代魔会
「この世に勇者はいると思うかですって?」
クリスティーヌンは怪訝な感情を目だけで語りながら、まだ半乾きの髪を後ろで括る。私は彼女が出してくれたハーブティーを一口啜りつつ頷く。乾いた冷たい心に染みわたる。ほっとする。
「良かったですわ。ホットだけに、とか言い出したらさすがにツッコみきれませんもの。…それで、勇者がいるかどうか、でしたわね。」
「そう。居たら会ってみたいの。」
「それがあなたの探している人ですの?随分抽象的ですわね。まあ、こんな平和な世の中ですし、私の知る限り『勇者』なんて人は近代では聞かないと思いますわよ。」
魔法があるこの世界と言えども、争いの主流は武力ではなく言葉だ。平和を前提とした世の中。無駄な殺生が行われない世の中。現代において、血を血で洗うような戦争は滅多に見られない。最も、この国も近隣国との関係性に緊張が走ることもあったりするが、威嚇程度の武力が用いられれば酷いほうで、基本的には言葉による和平の道を第一に模索するのがこの世界のデファクトスタンダードになっている。仮に武力行使まで発展したとしても、文明が進んだ近代では魔法による戦いはその効率性から避けられる傾向にあり、重火器による命の奪い合いが行われる。いわゆるMPの制限が著しい魔法は、もはや争いの手段ではなく、競技のような位置づけとされている。もちろん、その気になれば相手の命を奪うことも魔法では可能だが、現代においては禁忌とされている。私の知ったことじゃないけれど。
「とどのつまり、文明が発展した世の中に於いて『勇者』と呼ばれる存在が生まれる必然性はないわけですの。英雄的な人間によって世界が統治され、救われる。なんて、旧文明の遺産とも言える価値観ですわ。授業で習う以外に聞いたことありませんもの。あなたがそんなこと知らないとは思えませんけど、茅水封理。」
「まあ、そうだよね。」
「ただ、それらしき人は見たことがありますわ。」
「え?どこで?」
「あなた、『だいまかい』をご存じ?」
大魔界…。まさか、この世にそんなものがあったなんて。今の私にピッタリではないだろうか。
「違いますわよ。『世代魔術競技大会』、略して『代魔会』。私たちの世代の魔法の競技大会ですわ。国が主催していて、そこで良い結果をおさめることができれば、将来の国軍のエリート候補にリストアップされる。と噂の競技会ですわ。」
「そんなものがあるんだね。争いごとに興味なかったから知らなった。」
「…そんな今にも人を殺めそうな目をしてよく言いますわ。それに、あなたにもオファーがあったはず。去年、私も学校選抜として出場しましたが、その枠はあなたが辞退したから回ってきたものでしたもの。」
確かに言われれば、そんなオファーがあった。どうでもよかったので即断ったことを覚えている。こういうときに、記憶がぜんぶあるのは便利よね。
「私は去年、次鋒として参加しましたの。」
「次鋒天宝治クリスティーヌン。なんだか噛みそうな響きね。」
「弄り方が雑ですわよ。」
そんなことより、と次鋒天宝治は続ける。
「そこで、ある男性に会いましたの。とても素晴らしい人でした。その人の学校とは本選の初戦で当たったのですけど、勝ち抜き戦で先鋒として出場していた彼は、我が校の精鋭を5人抜き。私も手も足も出ませんでしたわ。」
「へえ、すごいねー。」
「棒読みが過ぎますわよ。もうちょっと興味を持ってくださって?彼が印象的だったのはその強さだけではなかったですわ。その戦闘スタイルが、剣に魔法を纏わせる珍しいものだったこともありますの。最も、真剣は法律で禁止されてますから、木刀で代用してましたけど。」
木刀て。なんだか一気にヤンキーみたいな印象になってきた。
「顔は王子系イケメンでしたわよ?」
「今まででその情報が一番興味ない。」
「年頃の女の子なのに…。まあ、いいですわ。私が言いたかったのはここからです。…その彼が使っていましたの、光の魔法を。」
…光の魔法?その言葉に思わず反応する。
光属性の魔法。それは限られた者にしか使えない種類の魔法だ。炎や風、雷系など自然系に属する魔法は、魔力さえあれば誰でも習得できる。私がメインで使用している水魔法も当然この類に入る。しかし、一部の属性魔法は限られた者にしか使えない。その代表的な属性が、光と闇だ。…実は、私は闇属性魔法も習得している。何故かはわからなかったが、今ならわかる。前世のこの念が原因だ。一方、光魔法は、聖職者や医療関係者の血縁に稀に使えるものが誕生すると聞く。他に可能性があるとすれば…、勇者の血縁にも。
「それがあなたの言う『勇者らしき人』?」
内心ざわつく胸中を隠し平然を装うため、敢えてクリスティーヌンに問う。光の魔法が使えるとはいえ、勇者と決めつけるには早計だ。もう少し情報を引き出したい。
「ええ、そうですわ。光魔法の使い手には女性が多いということもあって、その異質さはとても目立っておりました。おまけに、彼が率いたパーティがそのまま優勝しましたの。まるで勇者パーティのようでしたわ。」
「それで、そいつにはどこに行けば会えるの?学校名は?」
「聖マイレージ魔術学校。その名の通り、宗教系の学校ですわね。そういえば、他のパーティメンバーも光属性の魔法を使える方がちらほらいらっしゃいましたわね。かの方以外は女性でしたし、かの方のそれよりも未熟なものでしたけど。」
聖マイレージ魔術学校。なんだか祈る度にポイントが溜まりそうな名前の学校ではあるが、クリスティーヌンの話を聞きながら手元の端末で調べてみたところ、聖職者や医療関係者の著名人を多く輩出している学校のようだ。そして彼女の話を裏付けるように、その在校生の男女比は、ほぼ女子校と言って差し支えない程度にしか男子生徒が属していないようだった。そんな環境のなか、唯一の男性としてパーティメンバーに選出され、光の魔法を剣に纏い圧倒的な強さを見せる男…。確かにそれっぽいといえばそれっぽい。
「調べまして?遠いでしょう。文字通り国の端から端ですわね。」
「関係ないよ。これくらいの距離、すぐ移動できる。」
「時間をかければ行くこと自体は難しくはないでしょう。しかし、どうやって当人を見つけるんですの?いくら男子生徒が少ない学校とはいえ、総生徒数はかなりのものですわよ。それに、部外者の立ち入りにも厳しいと聞きます。」
「それは…入口で粘るか、探知魔法でも使うわよ。」
「いくらあなたでも会ったこともない相手を探知できまして?」
確かに、そう言われれば難しいのだが。
「もっと確実な方法がありましてよ。」
「なに?」
「来月、今年度の『代魔会』が開催されますの。そこに本校代表として出場するんですの!」
「却下。」
「判断が早い!なぜですの!」
「だって、面倒くさいじゃん。」
「でも、聖マイレージは確実に出場してきますわよ。そこにかの方も、必ずいる。」
「それはそうかもしれないけど。だけど、会うだけなら出場しなくてもいいでしょ?見学でも行けば、見つけられるはず。」
「会場は関係者以外立ち入り禁止ですわ。」
「だったら、門の前で…。」
「先ほどと何も変わってませんわよ!いいから、出場してくださいまし。いや、本当にお願いします!」
クリスティーヌンは唐突に頭を下げる。どうしてそこまで…。
「パーティメンバーが足りませんの!このままですと失格になってしまいますわ!」
「去年のメンバーはどうしたのよ?」
「皆卒業していきましたわ。私以外は三年生でしたの…。」
その結果、今年のメンバー選出はクリスティーヌンに一任されていたらしい。片っ端から頭を下げて回り、なんとか二人のメンバーは確保できたそうだが、どうしてもあと二人が集まらないらしい。ちなみに、これまで私に声をかけなかったのは、去年同様速攻で辞退する可能性があったからのようだ。その通りになったけど。
「ですからお願いしますわ!この通り!」
クリスティーヌンは土下座を経由し、そのまま床に突っ伏す。言うなれば土下寝だ。
「…一応、上流階級のお嬢様なんだし、そこまでするのはどうかと思うんだけど。」
「プライドなんて最初からありませんわ。それに、あなたが加入してくれれば、そのカリスマ性から芋づる式に他のメンバーも埋まる気がしますの。」
「本音がダダ洩れじゃん…。」
「プライドなんて最初からありませんわ。それに、あなたが加入してくれれば、そのカリスマ性から芋づる式に他のメンバーも埋まる気がしますの。」
「それはさっき聞い…」
「「プライドなんて最初からありませんわ。それに、あな…」
「わかった!わかったから!『はい』の選択肢選ばないと先に進めない強制イベントかよ!」
「その通りですわ。だって、相手はあなたですもの。」
私のことをなんだと思ってるんだ…。
「でも、よかったですわ。あなたが居てくれれば、きっと楽しい。」
ほっとした表情でクリスティーヌンは微笑む。そして、ハーブティーを口に運ぶ。もう冷えてホットじゃないと思われるそれを嗜む彼女は、とても優雅に見えた。




