺は、純白の下地に、上から黒でワンポイントつけられたような感じだ」
なるほど、わかりやすいような気がする。
「だから俺は無邪鬼の視点も、一般人の視点もわかる。だから、お前に責任があるのもわかる。でもな、そんな責任がどうでもよくなるくらい、強い正義を持ってるんだよ」
「正義……ですか」
「じゃなきゃ、下半身引きちぎられたお前なんか助けないよ」
さらりと恐ろしいことを言った。真に恐ろしいのは僕かもしれないが。
「身体が勝手に動いちまう。そこで毎回俺は気づくのさ。俺はどうしようもなく無邪鬼だなって」
鬼丸さんは、今度は小さく笑った。
「僕は……どうすればいいですか。誰も言ってくれないけど、確かにある責任を果たすために、何ができますか?」
鬼丸さんは、目を見開いて、そのあと、見たことがないくらい、優しい顔になった。
「お前は任侠の素質あるかもな。仁義を通そうとするのは、良いことだ」
「はぁ……」
「だが、お前はまだ中学生だ。若頭と同い年の、子供だ。お前が大人だったら、義理と人情で動けって言うんだろうなぁ。でも、お前みたいな子供に人情はわかるめぇ。だから……」
鬼丸さんが、今度は厳しい顔で、快活に言い放った。
「義理と友情で動け。若頭と兄貴を頼むぜ、御客人」