これ、知らん顔したらダメですか?
〝だけどさ。
何だか話が大きくなりすぎてない?
ボク、遊びに来たんだよね。休暇中だし。
美味しいものを食べたら、こんなややこしい世界とはサヨナラしたかったのに、これでは難しそう。
だって、ボクがいなくなればネフィは多分…。
それ、後味が悪すぎるよ。
ボクは所詮通りすがりの猫だもん。この世界がどうなろうと構わないはずだけどさ、この陰謀が進む道には、まだまだ多くの犠牲が積み重なるのはわかってるんだ。
これを計画した連中はもう止まらない、いや、止まれない。賽は既に投げられてしまったのだから。
目的はどうせ、金か権力なのだろう。
だから既に幾つもの危ない橋を渡り、少なからざる資本を投下したはずだ。
愚かすぎて言葉もない。自分たちが何をやらかしたかまだ気付きもしてないなんて。
それから、対ガイノア結界だって?
笑止だね。
ガイノア侵略からまだたった2週間しか経っていないのに、この程度のテクノロジーで、それに特化したシールドを構築したって?
あり得ない。そんなこと、この事態を招いた側でもなければ、出来るわけないよね。
思わず笑ってしまうほどのご都合主義。
何か企むなら、頼むからもう少し緻密にやれって言いたくなっちゃうよ。
つまり。
この神殿を擁する勢力こそが黒幕だってこと、わからない方がどうかしてる。
まあだけど、そんな小さなことはどうでもいい。
問題は、このままではこの惑星の全てが滅びるという事実だ。
カイは、神殿のシールドの解析を通じて、この世界と自分の世界との成り立ちの違いに気付いていた。
カイの世界にある魔法や魔術、呪術のたぐいは、通常テクノロジーとは別物と扱われているが、ここでは違う。
テクノロジーそのものに幾らか魔法的な要素が組み込まれているのだ。これはこれでなかなか興味深い。
しかしあまり長居する場所ではないようだ。カイの好みからして、冷徹な理論と正確な演算のかわりに、職人芸とか個人の素質がどうとか言われてもな、というのが正直なところである。
名人の技には敬意を払うカイだが、安全保障に関することや生活に深く根ざしたテクノロジーについては、確実性と再現性は必須と考えずにいられない。
名人の手並みを頼らずとも、誰にでも安全確実に利用できてこその技術であろう。
検索してみたら、魔法師だの結界師だのと専門分野に特化した技能職があって、それなりにエキスパートとして幅をきかせてるみたい。
今回の件にも、多くの専門家が絡んでいるだろう。専門家は、自分の専門についてはプロフェッショナルかも知れないが、果たして全体が見えているかは疑わしい。
無論、彼ら職能集団を使役している側だって、全体像など見えているはずがないのだ。
だから、こんなことになったのに、まだ誰も気付いてすらいないなんてね。
思わずため息が漏れた。
カイは、何度も繰り返し解析を行ったが、結論は変わらない。
このままではこの惑星は滅びる。確実に。
〝ボクの解析だけじゃ不安だしなあ。でも、休暇中だし。
まあいいか。解析に多少のミスがあったとしても、結論は変わらない。滅亡する範囲が僅かに変わる程度だから。〟
後は、被害をどう最小限にとどめるか、それが大問題だよね。
「んー、それにしても、んまい♡」
カイの声に、ネフィルがギョッとした表情を浮かべた。
「ち、ちょっとカイ、聞こえちゃうよ?」
2人は今、神殿の裏手にある果樹園にいた。ここから少なくとも2台のカメラが見える。通常の監視カメラで、隠蔽はされていない。
果樹園はさほど広くはないものの、美しい場所ではあった。
実りの季節だから、綺麗に手入れされた果樹のあちこちには、たわわなフルーツが実っている。
赤、黄、緑のブドウみたいなものや、どこか瓢箪を思いださせる形の真紅の果実、青く透き通るゼリー状の果肉を持つ、クラゲみたいな奇天烈な形のものまで、初めましてが目白押しだ。
カイにとっては正にパラダイス。
「心配いりませんよ、ネフィさん。ここのシステムは今、ボクの支配下にありますから。」
カイは長〜いさやインゲンそっくりの果実をためつすがめつ、のんびりと答えた。
〝これ、どっから食べるのが正しい?〟なんて、絶賛悩み中なのだ。
カイが人知れず支配下に置いたのは、この神殿の監視システムだけじゃないが、まあそんな些細なことより、目の前の果物の食べ方が大問題である。
「支配って、それどういうこと?」
「例えば今から、ボクとあなたがダンスしながら愛を語ったとしても、誰もそれを認識出来ないってことです。」
「…はい?意味わかんないんだけど?あ、愛ってあのー?」
「あー、つまり、何をやっていくら騒いでも大丈夫ですってこと。ん?顔が赤いですよネフィさん?熱は、と?」
カイは赤外線をざっと見て、発熱はなさそうなことを確認した。
「それより、コレどうやって食べたら?」
「あ、ああ!シラミキアね。それ、下半分を食べるの。上の方は少し苦味と毒があるから気をつけてね。」
「そうなんだ。変わった果物ですね。」
「でも美味しいわよ。私は好きかな。」
「なるほど。」
カプリと一口噛んでみて、カイは頷いた。
「確かに好きな味です、ボクも。」
「でしょでしょー!」
果実は見た目と違い、桃の香りとマンゴスチンに似た食感を持っていた。豆の鞘みたいに丈夫そうな皮は見た目よりずっと柔らかく、中の白い果肉部分と一緒に食べられる。満面の笑みでもう一口、味わおうとしたカイだが、悲しいかなそれは無理みたいだった。
「ネフィ!」
カイは叫ぶと同時に人型をとる。
猫の姿の方がしっくりくるけど、今は致し方ないのだ。
変身したカイの姿を見たネフィルが、大きな目を更に大きく見開いて固まるのを視認しつつ、カイは彼女を抱きしめて、シールドを展開した。
神殿の中の連中までは知ったことか。
「か、カイ?」
「少しの間、ボクから離れないで、ネフィさん。危険ですから。」
言い終わると同時に、世界が弾けた。
周囲の全てが白く溶けて、視力を奪う閃光が閃く。
一瞬遅れて轟音が大地を揺るがした。




