Ramen or Die~王女様、処刑前にニンニク入れますか?~
俺はしがない大学生、”豚神 野蒜”。
今日は待ちに待ったバイトの給料日だ。
俺は足早に街を歩き、あるラーメン屋の暖簾をくぐった。
店内には張り詰めた空気感。
触れれば切れるような鋭い目つきの店員が、券売機で買った俺の食券を素早く、だが確かめるように受け取る。
俺は自らの手でセルフサービスの水とおしぼり、箸にレンゲを用意したうえでカウンターに座った。
ムワッと湿気だった店内に立ち込めるのは、蒸されたような野菜とニンニクの匂い。
一心不乱に丼に食らいつく客たちの、無言で麺を啜る音が響き渡っていた。
今日も心地よい空間だ。
やがて店員の目がギラつき、俺を捉える。
それはカジノで言うなら「レイズ・オア・フォールド」。
数多の客たちを屠り上げてきた百戦錬磨の店主の唇がゆっくりと動く。
「ニンニク入れますか?」
「ヤサイマシマシニンニクアブラカラメで」
一切の淀みなく、頭の中で幾度となくシミュレーションを繰り返したキレキレのコールを返す。
一瞬、店内の客たちの目が鈍いギラつきを放った。
「お残しは厳禁ですよ」
SNS全盛の昨今、悪ふざけで食えない量を頼む馬鹿のおかげで、無駄なやり取りをする羽目になっている。
やれやれ、俺を誰だと思っている。
「あ、はい。大丈夫です」
それは勝利を謳う英雄の勝鬨のように、俺の言葉は店内に響き渡った。
「お待ちどお」
ほどなく着丼。
天高く、バベルの塔の如く伸びるもやしとキャベツの尖塔。
銀河のように流れる背脂がそれを彩り、隕石のように突き刺さった20枚の”豚”が存在を主張していた。
そして、星屑の如く煌めくニンニクの流星群。
鼻を貫くような香りがたまらない。
これこそが、俺が愛してやまない『ラーメン次朗』が誇る最強のラーメン。
”アルティメット豚MAX麺700g”に究極のマシトッピングを施した壮大な雄姿だ。
これで値段は900円。
バイト代が入ったその日はこいつと決めている。
彼女もいない俺の唯一の楽しみだ。
周囲の客たちからの羨望と嫉妬の視線が心地よい。
こいつを喰いきれるのは、界隈でもそう多くは無い。
選ばれた勇者にのみ許された能力だ。
そして俺は静かに、だが悠然と割り箸を割って丼へと突き立てた。
「いただきます」
スープに浸ったもやしを取り、そいつを口に運ぶ。
はじけ飛ぶような匂いと旨味、暴力的なまでの味の応酬が俺の脳髄を心地よく揺らす。
トビそうなくらい美味い。
ゴンッ!!
次の瞬間。
俺は机に突っ伏した。
あれ?
ざわざわと周囲の声が聞こえる。
おいおい焦んなよ、まだ戦いは始まったばかりだ。
だが、俺の視界は真っ黒になって指先一つ動かせない。
やがて周囲の喧騒は遠くへと消えていった。
この日、俺は死んだ。
最後の瞬間、俺の脳裏を掠めたのは走馬灯などではない。
この店における唯一絶対のルール。
それを俺は犯した
お残しはギルティー。
俺は、咎人としてこの世を去った。
―――
「おい兄ちゃん、起きな」
ハッとなって俺は目を覚ます。
俺は宇宙空間にいた。
いや、正確には宇宙空間を漂うラーメン屋屋台のカウンターだ。
「こ、ここは……!? 俺の豚MAXは!?」
「残念だったなぁ……。兄ちゃんは死んじまったよ。死因は血管破裂。どうやら、血糖値の上昇に身体が耐え切れなかったみてぇだぜ。黒烏龍茶さえあればな……」
俺の目の前にいる男が言った。
短く刈り上げた髪に、ガッチリとしたずんぐりむっくりの体躯。
黒いTシャツと白いタオルを頭に巻いて、毛深い腕を組んで立っている。
絵に描いたようなラーメン屋のオヤジだ。
「あ、あなたは……?」
「俺は神だ」
嘘つけお前のような神がいるか。
しかし、周囲の謎空間は確かに先ほどまでいた東京のラーメン屋とはまるで異なる。
死後の世界ということなのだろうか。
「だがさすがにラーメン一口で死んじまうのは哀れだ。お前を別の世界に転生させてやるよ」
「い、いやちょっと待ってくれ。何がなんだか……」
「お前最後に食ってたの次朗系だよな。うちは昔ながらの醤油とんこつでやってんだが……まあいいか。次朗系スキルをやっから異世界で一からがんばんな!」
全く話の通じないオヤジ。
いわば異世界転生というやつだろう。
交通事故とかで死んだら、神様がいい感じのギフトを授けてくれて異世界で無双してハーレムを作れるやつ。
「お、何だい話が早ぇな」
「当然だ。人類ならみんな知ってる。じゃなくて、次朗系スキルってなん」
「じゃあな! 世界を啜ってこい!」
世界を救うみたいに言うな。
俺がツッコム前に黒Tシャツのオヤジが頑なに組んでいた腕を解くと、まるで天地創造のような光が爆ぜる。
「ま、待ってくれ……! 俺はラーメンは好きだけどさすがにスキルはまともなのを」
さすがは神。
もはや俺の話など聞く気も無いと言うかのように俺を光の中へと誘った。
「力を使うときは、”あの呪文”を唱えるんだぜ……!」
それが、俺が最後に聞いた言葉だった。
―――
「う……ここは」
瞼を貫くような眩しい光。
俺は現実へと回帰する。
眉間に皺を寄せながら、やがて瞳をゆっくりと開ける。
「目が覚めた? 不埒もの」
冷徹で、凛と鳴る鈴のような声。
俺が顔を上げると、そこには若く美しい女がいた。
背脂のように白い肌、バリカタ極細麺を思わせるプラチナ色の髪はサラリと流れ、ラーメン次朗の看板の如き黄金の瞳は冷たく俺を見下ろしている。
刻み生ニンニクのような煌めきを放つドレスを着ていることから、高貴な身分だと見て取れた。
「頭が高い! "セアブラード"王女の御前だぞ!」
俺は金属の棒のようなもので、地面に身体を押さえつけられた。
後ろ手を縛られ拘束されており、周囲では鎧を着た兵士のような連中が俺を見ている。
石造りの大きな広間の中。
数段高いところにある玉座に肘をつき、尊大な態度で王女セアブラードが座っていた。
「な、何この状況」
「貴様とぼけるつもりか! 中庭に倒れていた間抜けな賊め! 王女の命を狙っていたのだろう!」
「ぐっ!」
俺を押さえつける偉そうな兵士。
少し状況が読めて来た。
俺はどうやら本当に異世界転生だか転移だかをしてしまったらしい。
そして、どういうわけだかリスポーン先に倒れていたため賊と勘違いされたのだろう。
「ち、違います! 俺はラーメン屋のオヤジに異世界に飛ばされただけで……!」
「ラーメン? 異世界? 何を言っておる! 衛兵! こやつの首をたたっ切れ!」
「はっ!」
「ちょ! まっ! 話を……!」
転生して目を開けた瞬間殺されるなんて冗談じゃない。
俺は慌てて身をよじったそのときだ。
「待ちなさいオーション。私の部屋を狼藉者の血で汚さないで」
「……ぬ。こ、これは失礼をいたしました。セアブラード様」
オーションと呼ばれた偉そうな、多分大臣っぽいハゲたおっさんをセアブラードが諫める。
助かったと思った俺だが、彼女の目は未だ冷徹に細められていた。
「賊よ。あなたの名は何と言うの」
「……豚神 野蒜です」
「ノビルよ。王国法に則り、あなたは今から処刑される」
「えっ!?」
一瞬王女様が助けてくれるのかと思ったが、そんなに甘くはなかった。
俺は背脂が、いや背筋が冷えていくのを感じる。
愕然として言葉を失う俺に、眉一つ動かすことなくセアブラードは言葉を続けた。
「最後に言い残すことはある?」
それはセアブラードの最後の温情だったのか。
俺は彼女の黄金の瞳に映る自分の姿を見る。
ひどく怯えた顔をしている俺の顔。
いや、きっと後悔が表情に出ているのだ。
だからこそ、俺はこう答えた。
「……ラーメンが、食べたいです」
――俺は咎人だ。
豚MAXを残すという、死にも等しい罪を犯した。
あの店にはもう戻れない。
その罪を贖うことすらできない。
だからせめて、あの時のラーメンを俺は食い切らなければならないと思った。
これがきっと、俺の贖罪だ。
「……ラーメン?」
そのとき初めて、冷徹だったセアブラードの表情がわずかに動いた。
―――
俺の最後の願いは許された。
城の厨房に連れて行かれ、俺は多くの兵達の監視のもと、ラーメンを作ることになる。
「あなたが今際の際に望むほどの食事、そのラーメンとやらを見せてもらおうかしら」
この世界にはラーメンが無いらしい。
興味を持ったセアブラード王女も厨房まで着いてきた。
少し期待の籠った目で俺を見ており、周囲の兵士たちも固唾を飲んで見守っている。
俺はキッチン台の前に立ち、瞳を閉じて集中している。
いや、困惑していた。
勢いで咎人とか言いながら希望してはみたものの、俺はしがない大学生だ。
そもそも俺はラーメンに関しては完全に食い専で、自宅で次朗を作る”家次朗”すら作ったことは無い。
ぶっちゃけ、どうしようと思っていた。
「どうしたのノビル……? 調理を始めて構わないわよ?」
セアブラードが眉をひそめた。
兵士たちが手に持つ槍がチャキリと音を立てる。
「よもや貴様、死ぬのが惜しくて適当なことを言ったのではあるまいな?」
「い、いやそんなことは……」
大臣のオーションが俺をギロリと睨む。
まずい、このままでは何もできずに処刑されてしまう。
とりあえずわけも分からず寸胴鍋に水を入れてお湯を沸かす時間稼ぎに入る。
そのときだった。
――力が欲しいか?
俺の中で、誰かが囁く。
そうだ、思い出せ。
あの時のラーメン屋のオヤジ、いや神の言葉を。
――力を使うときは、”あの呪文”を唱えるんだぜ……!
俺は知っているはずだ。
幾度となく唱えて来た、あの言葉を……!
「……マシ」
「ん? 何だ?」
ポツリと落とされた俺の呟きに周囲の兵が身構え、セアブラードはジッと俺を見る。
そして、俺は目を見開き声を放った。
「ヤサイマシマシニンニクアブラカラメ――!!」
世界の理を示す呪文に、光が放たれた。
俺の周りに浮かび上がるいくつもの”扉”。
気温が急上昇し、スープを煮込むような蒸気が視界を覆う。
扉からはゆっくりと、首をもたげるように現れたのは。
ラーメンだった。
巨大な、一般的なラーメン屋よりも少し大きな白い丼。
降り注ぐカエシ、スープ。
嵐のように荒ぶる極太麺が渦を巻く。
「こ、これはっ……!?」
驚愕の声を挙げるセアブラード。
麺の上に乗せられるのは、山盛りの、常軌を逸した量のもやしとキャベツだ。
重量を感じさせる豚が堅固な要塞のように取り囲み、ドロリと音も無く流れる背脂の河が乳白色の輝きを放っている。
そして。
「な、なんだこの匂いは……!」
「おのれ貴様ァッ! 毒を撒きおったなっ!」
室内に溢れかえる、刻まれた生にんにくの芳醇な香り。
この世界にはニンニクも無いのか、兵士たちは皆一様に鼻を押さえて膝をつく。
オーションは顔を真っ赤にし、俺を殺すよう兵達に命令を下そうとする。
「待て……確かに酷い匂い……けど」
それを片手で制するのはセアブラード。
俺の前に象られていく次朗系ラーメンに、彼女は見入っていた。
俺はその表情を、美しいと思った。
「セアブラード様……しかし!」
「彼は死ぬ前に、最後にあれを食したいと言ったのよ……最期まで、見届けましょう」
「着丼ッッ!!」
俺の前には、確かに次朗系ラーメンが鎮座していた。
しかも、あの時食い損ねた罪深き"豚MAX"。
麺はきっちり700gだ。
「これが……俺に与えられたスキル……」
神が異世界転生の際に俺に与えた贈り物。
次朗系スキル『ニンニクイレマスカ』だ。
「……いただきます」
そして俺は、自らのスキルで出したラーメンに飛びついた。
今度は死なないことを願いながら。
そして今度こそ、最後の一滴まで食い切ってやる……!
「……美味い」
ワシワシとした極太麺はよくスープに絡み、俺の胃袋を殴りつけるような重厚感だ。
背脂と共に胃袋へと滑り込み、しっかりと味の着いた豚は俺がただの飢えた獣だという事実を嫌でも示してくる。
食っても食っても減らない野菜は、まるで永遠とも呼べる時を感じさせた。
「……ゴクリ」
セアブラードが喉を鳴らす音が聞こえたが、今の俺には構っている余裕はない。
俺は今、丼と向き合っている。
目を逸らせば、その絶望的な質量の前に膝を折るだろう。
それほどまでに、豚MAXの壁は厚い。
「何という匂い……」
「鼻が曲がりそうですな……」
「いやそもそもあの量は……およそ人が食うものとは思えぬ」
オーションや兵士たちは皆ニンニクの匂いと物量に顔を歪めている。
一心不乱にそれを食らう俺を、まるで化け物でも見るかのように遠巻きに眺めるばかりだった。
しかし。
「……ノビル。」
「ん?」
モグモグと麺ともやしを咀嚼する俺に、セアブラードが声をかけてくる。
よく見れば、彼女は口の端からわずかに涎を垂らしていた。
「私にも、それを少し作ってもらえないかしら」
「なっ! セアブラード様何を!」
「なりません! ご覧くださいあの禍々しい威容を! そしてこの臭い! あれは悪魔の食い物ですぞ!」
手を止めず食い続ける俺を、この世のものではないという目を向ける周囲の兵たちが、こぞってセアブラードを止める。
酷い言われようだ。
「そうかしら。見なさいあのノビルの顔を」
「む……?」
「まるで何かに取り憑かれたように貪っているわ。あれほどの食べ物を、私たちはまだ知らない」
まあ速く食べないと麺が伸びるし、満腹中枢が刺激されて食えなくなってしまうからな。
「ノビル。王女としての命令です。私に、そのラーメンとやらを作りなさい」
「むぐむぐ……分かった」
俺の次朗系スキルは、無限に次朗系ラーメンを召喚する能力だ。
ニンニクの有無から味の濃い薄い、ヤサイの量の調整。
背脂別皿や生卵トッピングだってできる万能の力だった。
まさに神の奇跡と形容するに相応しい圧倒的力。
セアブラードの分を用意するくらい訳無い。
「王女様。ニンニク入れますか?」
まさか一生のうちに言うとは思っていなかった言葉を、セアブラードに投げかける。
「そ、そうね。少し入れてもらえるかしら。あと量は私には多すぎるから、減らしてちょうだい」
「全部少な目ね、はいよ」
というわけで着丼。
ついでだから兵士たちの分もいくつか用意してやった。
「ぬ、ぬううう……」
「王女、本当に食べるので……?」
「も、もちろんです……」
10杯ほどの次朗系ラーメンが並んでいる様子は圧巻だ。
さすがの俺も、その覇気に膝から崩れ落ちそうになる。
セアブラードを含めた一同は、皆当然のように気圧されていた。
「で、では……」
それはまるで死地へと赴く勇者のように。
セアブラードは決死の覚悟を決めた表情で、麺を箸で摘んで口に運ぶ。
「……こ、これは!」
セアブラードは目を見開く。
どうだろうか。
初めて次朗を食べたときは、味が濃すぎて二度と食うかと思ったもんだ。
まあ不思議とまた食いたくなるわけだが。
「……む、ふむ。これはなかなか……」
「ちょっと味が濃いですな」
「ニンニクとやらが臭すぎる」
兵達の反応は千差万別。
美味そうに食べている者もいれば、初めての時の俺のように顔をしかめている者もいた。
そしてセアブラードは。
「……ズルルッ! ズボボボッ!」
気が狂ったように、瞳孔を開いてラーメンを啜っていた。
彼女は、”持っている者”のようだ。
「ど、どうですかね?」
恐る恐る尋ねてみる。
すると、セアブラードは口元を抑え、少し恥ずかしそうな顔をした。
白いドレスに刎ねた汁は、”食った奴”だけに許された特権だ。
「な、なかなかね。これは」
「よかった。お残しはギルティーだぜ?」
まあ彼女は自ら少なめを志願するほどに弁えている。
これでも多ければ、残しても店側は何も言うまい。
「――!」
笑みを浮かべた俺の顔を見て、セアブラードは頬を赤らめた。
「え? あ、どうかしました?」
「い、いいえ何でもないわ。でもなるほど……確かにこれは最後に食べるのには悪くない食事だわ」
周囲の兵からは「嘘だろ……?」「正気か……?」と声が聞こえてくるが、王女様のお口には合ったようだ。
「そうか。これで最期だった……」
「あ……」
忘れていたが、俺の最後の晩餐だ。
「ありがとうセアブラード。さあ、一思いにやってくれ」
俺はあの日食いきれなかった豚MAXの無念を晴らした。
もはやこの世に悔いはない。
「ノビル。そのことなんだけど……」
すると、少し言いづらそうにセアブラードが微笑んだ。
あの時の冷徹な表情とは違う。
一人の美しい女の表情だ。
俺は気が付けば、彼女のその表情に見惚れていた。
―――
俺の作ったラーメンを気に入ったらしいセアブラード。
彼女のお抱えの料理人となり、次朗系ラーメンを振る舞う役職をもらった。
俺は処刑を免れたのだ。
俺たちはラーメンを日々共に啜り、絆を育んでいった。
兵士たちの中にも熱狂的なファンを生み出し、”ジロリアン”と呼ばれる王女の親衛隊が組織されるほどになっている。
こんな平和がいつまでも続けばいい。
そんな風に思っていた矢先のこと、事件は起こった。
「ええ!? セアブラードが浚われた!?」
ある日、俺は城の厨房で別のラーメン開発をしていたところ、突然の報告に耳を疑った。
「そうだ。奴らは王都の近辺を根城とする野盗で、身代金として王都の保存食一年分を要求している」
大臣のオーションからそれを聞いた俺は、いても立ってもいられなくなり、城を飛び出そうとする。
「ま、待てノビルよ! どこへ行くのだ!」
「決まってんだろ! セアブラードを助けに行くんだ!」
「し、しかしお前はラーメンを作るしか能の無い男……!」
「確かにそうかもしれない! けど、このままセアブラードを放っておくことなんてできないだろ!」
俺を止める声を振り払い、俺は野盗の根城である洞窟へと向かった。
―――
「へっへっへ。王女様なかなか上玉じゃねえか」
「いいもん食ってんだろうな。ムチムチしてエロいねえ」
王都から少し離れた人気の無い洞窟の中、後ろ手をロープで縛られたセアブラードが囚われている。
下卑た男たちの視線を浴びながらも、セアブラードは気丈な態度を崩さなかった。
ちなみに毎日ラーメンを食べたので実際2kg太った。
「無礼者! 私に触るな! それに、必ず”彼”が私を助けに来てくれる!」
吠えるセアブラードを、男たちがゲラゲラと笑い飛ばす。
「へっ! 何人来ようが返り討ちだ! それにテメェを人質に取ってんだからな、そんなバカな真似できやしねえよ!」
「くっ……!」
髪を掴まれ、痛みに顔を歪めるセアブラード。
本当は涙が出そうだった。
昼にノビルが作ったニンニクマシマシラーメンを食べて幸せな気分だったのに、外遊に出た途端野盗たちにさらわれてしまったのだ。
このままでは何をされる分からない怖さに、心が折れそうだった。
「さーて、暇だしちょっと俺達と遊ぼうぜぇ」
男たちの手が伸びてくる。
セアブラードは身をよじった。
「い、いや! 助けて……」
「へっへっ! 誰も来ねぇよ!」
「そんな……ノビル……! 助けてッ!」
目をギュッと閉じ、彼の姿を思い浮かべたときだった。
「そこまでだ!」
「!」
ハッとなって顔を上げる。
そこには、今しがた思い描いた彼の姿があった。
―――
間一髪だった。
俺はラーメン屋店主のように腕を組み、男たちの前に立ちはだかる。
「な、なんだテメェは!」
「”ジロリアン”だ!」
名乗りを上げる俺。
男たちは腰から刃物を取り出した。
「テメェら! やっちまえ!」
男たちが俺に向かってこようとした瞬間。
俺はスキルを発動する。
「ヤサイマシマシニンニクアブラカラメ――!!」
「な、なんだっ!?」
洞窟内に溢れかえる蒸気。
充満する圧倒的ニンニク臭。
そして、熱々のお湯が男たちに降り注ぐ。
「ギャァアア!」
「あちい!」
「く、くせぇ! なんだこの臭い!」
野盗たちはのたうち回る。
俺はその隙にセアブラードの元へと駆け寄り、彼女のロープをスキルで召喚した豚をカットする用の包丁で切った。
「ありがとう……! ノビル!」
「おっと……! 大丈夫だったか?」
セアブラードが俺に抱き着いてくる。
彼女の肩は震えていた。
気丈にしていても、悪漢たちに囲まれるのは怖かっただろう。
俺は彼女の肩を抱きながら、男たちへと手を伸ばす。
「くそっ! 待ちやがれ!」
「待つのはお前らだ! これでも喰らえ!」
そして俺は、奴らの眼前に次朗系ラーメンを召喚した。
「な、なんだこりゃ!」
「……う、美味そうじゃねえかっ」
突如現れたラーメンに戸惑う者。
涎を垂れ流して豚のように貪ろうとする者。
反応は様々だったが、次第にそれを食べる奴が増えていった。
「ま、待てお前ら! そんな豚の餌みたいなもん食うんじゃねえ!」
「で、でもお頭! めっちゃうめえっすよ!」
「うめえ! くせえ!」
「ぐぬぬ……!」
思った通りだ。
奴らは身代金として保存食を要求していたし、奴らの身体はやけに痩せている。
どうやら食うのに困って野盗をやっていたらしい。
「ノビル……これは」
驚くセアブラード。
俺は泣きながらラーメンを食う野盗たちを見ながら、彼女を安心させるために優しく笑いかけた。
「大丈夫。次朗系ラーメンはこの世で一番美味い食い物だ。腹を空かした奴らが抗えるわけがない」
「く、くそ!」
最後まで誘惑に抗っていたリーダーらしき男も、とうとう丼にかぶりついた。
「……う、うめぇ。なんだこの暴力的な塩分と脂は。くせぇ! うめええ! 俺の脳が、ダイレクトに”もっと食え”と叫んでやがる……!」
その光景を眺めながら、俺はセアブラードの手を引き洞窟を後にする。
それと入れ替わるように、城の兵士、いやジロリアンたちが奴らを逮捕すべく中へと入っていった。
その様子を見て、俺は振り返り指を鳴らす。
「――お残しは、ギルティーだぜ?」
洞窟を出た俺とセアブラード。
俺は勢いで手を繋いでいたことを思い出し。
慌てて手を離す。
「おっとごめん! それじゃ……城に戻ろう」
視線を逸らしながら、俺は一歩足を踏み出す。
すると、セアブラードが俺の腕にしがみついてきた。
「ありがとう……ノビル。あなたはきっと……この世界を救うために神が遣わした勇者なのね!」
セアブラードの瞳が揺れ、俺を真っすぐに見つめている。
そういえば、あの時神は俺に「世界を啜ってこい」なんて気の利いたことを言っていたのを思い出す。
それはきっと、こういうことなのかもしれない。
「ノビル……! これからも、私のためにラーメンを作って……!」
俺は目を見開く。
そしてセアブラードは、その背脂で艶めかしくテカった唇を、俺の唇に押し付けて来た。
やれやれ。
どうやら俺は、この世界で死ねない理由ができてしまったようだ。
俺は瞳を閉じ、セアブラードを抱きしめた。
彼女の口からは、愛しいニンニクの臭いがした。
-fin-
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません




