猫好きもいろいろ。
「ネフィル様!ご無事でしたか?」
神殿でネフィを出迎えたのは、初老の男と若い男の2人だった。いずれも神官らしき装束に身を包んでいる。
どちらもホッとした表情を浮かべてはいたが、年配の神官の顔には懸念が、若い神官の顔には苛立ちが見てとれた。
「どうしたの、何かあった?」
ネフィルは平然たるものだ。
さっき怯えているように見えたのが嘘みたいに堂々としている。
神官たちは顔を見合わせ、年配の方が口を開いた。
「お姿が見えなかったので、お探ししていました。そこに銃声が。お聞きになりませんでしたか?」
若い神官が続ける。
「そうです。この辺りは禁猟区なので、事故でもあっては、とご心配申し上げていたところです。」
〝何だかどっちも腹に一物ありそう。〟
カイは人の感情を読むのは苦手であるが、それでもはっきりわかる違和感だった。
暗殺と関係があるとまでは思わないものの
この神官たち、どちらもネフィにあまり敬意を払っているようには見えなかった。
言葉遣いこそ丁寧なのだが。
そこへ飛び出して来た者がいる。
「姫さま!」
「ナギ。」
その女性が乳母なのだろう。
明らかにホッとした表情を浮かべている。
きちんと結い上げられた淡いマルーンブラウンの髪は艶やかだ。連邦基準で歳は40代か。中肉中背、ピンと伸びた姿勢に気品が感じられた。皇宮からついて来た、とネフィは言っていたが、乳母というより厳格な家庭教師タイプである。
カイは仕事がら、連邦各国のお家事情に精通している。こういうタイプの女性はよく見知っていた。
この国は、地図上でアトラクシア皇国と表示されている。惑星上に凡そ100ある独立国の一つで、GDPは世界8位だからまずまず大国の部類だろう。
元首は皇帝ラクサス118世。は?そんなに古い帝国じゃなかったはずだけどと、皇室の系図にアクセスしてみて、カイはため息をつきそうになった。
〝ややこしい〟
一夫多妻制。
そんな国は、連邦にはいくらもあるが、ここは一風変わっている。
歴代君主である皇帝はそれぞれ大ハーレムを擁し、数多くの皇子・皇女を産んできた訳だが、通常ならば正室である皇后の皇子が後継者となる筈だ。
よほどのボンクラだとか、病弱でもない限り、この順位は揺るがないものである。
つまり、産みの母の門地家格が最重要視されるのだ。
だが、この国ではそうでないらしい。
母親が誰であるかは大した問題でないのだ。
しかも、何と皇帝には任期がある。
僅か5年。その在位期間中に死んだ例も多い。
加うるに、皇帝に即位できるのは、25歳以上の男子である。それも、父親が在位している間に妊娠した子、どの絶対要件があるのだった。
つまり、皇帝が在位中出生した子であっても、妊娠したのが即位前であれば後継者となれない。逆に退位後産まれても、懐妊時期が在位中なら皇位継承権を持つ。
まあ正確な妊娠時期などわからないことが多いから、即位280日以内に生まれた子は継承権がなく、退位280日以内に生まれた子には継承権があるという基準がある。
25歳にならないと即位できないとは、言い換えれば退位したばかりの皇帝の子は、数代後でなければ即位できないのだ。
この結果。
皇族とされる者は現時点で数百名いるが、継承権を持つ者だけで凡そ50名。
高齢や病気などで継承不能な者を除いて、次代の皇位継承権を持つものだけで28名ということになる。
〝しかし5年でやれることなんて限られてるだろうに。〟
つまり、実際に国を動かしているのは別の機構なのだろう。皇帝が担うのは、次代を産む(産ませる)ことと、外交の顔となることくらいだろうか。
そういえば連邦にも、ハーレム外交を得意とする帝国があったな、とカイは思い出した。時代錯誤も甚だしいのだが、なぜかそれなりの成果は上げていたようだ。
これだから人間は…。
ま、ボクのご主人様には通用する訳がないけど。
「姫さま、その猫は?」
カイはナギという乳母の声で我に返った。
「あ、この子は森で会ったの。果物を食べてたわ。」
「はあ?猫が果物を?まさかガイロア?」
神官たちが一気に警戒モードに入るが、ネフィルはけらけらと笑った。
「そんなわけないでしょ。もうここは神域の中よ。」
あー、コレって、対ガイロアの結界なんだ、とカイは思った。ザルみたいにお粗末で穴だらけだけど、神官たちが警戒を解いたところを見るに、ガイロアにはある程度の効果があるんだろう。
しかし。カイには引っかかる点があった。
これで防げる…?それって?
まあ疑問は他にもあるし、今は検証の手立てがない。いや、面倒くさい。
ほっとこ。それが目下の結論である。
ボクは所詮通りすがりの猫だし。
「果物好きの猫って珍しいでしょ?それに、すっごくお利口みたい。果樹園があるって言ったら付いてきたもの。」
「あらあら。」
ネフィは一言もウソは言ってない。
乳母と神官たちに囲まれ、覗き込まれたカイは、何食わぬ顔で「ニャーン」
と鳴いてみた。くるくると丸い目が、猫好きの皆さまにどんな効果を発揮するかなど承知している。
案の定、乳母の目が融けた。
神官たちも、ネフィルに向けた表情がウソみたいににこやかだ。
うん、カワイイは絶対正義に違いない。
本来の姿では、誰にもこんなに可愛がってなんか貰えないのだ。〝まあ、ご主人様は別かな。あの人はボクがどんな姿でも気にしないから。でもやっぱり黒猫サイコー!だってこの姿なら、ためらいなくご主人様の膝や肩に飛び乗れるし♡〟
「どこから迷い込んだのかしらね。素敵な首輪をしているから、飼い猫でしょうに。」
「さあね。ああ私、少し疲れたわ。休みたいんだけど。」
「その前に、ネフィルさま。私に黙って外出してはならないと、あれほど申し上げましたね。」
一転して鋭くなった乳母の目が怖い。ネフィルは首を縮めて、乳母から目を逸らす。
「ご、ごめんなさい。」
身長はネフィルの方が少し高いのだが、乳母には叶わない様子だ。叱られた子供みたいに、嵐が通り過ぎるのをただ待っている。
幸い、今回はごく短いお説教で済んだ。
この乳母、かなりの猫好きだったせいもある。
神官たちは、カイを撫でたりあれこれ甘ったるい言葉を掛けるのに忙しく、乳母は2人をチラ見しながら自分もカイをかまいたくて仕方なかったのだ。
そんなわけで、カイが猫好きトリオから逃れられたのは、かなり時間が経ってからだった。
〝よく、〇〇好きには悪い人はいないとか言うけどさ、アレってどうかな?少なくとも猫好きにはいろんな人がいるもんね〟
というのが、目下カイの感想である。
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連載はまだ始まったばかり。
最後までお付き合いいただけたら幸いです。




