神女ネフィル
白リスのネフィルは、いろいろ問題を抱えていそうです。カイとネフィ、今後どうなるでしょうか?
「で、ここがあなたのお住まいですか。」
「うん、そうなんだけど…。」
黒猫と白リスは、山道の途中で、遺跡みたいな石造りの建物を見下ろしていた。
遺跡みたいというより、遺跡並みに年期が入っている。白い大理石のような石材で造られた古い建物で、柱の様式はギリシャの神殿に通じる感じだ。
そういえばさっき、神殿がどうとか言ってたな、とカイは思った。
スキャンするまでもなく、傷みが目立つ。
すぐに倒壊したりはしないだろうが、補修は必要だ。それも、なる早で。
あ、お金はあまりないとも言ってたっけ?
うーん。納得だね。
宗教施設なんだろうけど、信者は多くないみたい。それと。
「バタバタしてますね。」
出入り口辺りで、何人かの人物が慌ただしく会話をしている。
〝銃声〟〝神女さまはどちらに〟なんて言葉が飛び交っているのが聞き取れた。
白リスはバツが悪そう。その場に立ちすくんだきり、足が前に出ない様子。
カイには大体想像がついていた。つまり、この白リス、ネフィルがその神女さまなのだろう。と、いうことは多分、この姿は本来のものではない。
「ネフィさん。とにかく、戻りましょう。皆さんに心配をかけるのはいかがなものかと。」
「わ、わかってるわそれくらい。だけど、叱られちゃう…。」
「黙って出て来たんですね。」
ネフィは子供みたいに一つ頷いた。
カイにとってはこの状況、嫌と言うほど覚えがある。何でこんな異世界まで来てデジャヴに遭遇するんだろうか。
だけど、こんな場合、カイが言うことは一つである。
「あきらめなさい。あなたが悪い。」
「カイ、あんたって、乳母みたい。」
「ボクはオスなので、授乳は無理です。」
正確には可能だ。
カイは確かにオスだが、擬態を別の性にすることは出来る。その上で、ホルモンを加減して乳腺を発達させて、と考えたらめんどくさすぎて、ムリだっただけの話。
「乳母さんがいらしたんですね。その人も心配しておいででは?」
「そうね。たぶんそうなんだけと。」
白リスネフィルはため息をついた。
「怖いの。」
「はい?」
「乳母のナギは、皇宮から付いてきたの。私は皇女だから。」
「あー。」
皇女が神女、まあよくある話ではある。
だがしかし、この古めかしい神殿を見る限り、あまりネフィルの立場が尊重されているとは言い難い。
それに。
〝ボクのこと、小汚い野良ネコって言ったしなぁ。口が悪すぎる。きちんと教育されてないみたい。能力は桁外れなのにね〟
カイのご主人様も大概口は悪いけど、非常に厳しい教育を受けて来た人でもある。
それは当然だ。
その口から出る言葉一つ、気分一つだけで誰かの命が吹き飛びかねないから。
そのため幼いころから、自分の言動に責任を持つことを、徹底的に叩き込まれている。だからああ見えて、不用意な発言はしない。まあ多分、だけどね。
それにカイが守護するお姫様を育てたのはご主人様自身だ。結果、じゃじゃ馬だけど、どこに出しても恥ずかしくないくらい洗練された、カイの自慢の姫さまに育ったってわけ。まあね、本人には絶対言わないけどさ。
皇室や王室のメンバーには当然の教育ってものがある。それをなおざりにされて来たのならば、ネフィはどんなふうに育ったんだろう。
少なくとも、然るべき環境で大事に養育されたってわけじゃなさそうだ。
それと。
あの怯え方は、暗殺されかけた恐怖だけじゃない。むしろ、誰も信用できないことを確認したからこその恐怖に見えた。
そうでなければ、見ず知らずの野良猫を連れ帰ることもなかっただろう。周りにいる人間より、得体の知れない生き物の方が安心できるみたい。そこまで誰も信じられないのか。
そう思ったカイは、ほんの少しネフィルに同情を感じた。
しかし、ネフィルは稀有な能力を持つ女性である。本来はたぶん人間でありながら、こんな姿に変化できるなど、この世界でも有数の特殊能力者であるはずだ。
しかも皇女であるなら、政略結婚とか使い道は色々あるし、冷遇など勿体ないだけだが…。
「何がそんなに怖いんですか?」
「…お父様に報告される。」
カイは首を傾げた。意味がわからない。
「知られたら困ることが?」
白リスは答えず、カイから顔を背けた。
「あ、あのねカイ。神殿のみんなにはこのこと、黙ってて欲しいの。」
「暗殺未遂の件ですか?」
「ええ。それに…。」
他にもありそうだが。
「黙ってるのは構いませんが、それであなたの危険がなくなるわけじゃない。」
「大丈夫。神殿には結界があるし…。」
確かにあるにはある。
それは、眼下の神殿の周囲にまで広がっているのだが。
〝ゴミだな〟と言うのがカイの感想だった。この程度の結界じゃ、さっきのライフル弾にすら対抗できまい。僅かに減速するくらいはできるかもしれないが、対人殺傷能力には影響ないだろう。
対物障壁としては、あまりにもお粗末である。しかし、カイをスキャンした彼女の実力ならば、そんなことには気づいているはず。だけど彼女が自分の力でさっきの対物ライフルから身を守れるかと言えば、まず無理で、それも知っているだろう。
それなのに、周りに知らせるなとは。
色々と事情がありそうだ。
「それでね、あ、あの。私今から…。」
カイは頷いた。
「本来の姿に戻るんですね。あれ?まさかとは思いますがネフィルさん、あなた変身できること、秘密にしてます?」
「あ…。じ、実はそうなの。お願い、このことも…内緒で。」
「大丈夫です。よそのご家中のことに口出しする趣味はありませんので。でもそうなると、ボクが話せるってことも秘密にした方がいいかもです。ただの果物好きのへんなネコってことで。」
「助かるわ。ありがとう。」
ほっとしたようにネフィルは言った。
ふわりと空気が動く。
〝やっぱりね。〟
と、非人間種族であるカイの感想はアッサリしたものだったが、もしこれが人間の、特にオスならば、ある種の感銘を受けたに違いない。
柔らかな金髪は波打ち、華麗なベールさながら背に流れ落ちていた。透けるアクアマリンの瞳に、細くまっすぐな鼻筋。甘く、ふっくらしたパウダーピンクの唇。
伸びやかな四肢を備えながら、風に揺れる柳のようにたおやかな肢体。
皇女であり神女であるネフィルは、掛け値なしの美女だったのだ。
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