都合の悪い存在
殺された…?
穏やかでない発言である。
しかし、ネフィルは冗談を言っているようには見えなかった。
生き生きと透き通るアクアマリンの瞳が、今はガラス玉めいて、すっかり凍りついているのだ。
「ロビー・ターセルは、同じ教会の孤児院で育ったの。でも、13になってすぐ出て行っちゃって。あ、養子に行ったんだ。養親は、いい人たちみたいだった。ロビーはさ、私と違ってアタマよくてね。学校にも通わせてくれてるって、俺ラッキーだって…。」
それから彼女は言葉を切って、虚な表情のまましばらくぼんやりしていた。
カイは急かすことなく彼女の次の言葉を待った。
言いにくいことなのだろう。
「…私は皇女には違いないらしいけど、初めて公式に認められたのは、去年なんだ。いきなりどっかの役所の人が来て、一緒に来てもらう、あなたは皇女だから、って言われたんだよね。」
「その頃あなたはどこに?」
「いま言った孤児院。6歳からはそこで育ったから。…私を産んだ人はすぐに私を捨てたらしくて、どこの誰かは知らない。迎えに来た人に、私を産んだ人のこと聞いたけど、名前も知らないみたいだった。それで、変な話だと思ったから断ったのね。それからすぐに、孤児院を経営してた人が死んで、孤児院は解散しちゃったの。小さな子たちは他の施設に行ったけど、私は16歳だったから引き取り手がなくて。他に行き場所がないし。」
奇妙な話である。
カイが知る連邦各国のお家事情は様々だが、皇女と認定するからにはその生母について、公式の書類に記載されていなければならない。
宗教や文化が違っていても、お役所仕事とはそういうものである。いくら実権を持たない皇室とはいえ、一国の象徴たる存在には違いない。その系譜に、どこの誰とも知れない女性から産まれた子が、皇女と記載されるなど、あり得ない話だ。
「なぜあなたが皇女だと分かったんでしょう?長く放って置いたのに?」
ネフィルは首を横に振った。
「DNA鑑定では間違いないらしいんだ。でも、何で鑑定することになったかもわかんない。」
「なるほど…。」
鑑定は確認作業に過ぎない。
ネフィルが皇女であるという前提がなければ、そもそも鑑定は行われないわけだ。
全体が雲を掴むような話である。
「6歳以前はどこに?」
「それが、ほとんど覚えてないんだよね。何だかがらんとした、大きな家かな?家ってよりここに似た感じ?そんな場所にいたかもって位しかわかんなくて。」
「ふむ…。」
カイは思案した。
外因性もしくは内因性の記憶喪失。
つまり、怪我かなんかで記憶を失ったか、あるいは本人が思い出したくないのか。
どっちにせよ厄介である。
シナプスに干渉すればあるいは?
まあしかし、今はそんなことより、差し迫った課題があった。
「あなたを殺そうとしているのは誰です?」
ネフィルは首を横に振った。
「わかんない。でも誰も信用できないのは確かだと思う。私の父親って人も。最初は私に会えて嬉しいってフリしてたんだよね。でも、それは私に利用価値があるからってわかってた。孤児院をやってたオバサンもおんなじ。ほら、私綺麗だから。」
普通なら自惚れとか自意識過剰と言われかねないが、ネフィルの目は凍りついたままだった。単なる事実の認識。
「友達だったんだ。ロビーは。」
「恋人ですか?」
「ううん。ロビーはそうなりたかったみたい。私は違ったけど、でもあんなことになるんだったら…」
出し抜けに、ネフィルはカイをギュッと抱きしめた。それも息が止まりそうなくらいに強く。
〝く、苦しいっ!助けてっ!〟
思わず叫びそうなカイだったが、言葉をグッと飲み込んだ。
ネフィルの喉から低い嗚咽が漏れていたから。必死に抑えても漏れてしまう、微かな声。泣きじゃくるより悲しみが伝わってくるのは何故だろう。
〝この子は、ずっとこうして声を殺して泣いてきたのかも知れない〟そんな考えがふと浮かぶ。
「で、その人は?」カイは静かに尋ねた。
「…殺されたわ。不法侵入で。」
「ここで?」
「ううん、皇宮。5代前までの皇帝は皇宮の敷地内に住居があるの。結構広くて、私はここに来るまでそこに居たんだ。ロビーは私に会いに来て、目の前で撃たれたの。」
実権のない皇帝だが、不法侵入者を即時処刑するにあたっては問題ないらしい。
普通なら侵入者は皇宮警察かなんかに逮捕され、起訴を経て裁判の流れになるはずだが。
〝変だよね。〟
何か歪なものを感じる。
独裁国家ならともかく、普通の議会制民主主義国家である。皇宮侵入程度で即時処刑なんて、有り得ないだろう。
異世界だからか?何かカイが見落とした要素があるのだろうか。
今この瞬間も情報収集と分析を並行して進めているが、カイの世界の人類とここの人類に差異は見つかっていない。社会学や文化人類学、行動心理学、行動経済学、政治学etcどの理論に照らしてもである。
つまり、フツーってこと。
フツーの人々がある局面でどう行動するかは、カイの知ってる世界となんら変わりがないのだ。
そして、ネフィルの言葉が正しいのなら、その少年の死は闇に葬られている。なぜなら検索可能な公式記録に、皇宮に侵入したものが射殺された事件は存在しない。
侵入者の記録はあるが、それら全ては法律に則り処理されているのだ。そして、その中にはロビー少年らしい人物は存在していないのである。
結論。
ロビーという若者が殺された。
射殺した事実を隠蔽したのか?
それとも。
彼を殺したい(排除したい)者が、機会に乗じたのか?
彼の存在が、誰かにとっては不都合だったということだ。
〝少し真面目にやろうかな。ここじゃ、サポートないから手間取るかもだけど。〟
カイは、電磁波を自在に操る能力を持つ。
電磁波、と一口に言うが、実際にカイが干渉可能なのは波動的性質をもつ全てだ。
これには電波、光、音、磁力から素粒子レベルまでが含まれる。
これはとんでもない力だった。
つまり電磁的セキュリティ如きでは、カイの侵入を阻止できない。
彼にとって情報収集とは、手のひらに書かれた文字を読むに等しいのだ。
ネットに接続された機器は勿論、スタンドアローンタイプの軍用コンピュータだろうが問題はない。普通に電磁波を遮断する障壁など問題にもならないし、物理的距離も、この惑星とその周回軌道上の人工衛星くらいまでならゼロに等しい。
この能力こそがカイをして、巨大な国家連合体の軍事情報部門で、最も優れた情報分析官となす所以である。
ただし、彼は生身の生き物だ。
脳の容量には限りがある。
連邦でなら、化け物じみたストレージと解析能力を持つAI〝ラグナロク〟のサポートが期待できたが、ここではカイは孤立無縁である。
さて、ロビー少年が死んだ事件は、ここ1年以内に起きたはずだが、再度検索してもそのような事件の記録はなかった。
単なる事故ならば、何らかの形で事件の痕跡は残る。
そして、行方不明者リストにも彼らしき者の名はない。
これは予期されたことだ。
更に、殺人と隠蔽が目的ならば、ロビーの養親たちの口を完全に塞ぐ必要がある。
ターセル。そんな名前の一家が、火事で焼け死んだ記録がカイの注意を引いた。
アントンとミリアのターセル夫妻と、その子ロビー・ターセル。
やっぱりね。
情報が漏洩したり記録に残ったりすることは徹底して避けたはずだ。ロビー少年が帰らなければ、養親夫妻が騒ぐリスクがあるから、結局はこうなってしまう。
しかし何故、そこまでして、まだ成人すらしていない子供を抹殺する必要があったのか?
それは、ネフィルに関係がある可能性が極めて高い…。
ネフィには、ロビーの両親までが殺されたことは黙っていようと、カイは心に決めた。
次回は金曜日更新です。
またのお越しをお待ちしております。
読んで頂けていることがこんなに幸せだなんて、想像もしていませんでした。
ただ皆様に感謝です。




