対決の果て
「カイ!!」
ネフィルは思わず叫んでいた。
ここからじゃ届かない。聞こえるはずもない、だけど!
「もう終わりですか?」
斉射後、涼しい声が響いた。
全弾命中。
そのはずだったが、カイには全く変化がなかった。クレーターの中央に浮かんだまま微動もしていないように見える。
「お前は何者だ?」
シドルーフォスが押し殺した声で聞く。
「私ですか?先ほど申し上げましたね、遺言執行者だと。」
「ふん、戯言を。いいか。投降するなら早い方がよい。君もその若さで死にたくはないだろう。」
「死にたくはないですが、あなた方に私を殺せるとは思いませんよ、元皇帝陛下。」
やはり気負いやはったりとも無縁の、淡々とした口調だった。
「シドルーフォス卿とおっしゃいましたか?あなたのその故なき自信はどこから来るかお聞きしたいですね。」
筆頭補佐官が何事かを耳打ちし、シドルーフォスは微かに頷いた。
が、数秒の沈黙の後、彼ら2人の表情が訝しげなそれに変わった。
筆頭補佐官は兵士たちの指揮官と思しき者を振り返って早口て何事かを尋ね、指揮官は明らかな動揺を隠せない様子で一言ふたこと返したが、双方とも表情が強張っている。
「茶番は結構です。あなた方のオモチャは私には効果がありません。出力を最大にしたらどうにかなると思いましたか?」
質問の形式だが、それは質問ではなかった。
オモチャとはつまり、魔導師たちの力を封じた最新鋭の機器を指す。その威力の前に魔導師たちはなす術なく蹂躙された。
だが、カイが行使している力はそもそも魔法などではない。ドラゴンそのものに生来備わる力であり、意図的に使用しているわけですらないのだ。
「初めから無駄です。ああ、ついでに手間を省いて差し上げましょう。あなた方の重火器で私を傷つけるのは不可能です。」
無表情な白い顔に、微かな笑みが浮かぶ。
「私のことよりも。あなた方はご自身の進退についてお考えになるべきでは。」
「撃て…っ!!」
再度の集中砲火だが、当然ターゲットは無傷だった。これはつまりネフィルが確信していた通りであるが、何故そうなのかは彼女にもわからない。だから。
「ヤバ…。」
そんなコメントしか出てこないのだ。
ネフィルのボキャブラリーの問題ではなく、あり得ない事実を形容する言葉はどれも陳腐なわけで、〝奇跡〟だの〝超常〟を持ち出したところで状況は変わらない。
「さて、シドルーフォス卿。少しお話ししませんか?」
シドルーフォスの顔から表情が抜け落ちる。元々張り付いていた、厳つく高圧的な表情が消えると、その顔は作り物かデスマスクめいた、無表情の仮面と化した。
「何を話し合うと言うんだね?」
「先ほど教皇とやらが仰った告発について、あ、あれも今となっては、遺言ですね。」
カイはチラッと倒れ伏した死者たちを見た。
「言い直しましょう。ネフィル嬢のお母様と、ネフィル嬢の兄弟姉妹を殺害し、ネフィル嬢の生来の力を利用してガイロア侵略の災厄を招き、制空権と制海権を掌握するためガイロアにかこつけて自立型AI兵器部隊を使用、多数の航空機や船舶を無差別攻撃して、更に生き延びた乗員乗客までを全て虐殺したのはあなたですか、シドルーフォス卿?」
その場に沈黙が落ちた。
「酷い…。」
ネフィルが呻いた。カイからも聞いていたし、教皇も死ぬ前にそんなことを喋りたてていたけど、改めて要約されるとショックだった。
シドルーフォスとか言うこの男の血が自分にも確実に流れているだなんて。
できることなら今すぐ消えてしまいたい。
自分のせいじゃないのはわかっているし、何も出来ることなんてなかったのも知っている。
こんなふうに感じる必要はない。
だけど…。
あんな男が生物学上の父親だなんて。
「私、呪われてでもいるのかな。」
低くうつろな笑いが喉から漏れた。
「確かに。それを成したのは私だ。だが、それが何か問題なのかね?」
シドルーフォスの口調に嘲笑が混じる。
むしろ誇らしげに彼は続けた。
「そこで死んでいる愚か者も、この件に深く関与していたが、まあそれも今となってはどうでも良い。」
シドルーフォスは、取るに足りないものだとでも言いたげに、片手でぞんざいに教皇の遺体を示した。
カイは無表情に頷いた。
「大変な費用と年月が必要だったでしょうね。そこまでしたあなたの目的は何なのです?」
「目的?知れたことだ。我々の悲願の達成以外何があるというのかね。我が皇室こそが世界の覇者に相応しいだろう。」
「何言ってんの、コイツ…?」
ネフィルにはわからない。理解できない。
一番わからないのは、シドルーフォスが本気でそう言っているらしいことである。
子供向けのアニメやゲームじゃあるまいし、こんなことを大の大人が当たり前の顔で口にするって?
ナイわ。あり得ない。
「そのために巨額の税金をつぎ込み、子供たちや邪魔になった人々を殺したと?」
シドルーフォスは尊大に顎を反らした。
「我々皇室あってこその国体である。国民ならば偉大な計画に奉仕するなど当然であろうが。」
「そうですか。」
カイはため息をついた。
「つまらない人だ。どうせそんなことだろうと思ってはいたのですが、想像以上の陳腐さです。あ、それはそうと。物量作戦はムダですよ。時間稼ぎをされていたのでしょうが応援は来ません。私の特技はシールドです。あなたの発したスクランブルはどこにも届いていません。」
「…?!」
シドルーフォスが補佐官を振り向いた。一瞬で補佐官の表情が変わる。
「何ならあなた方が持てる総力で来ていただいてもよいのですが、それではムダに犠牲者を増やす役にしか立たないでしょう。あなた方が真に気にするべきなのは私ではなく、全世界なのでは?」
カイは、指先を閃かせて、手品のようにあの珠を取り出した。
「あともう一つ。ドラゴンオーブなどというものは存在しません。そもそもネフィル嬢が命に換えてドラゴンを召喚したなどという事実もない。それは、彼女の遺言で語られた通りです。自分には何もできない、この事態を止められないからせめて告発者として遺言を遺すと、ネフィル嬢は言っていたではありませんか?」
「それこそが戯言だ!」
シドルーフォスが吠えた。
「さあ、それをよこせ!貴様如きには無用なものだ!」
「そうも行きません。これは私自身のウロコなので。」
カイの目がすっと細められ、口の両端が吊り上がる。
ピエロの仮面に似た不気味な笑顔だ。
「それではみなさん、ご機嫌よう。」
そして、カイは消え失せた。
「ど、どうなっているんだ!?ここは対魔法シールドに包まれているんじゃないのか??」
シドルーフォスの混乱がその場に動揺の波紋をもたらした。
お互いの顔を探り、答えを探し回る視線が交差するが、回答がそこにあるはずもない。
「遺言執行者。奴はそう名乗った…。」
そう呟く補佐官の顔は今や蒼白だ。
「ま、まさか…、いやしかし…。」
「何だ!言いたいことがあるならはっきり言え!」
シドルーフォスの罵声に、筆頭補佐官は弛んだ頬を引き攣らせた。
「閣下。あの遺言動画を配信したのは何者と思われますか。もしそれが今のバルトとか名乗った者だとしたなら?それに…自分はウロコを持つとも仄めかした…。」
最後の方は確信なげな小声だった。
表情は強張り、青ざめた額に汗が滲んでいる。
「何が言いたい?」
「閣下、あの動画は全世界に配信されました。あらゆる映像メディアをジャックして。今も解析を進めさせていますが、その方法は不明です。つまり…。」
「ま、まさか…?」
シドルーフォスと補佐官は顔を見合わせて沈黙した。
次回完結です。
最後までお付き合い下さいませ。




