模擬戦
「転校生の入見実那、三年生です☆」
翌日、生徒会室に駄女神を連れて行くと、皆の顔が固まった。そりゃそうだ。いくら人材不足とはいえ、誰も転校生を転校初日に連れてくると思うまい。しかも、中身は置いといて外面は文句なしの美少女だ。おまけにどうあがこうとも隠せない溢れんばかりのオーラみたいなものが滲み出ている。リノンなんて既に無意識のうちにひれ伏しているではないか。
「女神先輩とフーリ先輩のツーショ!僥倖!尊い!ははーっ!」
…なんなんだよ、こいつは。しれっと女神先輩呼びしてるし。早速身バレしてんじゃん、イルミナパイセン。
「うふふー?女神だなんて嬉しいですー。ぜひ、推しにしてねっ。」
どういうキャラで行くんだ、イルミナパイセン。ていうか最初に会ったときは女神らしかったのに昨日今日となんなんだ、その間延びした喋り方は。
「女神だってお仕事モードとプライベートを使い分けたりするんですよー?」
耳元でぼそっと囁かれる。くすぐったい。なんだよプライベートモードの女神って。
「茅水封理。そちらの女神様…じゃなかった、麗しき転校生殿をどのように口説き落としたのですの?まさか、あなたあらぬ嘘でも吹き込んで…。」
「私がそんなことするように見える?」
「見えるから聞いてますわ。」
「普通に声かけただけだよ。リスティも言ったじゃん。私には人を惹きつける魅力があるって。それじゃない?」
「そうですねー。フーリさんには魅力があります。だから着いてきちゃいましたー。」
「…!ずるい!フーリ先輩は私のです!」
「…違う。私のもの。」
誰のものでもねえよ。私の心は勇者のものだ。もっとも、殺すという歪んだ想いだけどね。
「みんなして茅水封理を取り合うのはやめなさい!第一、茅水封理は私が見つけてきたんですわ!」
「リスティ…嫉妬?」
「だからー!」
イルミナパイセンの加入で一層騒がしくなった生徒会室。この代表メンバーで今後代魔会を戦い抜いていくことになる。こうしてチームワークを高めるのも良いことだろう。ま、私にとって勝ち負けは二の次。例の光の戦士と出会えれば、まずは目標達成なのだから。
「えっ?入見実那先輩、光の魔法が使えますの?」
パーティメンバーのバランスをやたら気にするリスティの質問に、イルミナパイセンはしれっと答える。
「ということは、ご実家は医療系か聖職系?」
「そうですねー。強いて言うなら聖職系?」
バリバリのな。ただし、祈られるほうだけど。でも、いいのか。そんなに正直に答えて。正体バレないか?ポンコツ駄女神なんだから。
「フーリさん!ひどいです!」
「…女神先輩、フーリ先輩は何も言ってない。」
「あ、そっか。しまったしまった。」
ポンコツめ、勝手に心読んだうえに自爆しかけやがって。これで戦えなかったら戦力外通告だぞ。
「むー。フーリさん。なんか私のこと甘く見てません?」
「女神先輩!フーリ先輩何も言ってないですよっ!」
「言ってなくてもわかるんです!フーリさん!私と勝負しましょう!」
「入見実那先輩!出場者の私闘は…」
「私闘じゃありません!模擬戦です!もちろん、みなさんにも私と戦ってもらいます!」
「そういうことなら仕方ないね。ちょうど私もパイセンと戦ってみたかったし。」
そう、前々から戦いたかったのだ。個人的にはこの駄女神にも恨みはある。復讐のいいチャンスだ。
学校の敷地内にあるコロッセオに移動する。この世界にはいわゆる運動場みたいなノリで、当たり前のようにそれが校内にある。もっとも、基本用途としてはほぼ運動場で、そのほか、魔法の実技の授業などで使用される場所である。
「こう見えて、私強いんですよー?さ、誰から戦います?」
「もちろん、私。」
連戦させて疲労したところを仕留めるほうが確実かもしれないけど、趣味じゃない。ここは真向から倒させてもらう。
所定の位置につき、互いが向き合う。胸に手をあて、5秒数える。…さあ、復讐の始まりだ!
開始と同時に無詠唱で水球を放つ。と同時に、反対の手で水の剣を生成し、一気に距離を詰める。水球を弾いたところに一太刀を入れる、そういう算段だ。
「これが、フーリ先輩の無詠唱…!」
水球がイルミナに直撃する。すかさずそこへ剣を振りかざす…!
…決まった。女神も大したことないな。
「どこを狙ってるんですかー?」
…背中から声が聞こえる。バカな。なんでそこにいる。
「そんな単純な攻撃、当たらないですよー?」
慌てて距離を取る。水の剣を生成しなおし、向き直る。おかしい、確かに当たったはずだ。感触はあった。
「じゃ、次はこっちの番ですね?フーリさん、気を抜いてるとー…死にますよ?」
イルミナの目つきが変わる。女神がしていい顔つきではない。と思うやいなや、右肩から血が噴き出す。痛い。何故だ。何をされた?
「気を抜いちゃダメですよー?私、忠告しましたよね?」
イルミナは微笑む。その微笑みを脳が認識する頃には、今度は左の太ももが出血した。思わず片膝をつく。くそぅ…。
「私を殺したいんでしょう?復讐したいんでしょう?だったら、もっと真面目にやってください。あなたはそんな程度なんですかー?」
「お前…何をした?」
「何って、魔法ですよ。あなたと同じ無詠唱です。」
「入見実那先輩も無詠唱使いですの?」
「…すごい。いつ発動したか全くわからなかった。」
「私たち、あの女神先輩と戦うの…?」
イルミナの強さに驚いているところ悪いが、私の出血量にも驚いてほしい。結構おびただしい量を垂れ流している。
「フーリさん?本気出してください。じゃないと、私があなたを殺しますよ?まあ、それも私の責任の取り方としてはアリかもしれませんし。」
くそ…。こうなったらアレをするしかないか。まだ隠し持っていたかったけど、この血を止めるにはもう出し惜しみはしていられない。
ふう、と息を吐きだし精神を統一する。集中を高めなければ上手く制御できないのだ。ゆっくり、ゆっくりと呼吸する。それに呼応するかのように水の剣が少しずつ冷たく、硬くなっていく。やがて、水は凍結し氷の剣となる。
「…氷の魔法。フーリ先輩、ドライすぎ。」
そられの言葉は今は誉め言葉として受け取っておく。ともあれ、これで出血は止められた。しかし、凍らせた身体に空いたふたつの穴はそう長くはもたない。できれば、次の一撃で決着をつけたい。
私は立ち上がり、氷の剣の切先をイルミナへ向け構えなおす。そして、次の刹那。イルミナへ向かう一直線上の水分を凍結させ、氷の直通レールを生成する。私はそのうえを滑って突撃した。とてつもない速度で。
…キン、という甲高い音が鳴る。確かに打撃感はあった。しかし、この手ごたえは…。
「…ここまでですね。ちょっと残念ですー。」
私の最後の一撃すらイルミナに傷をつけることはできなかった。…私は自分のことを強いと思っていた。でも、実際女神相手に何もできなかった。仮にも復讐の対象の一人なのに、だ。私の想いはこんなものか。覚悟はこんなものか。私は、弱い。
頬を雫が伝う。溶けた氷の雫か、それとも私の涙か。なぜこんなにも、悔しいのか。
「それは、あなたが人間だからですよ。フーリさん。」
人間…?私は、まだ人間でいていいのか?
「でも、ごめんなさい。とどめ、刺しますねー。」
…そのセリフを最後に、私の意識は消滅した。おそらく、肩や太ももと比較にならないほどの孔が、腹に空いたのだ。茅水封理、17歳。前世から通算して、34歳。これが、私、フーリの復讐を目指した物語の結末だ。何も成し遂げられなかった、哀れな女の結末だ。もしまた生まれ変わることができたなら、今度こそ自分の幸せのために人生を過ごしたい。薄れゆく意識の中で、私は最後にそう思った。




