たまには人型になったりします。
「流石に二発目はなしですか。」
カイは、苦笑しながら抱擁を解いたが、まだネフィルと繋いだ手を離そうとはしない。
それもそのはずで、2人の足元に地面はなかった。
果樹園のあった場所は跡形なく吹き飛び、あとには直径50メートルを超えるクレーターが形成されていた。2人はその巨大すり鉢構造の中心あたりに、ポツンと浮かんでいたのだ。
カイが展開した不可視のシールドに包まれた状態で。手を離してもネフィルが落下する恐れはないのだが、シールド内で姿勢制御するのは別の問題なのだ。かなりの慣れが必要である。
「カイ、あなた、その姿って…」
呆然としていたネフィルがやっと口を開いた。
「ああこの服装ですか。」
カイは自分の身なりを見下ろした。
白と金を基調とする、第一礼装である。
近衞の精鋭であることを示すこの礼装は、通常の連邦軍の礼装とは違い、かなり古めかしい。
身頃両サイドの切り替え部分には、紫のシルクで刺繍が施されていた。これは彼が仕える主人にちなんだ色である。
「似合いませんか?これは、ウチの隊の礼装ですが。」
「似合ってるけど、アンタ、猫でしょ?まさか猫の軍隊とかあるの?」
「いえ。猫じゃないです。人間でもないですけど、ボクは近衞なので、式典に参加する時は人型じゃないと。」
カイは淡々と答えながら、たった今ネフィルを標的として発射された武器の弾道解析を終えた。衛星砲である。無人衛星から発射された有質量弾だ。
解析終了と同時に、周回軌道上でその衛星は音もなく爆発、四散した。自爆装置に実行信号が送られた結果だが、それを送ったのはカイだった。
軌道上の他の軍事衛星が同様の運命を辿ったのは、ついでである。
自爆装置が故障している衛星については、他の衛星から攻撃し無力化した。
リスにアンチマテリアルライフル。
人間に衛星砲。
〝どこまで悪趣味なんだ?
こういうのは、好きになれないな。〟
「ネフィ。これからお伝えすることは、あなたにとっては少し荷が重いかも知れませんが、聞いていただけますか?」
2人は、かろうじて無事だった、神殿の屋根の一部に着地した。
シールドは維持している。
ネフィルならば感知できているだろう。
「何で私が狙われたかってことだよね。」
ネフィルは青ざめてはいたが、そういう声は比較的落ち着いていた。
「話して。私に関することなら知らなきゃ、でしょ。」
カイは頷いた。
プラチナ色の頭髪がサラリと揺れる。
よくアンドロイドと間違われる、無表情かつ中性的な容貌だが、これでも士官学校の2年間は、人間のフリを貫いた。
決して楽ではなかったが、それはご主人様の命令であり、やり抜いたことがカイの矜持でもある。
「ガイロアの侵略とされる事象は、この神殿を擁する勢力の陰謀です。」
陰謀と呼ぶ価値もないが。
「え?だって、それでこんな大変なことになったんじゃない?何でリナクサス教がそんなことを?」
リナクサス教とは、この神殿はじめ多数の神殿を展開する、一大宗教だ。
この国だけじゃなく、さまざまな国に古くから布教を行い、現在世界人口の15%が信者とされている。
ネフィルが育った孤児院もリナクサス教の外部組織だ。
「あなたは、お母様をご存知ないと仰いました。行方不明だと。」
「?うん。私を産んですぐ逃げたって。」
「その方は、多分もう生きてはいらっしゃらないかと。」
「…ど、どうして…?」
「あなたが皇帝たちによって、意図的に作られた存在だからです。つまり、恋愛とか性欲とかとは関係なく、人工生殖に近い方法で。」
リドリー・ガレ。
カイが、皇室の研究機関に所属していた、その魔法師の名に行き当たったのは全くの偶然だ。
膨大な写真や動画データを流し見していた時に、ある大学の卒業写真の中に見つけた顔が発端だった。
〝似てる、ネフィに〟
名前、卒業年度、専攻、出身地はすぐに調べがついた。その先が不自然なまでにデータ不足だったのだが、それがかえってカイの注意を引いたのだ。
膨大な情報に隠された事実を暴くことこそ、情報分析官の本分である。
廃棄された人事ファイルを復元して、カイは彼女が皇室の研究機関に在籍していたことと、突然の退職、更にはその後ぷっつりと消息が途絶えたことを知った。
「お母様は、とても優れた魔法師でした。そのことが逆に不幸を呼んだとも言えるでしょう。」
「…どういうこと?」
「鍵です。」
「か…。」ネフィルは、言いさして口を閉ざした。柔らかなピンクの唇がきっと結ばれ、眉間に深い縦皺が刻まれる。
何ごとかに思い当たった表情だ。
ネフィルはきちんとした教育は受けていないかも知れないが、聡明な女性であることは最初からわかっていた。
「時空の扉を開く鍵。それを創り出すための素材として目をつけられた。そういうことです。」
カイはその女性、リドリーに何が起こったかについてはかなり具体的に推測していたのだが、内容を口にするのは憚られた。
ネフィルに知らせるべき情報ではない。
カイの世界で大戦が終わったのはほんの数年前のことである。今もまだ戦後処理が続いていて、惨禍の記憶は生々しい。
直接戦闘には関与していないものの、カイも軍人だから、戦時中に行われたおぞましい行為の数々を熟知している。
人間というものがどこまで残虐になり得るか、そこには覗き込むほどに底の見えない、暗黒領域が広がっているのだ。
ネフィルの父の勢力が素材として欲したのは、優れた魔法師の遺伝情報とあと一つ。
生命の危機に晒された生命体の、生存に対する本能的欲求。それが加わることで、彼らの望む成果が出やすくなる。
だから被験者とされた女性は、死ぬまで恐怖と苦痛に苛まれ続けたはずだ。
例えば四肢が欠損しようとも、眼球や皮膚が焼かれようとも、卵子と卵母細胞が無事なら実験に支障はない。
母体からそれらを取り出し、人工授精すれば事足りるのだから。
ネフィルという成功例を見るまで、どれほどの〝失敗作〟が人知れず生まれ、消えて…いや、消されて行ったのだろうか。
「お母様は、あなたの存在をご存知ないまま亡くなったでしょう。あなたそっくりの美しい方でした。」
アクアマリンの瞳が、カイを射抜くように強く光る。
「写真とか…あるの?」
カイは頷き、ネフィルの前にスクリーンを構築した。ゲームのシステムウインドウそっくりのデザインは、実在のゲームから借用したものだ。
写真データは卒業式のものを使用した。背景は処理して、リドリーのアップを映し出す。
ネフィルは無言で、食い入るようにスクリーンを凝視していた。
「お名前はリドリー・ガレ。ナビシャン地方の出身で、ご両親を早くに亡くされたようです。ウェルタンアカデミー出身の魔法師で、特待生でした。成績と教授陣のコメントを見る限りとても優秀な方ですね。」
「他に家族は?」
「祖父母に育てられたようてすが、お2人とも既に他界されていますね。近親者は誰もおられないようです。」
「そうなんだ。何か変な気分。全然知らない人なのに、こんなにそっくりじゃ間違いないもんね?」
泣き笑いみたいな表情で、ネフィルが言う。
「ねえ、このデータくれる?私にとっては他人みたいなもんだけど、私以外にこの人のこと、覚えてられる人は居ないかもだから。」
カイは頷いて、ネフィルを抱きしめた。
今はそれが必要だと感じたからだ。普段なら絶対に取らない行動だったけれど。
一瞬、身体を硬くしたネフィルだったが、次の瞬間にはカイの胸に顔を埋めて、声なく泣いていた。
何のために泣くのか、それはネフィルにも分からない。
自分の境遇のためなのか、悲劇的な死を迎えた見知らぬ女性のため、それとも、ロビーのためだったのか。
ひとしきりそのままカイに縋り付くようにして、ネフィルは身動きしなかった。
それから彼女は、グイッとカイから身体をもぎ離した。
アクアマリンの目はまだ濡れていたけれど、口元には微かな笑みが浮かんでいた。
「なんかさ。あたまの中グチャグチャだ。こんなんじゃダメだよね。」
カイは首を横に振る。
「あなたは強い人です、ネフィ。」
「あはは!強くなきゃ生きて来れなかった。リナクサス教の孤児院なんて、そんなもん。…だけど、どうしたらいいの、これから。働き口とか探す前に、生き残んなきゃだけどさ。」
ネフィルは、果樹園のあった場所と、半分以上吹き飛んだ神殿を見下ろしてため息をついた。爆発は神殿の裏手で起こったわけだが、爆風は建物内部を貫通して正面のドアと大部分の壁を吹き飛ばしていた。
これで生き延びた者がいるとは思えない。
実際、ホコリが収まっても、何も動くものは見えなかった。
「ボクに考えがあります。」
「え?」
ネフィルが振り向いた。
次回も宜しく!




