茅水封理という女
…また、つまらぬ者を振ってしまった。
―私の名前は、茅水封理。16歳。ラベーヌ高等魔術学校、略してラベーヌ高校に通う2年生だ。こう見えて自他共に認める絶世の美女で、頭脳明晰。かつ、運動神経抜群。魔法も苦手分野なく扱える、いわゆる才色兼備のスーパーハイブリッドタイプだ。特に記憶力なんかは抜群に自身がある。なんといっても産まれた瞬間からのすべての記憶を覚えているのだから。産まれた瞬間のママの叫び声、怖かったな。今の優しいママの姿からは想像できないほどの絶叫で、もはや記憶のほうを疑ってしまったくらいだったのだから。
さて、冒頭に戻るけど、私はこの類稀なる美貌なので、ぶっちゃけビックリするくらいモテる。道を歩けば、男は例に漏れず私のほうを振り返る。女は嫉妬の炎を燃やし、私に決闘を申し込み、そして呆気なくその炎ごと鎮火される。モテすぎるというのも良いことばかりじゃないのだ。ていうか顔目当てで近寄ってくるやつなんて、正直お断りなのだけど。つい今しがた告白してきたやつも、ありきたりな「一目惚れでした!」なんてセリフでアプローチしてきたけれど、一刀両断してやった。ついでに金縛りの魔法もかけて放置してやった。だって、この男半年前にも同じセリフで告白してきたから。ちょっと擬態魔法で整形して髪型を変えたくらいで、この私は誤魔化せない。こちとら、これまで告白してきたすべての男を覚えているのだから。
だけど、これだけ全部覚えているのに、何か大事なものが胸の奥からごっそり抜けている気がする。とてつもなく、大切なこと。でも、思い出してはならないようなこと。胸の奥にぽっかり空いた穴が埋まることなく、もうすぐ17歳を迎えようとしている。大人になって、素敵な人に出会えれば、この穴は埋まるのかな。
「茅水封理!決闘を申し込むわ!」
言ってる傍から、また嫉妬の炎に駆られたつまんない女が一人。仮に嫉妬の魔女Aとでも呼ぶとして、さて、どうにかして戦わずに帰れないだろうか。私も暇じゃないし。
「けっとう?血糖値は正常ですわよ、ほほほ。それでは。」
「待ちなさい!誰が健康管理の話をしてるんですの?私はあなたに決闘、そう魔法の勝負を申し込んでいるのです。」
…面倒くせー。お嬢様キャラっぽい喋り方。そして、見え隠れするプライドの高さ。私の一番苦手なタイプだ。この世は持っているモノで勝負し、勝ち残っていくしかない。平和な現代においても、「持っている」者がやっぱり強い。私は、幸運にも様々な要素に恵まれたので、自分の力でこの汚い世の中を戦い抜いていける。だけど、こういったお嬢様の類は、親の権力で威張り散らかし、その実、自身の能力なんて大したことがない。なんてパターンも多い。たとえ英才教育を受けていても、血筋が良くても、本人に資質がなければそれまでだ。それでも、たとえ親の「持っている」ものであっても。それが充分に効力を発揮するぶん厄介なのだ。幼稚園児にピストルを持たせるようなもの。使い方もわからないのに、危険だよ。
「何をごちゃごちゃ言ってますの?攻撃しますわよ?」
変身シーンなどを待ってくれるのが敵キャラのある種のマナーだと思うけど、このお嬢様はしっかりわきまえてるみたい。さすが、育ちだけは良い。
仕方なく、決闘のルールに則り手を胸にあてる。互いが向き合って胸に手をあて、5秒数えたら決闘の開始だ。開始と同時に相手に向かって手をかざし、魔法の詠唱を始める。…普通ならね?
5秒の後、私はおもむろに胸に当てていた手と反対の左手をかざし、そのまま水属性の魔法放った。水流が渦巻き、相手に直撃する。うん、良い感じにびしょ濡れスケスケでセクシーお嬢様の出来上がりだ。
「な…あなた、なんで…。」
「なんでって、私左利きだし。」
「そうではなくて!」
わかった、わかった。皆まで言うな。何で無詠唱で魔法をいきなり放ったかってことでしょ?その疑問はみんな一度は通る道。決してあなたが無知な訳じゃないわ。
正直に言うと、厳密には無詠唱ではない。心の中で事前に詠唱していただけ。まあ、私レベルになれば、心の中でも詠唱というよりはイメージするだけで放てるので、実質無詠唱みたいなもんだけどね。
「卑怯ですわ…!」
「卑怯じゃないです、才能です。才能がない自分を恨んでください。じゃ、私はこれで。」
また無駄な勝負をしてしまった。争いは好きじゃないのに。平和主義の私には、この日常は憂鬱すぎる。
…そう、思えていたのは今思えば幸せだった。それは束の間の、人として生きた日々だった。17歳の誕生日、すべてを思い出してしまうまでの―…。




