浴室にて
神殿の中に入ったカイとネフィ。
ここってどんな場所でしょうか。
「で、アンタのこと、聞かせてよ。」
唐突にネフィルが囁いた。
今2人がいるのは、浴室である。
浴槽にはネフィルと黒猫カイ。入浴中ということは、ネフィルは服は着ていない。
つまり、全裸である。
カイは彼女の立てた膝頭に両方の後肢を乗せて、両前足を鎖骨と鎖骨の間に載せていた。無論、爪なんか立てない。
カイはお行儀のいい猫だから。
そして、なぜこうなったかについては、立派に理由があるのだ。
さっき、ネフィルとともに建物に入り、彼女の私室に到着したカイは、呆れざるを得なかった。
〝盗聴器。それと、隠しカメラ。〟
少なくない数の電子機器の存在を感知したからだ。廊下、出入り口はおろか私室内部にまでそれは取り付けられている。
隠蔽もいい加減だ。
見つけようと思えば、普通の人間でも容易く発見できるものが大半。
〝完全に監視と威嚇目的だな〟
カイは、これで少しだけネフィの立ち位置がわかる気がした。
系図上40人近く存在する〝年頃〟の皇女だが、やはり〝資源〟の一種らしい。外交や、国内での結婚市場で、高値で取引されるだけのポテンシャルがあるのだろう。
しかもネフィルは飛び抜けて美しいから、その点ではアドバンテージを持っていると言えるだろうし。
高く売れる。そういうこと。
スキャニング能力については、気づいた者もいるかも知れないが、彼女自身が申告しない限り正確に評価するのは難しいだろう。
カイが見るところ、ネフィルはごく控えめにしか能力を申告していないようだ。
教育は不十分かも知れないが、なかなか頭の良い娘ではある。
だがしかし、ざっと情報検索をしてみたところ、変身能力者などというシロモノ、現実には存在していないことになっている。
御伽話の類はこの世界にもあるようだが、せいぜいがその中で語られる程度のお話にすぎない。
王子様が呪いで怪物に変えられたりする、そんな類いのファンタジーである。
となると、変身能力の評価は微妙なところだ。
発覚すれば、化け物扱いされかねない。
それに、彼女には他にも奇妙な点があった。そう、とても奇妙だ。
たが、そのことに彼女自身は気付いていないように見える…。
どっちにせよ、ネフィルは、彼女の父親らの勢力拡大のためのカードである。
カードだからプライバシーも人権も完全に無視されているわけだ。
彼女に関する処遇については、彼女の意思など関係ないのだろう。
監視機器の設置者たちも、バスルームにまではカメラやマイクを取り付けなかったのだが、それは彼女の人権に配慮した結果というより、監視の必要がなかっただけのことだろう。
バスルームは部屋の奥にあり、外に面した窓はない。外部から侵入するにはカメラのある場所を通り抜けるしかないから、好ましからざる訪問者を警戒する必要はない。
そんなわけで、カイとネフィは仲良く浴槽に浸かっていたのだった。
「あのう、ボク、一応オスなんですが?」
「知ってる。でも、異種族だもん。なあに?裸だと気になる?アンタはいつもハダカじゃない。」
ネフィルはケラケラと笑った。
「あ、ボクは大丈夫です。仰る通り異種族なので。」
それに、カイはこの状況、慣れてもいる。
カイが守護するお姫様は人間だけど、人間形態のカイが入浴のお世話をしても、全く気にしないから。
だが流石にそれは口に出来ない。絵面がアブなすぎるし、誤解を招きかねない。
いや、誤解するなって方が無理なのは、カイだって承知しているのだ。
「そんなことより、アンタ、どっから来たの?」
ネフィルはカイの両脇に手を入れて、グイっと自分の方に引き寄せた。結果、ほとんど鼻と鼻がくっつきそうになる。
うん、確かに綺麗だなこのひと。
結婚市場で高値がつきそうだね、などと冷静に考えつつカイは答えた。
「どこ、とは言いにくいんです。つまり、ボクはこの世界の生き物ではないので。かと言って、ガイノアと呼ばれている生物群とも全く無関係ですし。」
「ふうん?じゃ、何でここにきたの?」
「あー、それはですね、ボクがお仕えしているご主人様から休暇を取るよう強制されまして。で、家出を。」
ネフィルは、またも無遠慮にケラケラと笑った。
「いえで〜!なあにそれ!子供じゃあるまいし!」
カイは黙った。
客観的に見たらそうかもね、くらいの自覚はある。
〝だけどだけど!ご主人様とボクの絆って、特別なんだ。ボクは生まれる前からご主人様のものだから。それなのにさ。〟
思い出したら、なんか悲しくなってきた。
休暇だって?
冗談はやめてよね。ボクは連邦軍人である前にご主人様にお仕えする〝翼の騎士〟なんだから!
何が軍の人事課だ!
あーもう、連邦宇宙軍、殲滅してやろうかな?人間の軍隊なんてボクどーでもいいもん。
ご主人様の命令だから、あのじゃじゃ馬姫のガーディアンだってやってきたのに。
それなのに、あんなノラ蛇とか、ノラ馬が来たからって!
「あら、あらあら!ごめん、私なんか悪いこと言った?ごめんね、泣かないでよ〜カイ。」
ネフィルはそう言いながら、カイをギュッと抱きしめた。
それで、カイは初めて気がついたのだ。
「泣いてましたボク?」
ネフィルはウンウンと頷く。リスの姿の時と同じ動きだ。
「すみませんでした、ネフィ。」
「こっちこそごめんね。何がそんなに悲しいか、話してみない?聞くくらいはできるよ?」
「大したことじゃないんです。」
「うん。それで?」
「ボク、ご主人様の命令で、ある姫さまの護衛をしてたんです。それが、姫の周りにいつのまにか野良ヘビとか野良ウマが。ご主人様は時々彼らに姫を任せたりして、だからボクが要らなくなったのかなって。」
言葉にしたら、我ながら情けなかった。
だけどこれはカイにとって切実な問題だ。
「ヘビとウマかあ。猫より強そうかも。」
「そこですか?…正直言って、ウマには勝てますよ。多分ボクの圧勝で。」
あのウマ、外見だけはいいが、所詮はちょっと強いユニコーンに過ぎない。だけど。
「ヘビたちはボクよりずっと強力なんです。アレは化け物ですから。」
深宇宙を棲み家とするエネルギー生命体。
カイは生身の生き物だけど、あの化け物どもはそうじゃない。しかも、8匹もいる。
アイツらをスカウトというか、制圧して、姫さまの護衛や、離宮の雑務なんかをやらせてるご主人様も生身の生き物のはずだが、あの人はどうせ規格外だし。
「そっかー。勝てないっての、辛いね。」
「はい。」
ネフィルの胸に抱きしめられたまま、カイは頷いた。顔や腹、肉球に感じる柔らかな肌の感触が心地よい。
カイの姫さまを思い出して、気分は少しだけ慰められた。
「まあ、ボクはそういう情けない猫なので。でもボクなんかよりも、あなたにこそ助けが必要に見えるんですが?」
それも早急にだ。
「事情があるのはお察しします。しかし、命が惜しいなら、すぐにも行動する必要がありそうですね。誰か、信頼できる人はいませんか?」
ネフィルの顔から一瞬表情が消えた。
「誰もいない。殺されたの。」
次回もよろしくお願いします。




