17歳の誕生日
「店長!私、今日誕生日なんです。プレゼントください!」
唐突なおねだりに、その男は「なんでやねん!」と関西弁でツッコミを入れる。
「賄いちょっとええ感じにしといたったやろ!それ以上にバイト先に何を求めとんねん!あと、店長やなくて、マスターな。」
白髪眼鏡の関西弁のおじさまは念を押す。このおじさまは京権充郎。この喫茶店のマスター兼バリスタで、すべての業務をひとりで回している。と言っても、年柄年中暇なこの喫茶店『みゃ』では、私のようなアルバイトを雇わなくても余裕で店は回るだろうけど。ちなみにこの店名の『みゃ』から、あまりに猫カフェと勘違いされた時期があった為、店の入口扉には「当店は珈琲を楽しむ店です。猫は居ません。」とでかでかと張り紙がしてある。
「店長~。そう言わないで、たったひとりのバイトですよ?お小遣いくらいくれてもええんやで?」
「関西弁で言うてもあかん。ちゃんと働き。」
私がマスターのことを「店長」と呼ぶのは、なんか「マスター」って感じの雰囲気とはちょっと違う気がするからだ。店長呼びのほうが親しみが湧くので、働きやすい。
「ほんで、封理。自分そろそろ休憩やろ。これでも食べて休んどき。」
お客が誰も居ないので、奥の4人掛けのテーブルに突っ伏して既に休んでいた私の前に、ショートケーキが置かれる。それもコーヒー付きで。口ではダメダメと言いながら、なんだかんだ私に甘いあたり、良い店長だ。好き。あくまで、人として。
「それ食べて休憩終わったら、やってもらいたいことあるからな。頼むで。」
カウンターの向こうから聞こえた店長の声と、コーヒー豆を挽く音をBGMにしながら、ケーキを頂く。うん、甘い。バイト中にケーキを頬張るなんて、こんな幸せなことがあっていいのだろうか。
「…ええわけないやろ。」
ボソッと店長の声がそう言った気がした。そして、次の瞬間。視界が揺らいだ。…これは、毒?それとも精神魔法?
「油断したな、封理。でも、やっと自分に会わせることができる。」
会わせるって、誰に。
「じきにわかる。今までお前の信頼を得るため、頑張ってきた甲斐があった。」
…店長、なんで。
「それも、じきにわかる。今は、眠っとき。」
店長のセリフを聴き終えるかどうかのところで、私の意識は闇に落ちた。
…目を開けると、そこは薄暗い教会のような場所だった。私はどうやら、チャーチベンチ的な長椅子に転がされているらしい。
「ここは、どこ…。」
まだ薄っすらとしか開かない目で当たりを見回す。奥の十字架に向かう人影が見える。人影は祈りを捧げながら答える。
「うちの地下や。ある人に貸しとる。」
人影はちらとこちらを伺い、また祈りを捧げる。
「…店長。私に何をしたの。」
着衣の感覚を確かめながら人影に問う。
「何もしとらん。ただ、会わせたい人がおるだけや。…ほら、この方や。」
先ほどまで店長が祈りを捧げていた向こう側に、いつの間にかもうひとつ人影が現れていた。紫と金の混じったような光が後光を指すようにその人を照らしている。その人を見たとき、刹那に直感した。…私は、この人に会ったことがある。
『覚えていてくれたのですね。嬉しいです。』
脳内に直接突き刺さるような優しい声が響く。いつか聞いたことのある声だ。でも、どこで?
『あなたはすべての記憶を持っているはず。だったら、わかるでしょう?』
そう、私はすべての記憶を持っている。だけど、わからない。なぜ、覚えていないのか。
『それこそが、答えです。あなたが私に会ったのは、今世ではないのですから。』
紫金の光をまとった女性が私に向かって歩を進める。彼女が近づいてくるたび、身体が軽くなるのが感じる。気持ちが温かくなるのを感じる。なぜだろう。
「その方は、女神様や。女神、イルミナ様や。自分が17歳になったとき、会わせるよう申しつけられとってん。」
『私はあなたを転生させた張本人です。ですが、そのときひとつの罪を犯したのです。』
「待って!私は転生したんですか?どこから?」
『それはこれから思い出すことになります。あなた次第ですが。』
「私次第?それってどういう…?」
『私の犯した罪。それは前世のあなたの最期の望みを奪ったことです。あなたが最期に望んだことを、あえて忘却させて転生させた…。』
「女神様はお優しい方や。それを消すことで、自分に幸せな人生を送って欲しかったんや。」
『ですが、私はそれが良かったことなのか今でも悩んでいます。最期の望みを奪い、最期の絶望を与えてしまった。あまつさえ、私の望みまで押し付けてしまった。それが、私の罪…。』
何の話をしているのか全くついていけないが、どうやら私は転生者らしい。そして、転生前に願った何かを忘れさせられたらしい。
『私はずっと悩み続けていました。ですから、あなたが17歳を迎えたときに、あなたに選んでもらおうと決めました。…卑怯なのはわかっています。女神なのに、ひとつの魂にすべてを委ねるだなんて。』
彼女―イルミナは私に手を差しのべ、こう続ける。
『選んでください。前世の記憶を取り戻し、最期の望みを取り戻すのか。それとも、前世を別ち、今を生きるのか。』
微笑むイルミナの顔から悪意の感情は全く感じない。こっそり無詠唱で発動している探知魔法でも敵意は感知していない。ただ純粋に、私に委ねているだけなのだ。
『…但し、ひとつだけ。』
「なんですか?」
『それを思い出せば、あなたは後悔するかもしれません。少なくとも、今の生活には戻れなくなる…。あなたは、過去のあなたと今のあなたの狭間で苦しむことになるでしょう。』
その忠告が何を意味するのか、私にはわからない。だって、そもそもの選択肢がイーブンでないのだから。かたや全く変化のない今の私、かたや全く覚えていない未知の私。わからないものを選べと言ったって、リスクが高すぎる。それもこの女神様の話から想像するに、決して知ることで良い変化があるとも思えないのに。
だけど、だけども。私はたぶん、知ることを選んでしまう。興味本位ではなく、本能的に。その証拠に、私はもうそれを音として発してしまった。自分でも止められない衝動。これまで17年生きてきて、初めての現象。考える間もなく、身体が反応するだなんて、こんなの初めてだった。
『…本当に良いのですね?』
女神イルミナは念を押す。私の目をじっと見つめる。昔、こんなクイズ番組があったな。どのもんたか、忘れてしまったけれど。
「女に二言はありません。それに、ずっと何かが足りないと思ってたんです。心から、何かがすっぽりと抜け落ちてしまっているような…。それが取り戻せるなら、私は覚悟を決めます。」
『…わかりました。あなたに女神の加護があらんことを。』
イルミナ神は私に差し伸べた手を180度回転させ、その掌を私の額付近にかざした。と思うやいなや、金色に輝く光が私の頭部を照らす。…あっ、なんか入ってくる。んっ…。
同時に紫の光が私から溢れだす。漆黒にも見える、限りなく深い紫だ。ああ、この感情。思い出した。そうだ、私はこうだった。先ほどまでの私はどうかしていた。仮初の日常に現を抜かし、あまつさえ平穏な暮らしに幸せすら感じようとしていた。
なんと、滑稽か。
馬鹿馬鹿しい。私は、私の幸せなどどうでもいいのだ。ただ、奴らに復讐することができれば、それでいいのだ。
そうだ。せっかく転生して生を得たのだ。しかも、目の前には転生させた張本人がいる。彼女に頼んで、元の世界に帰してもらおう。そして、あいつらに復讐を…。
『それはなりません。』
「どうして?」
『いくら私といえど、一個人の希望を叶え転生させるなど許されていません。』
「私をこんなにしたのに?」
『それはあなたの意思。あなたが選択したことです。』
「あなたがこの感情を、記憶を消したのに?」
『私は、あなたに幸せになってもらいたかった。』
「黙れ…!」
魔法で水の剣を生成し、それを女神に突きつける。
「黙って元の世界に帰してくれれば、それでいい。私は強いよ?たとえ女神様であっても容赦はしない。」
『…浅はかな考えは捨てなさい。あなたでは私に勝てない。それに、元の世界に戻ってもあなたの願いは叶いません。』
「叶わない?どうして?」
『復讐の相手は皆、既に存在していないからです。確かに、あなたの犠牲を以て召喚された勇者の手により、かの国は戦争に勝利しました。しかし、その戦いの中で、あなたを手にかけた魔術師は戦死。国王も、戦争を招いたことの責任を追及され国内の反乱軍の手によって暗殺されました。』
「だったら、勇者は。」
『勇者もまた、役目を終えたことでかの国には不要とされ、元の世界へ戻りました。』
「なら、その勇者のいる世界でいい。そこに…」
『それもできません。』
「どうして?」
『勇者の戻った世界…。それは、あなたが今いるこの世界ですから。』




