なんと言ったらいいか
「…この度は、なんと言ったらいいか…。」
泣き疲れ腫れた目を手のひらで覆いながら、曖昧な意識のなか、私はその言葉を聞いた。
何と言ったらいいか…。それは、私にもわからない。状況が理解できない。ただ、心のままに止めどなく、枯れ果てるまで涙は流れ続けた。しばらく経って、少し落ち着いた今になって漸く、私はひとつだけ理解できた。…また、私は何もできなかった。勇者を殺すと言いながら、仲間すら守れず、命を失う覚悟すら持てていなかった。―…痛感させられた。
「いやに人間くさいですわね。らしくないですわ、茅水封理。」
慰めのつもりだろうか。リスティはずっと傍に寄り添ってくれている。
「…先輩、大丈夫?」
そられも時折心配そうに顔を覗き込む。皆が、私のことを気遣ってくれている。
「そりゃ、そんな姿見せられたら心配もしますわよ。いつもみたいに、掴みどころなく自信満々にしていてくれないと、こっちまで調子が狂いますわ。」
「…心配してくれてるの?ありがと。」
「嫌に素直ですわね…。気持ち悪いですわ。」
「…本当に、この度はなんと言ったらいいか…。」
「あなたも、そればっかりですわね。別にあなたは悪くないですわ。むしろ、よく耐えた。偉いですわよ、安久慧リノン。」
「だってぇ…。私がヘマしたせいでフーリ先輩がぁ…。」
「…リノンまで泣かない。そられは明るいのが好き。」
…そう、リノンは助かった。あのあと、私は金髪イケメンに従わず、ここ『みゃ』に引き返した。イルミナパイセンがいるからだ。パイセンなら…、女神様なら。きっとリノンを助けられる。そう思ったから。結果として、それは正しかった。パイセンはあっという間に治療を終えた。傷痕ひとつ残さずに。…残ったのは、私の罪悪感だけだ。パイセンにあっさり敗けたときも、今日の予選も。そして、さっきリノンが襲われたときも。私は何もできなかった。私は、口だけだ。私は、弱い。無力だ。
「…聞きました?この人、自分のこと弱いって言ってますわよ。」
「そうですねー。私に勝てないのは仕方ないですけど、充分に強い部類なんですけどねー。さっきも咄嗟に私のところに連れてくる判断ができたり、立派だと思いますけどー。」
「…そう、先輩はすごい。」
「私の襲撃も平気でしたしねっ!」
「…あれは、リノンが下手なだけ。」
「なんでよっ!」
こんなときでも平常運転のメンツには悪いが、私は相当に落ち込んでいる。自分がそこそこできると自負しつつ仲間と楽しく生きる私と、これほどまでに無力と実感しつつも復讐を成し遂げるために心を殺し続ける私。ふたりの私が共存し、精神が乖離しそうだ。
「随分とお悩みですねー。」
パイセンが私の顔を覗き込み呟く。顔が近い。
「ま、リノンちゃんも無事でしたし、今日のところは結果オーライってことにしませんかー。明日も早いですし、今日はもう休みましょう。」
「しかし、助かったとはいえ襲撃されたんですわよ。今から夜道を帰るのは些か危険ではないですの?」
「それもそうですねー。…じゃ、こうしましょう。今日はみんなでこのお店に泊まらせてもらいましょう!…店長さん?構わないですよね?」
「…もちろんや!布団も用意させてもらいます!」
「うふふっ。ありがとうございますー。」
女神様に忖度せんとばかり、店長は寝床の手配に向かう。
「…そられ、準備手伝う。」
「あっ!私も手伝いますっ!」
「…リノンは死にかけたんだから休んでて。」
「動いてたほうが気が紛れるの。だから行くっ!」
無事だったとはいえ、リノンもメンタルに負った傷は相当なものだろう。それでも、なるべく普通に振舞おうと頑張っている。私なんかの心配までしてくれて…。良い子だな。それに比べて、私は…。
「茅水封理。ちょっと。」
リスティに連れ出され、店の外に出る。夜風の冷たさが、今は心に染みる。
「…大丈夫ですの?そんな姿のあなたを見るのは…二度目でしたわね。」
そうだった。私が前世を知ったときも、リスティは傍に居てくれていた。
「また、一緒にお風呂に入ってくれるの?」
「…冗談が言えるあたり、思ったよりは大丈夫そうですわね。」
「リスティが傍に居てくれるからね。」
「変なことを言わないでくださいまし。まあでも、それなら逆に聞きやすいですわ。…さっきの今で申し訳ないのですけれど、今回の件、心当たりとかはないですの?」
事の顛末を話す。もちろん、心当たりがないことも踏まえて。
「なるほど…。確かにその男の方が助けてくれなければ、危なかったですわね。」
「うん。そういえば、お礼言えてないや…。」
「顔は覚えてますの?」
「…なんかイケメンだったと思う。かっこよかった。」
「あなたが異性にそういう評価を下すのは珍しいですわね。しかし、気になりますわね。何故安久慧リノンが狙われたんですの?それに、入見実那先輩が言ってたことも引っ掛かります。」
「リノンに残ってた残滓のこと?」
「ええ。今までに見たことのないような魔法の残滓を感じた、と。…茅水封理。心当たりがないのなら、より一層気を付けたほうがいいですわ。今回はたまたまリノンだっただけかもしれない。大会中ですし、私たちが皆狙われていると思ったほうがいいですわ。」
…確かにそうかもしれない。だけど、次に同じようなことが起こったとして。私は仲間を守れるのだろうか。私が死ぬぶんには構わない。どうせ一度死んでいる。二度目の今世だって、復讐に駆られて生きるくらいなら死んだほうがマシなのかもしれない。それに、前世を知るまでの幸せなボーナスタイムだって過ごすことができた。ここで復讐を成し得ず死んだとしても、悔いは残らないかもしれない。だけど、仲間が死ぬのは別の話だ。私の大切な人を守れないのなら、生きている意味も価値もない。…私の油断で、二度と仲間を傷つけたりはさせない。
「リスティ、お願いがあるんだけど。」
「…わかりましたわ。茅水封理、あなたの判断を尊重します。」




