それぞれの思惑
ネフィルはその場にフリーズした。
どの道、スクリーンの光と音は気付かれているはずだ。今更ジタバタしたって仕方ない。
それに。どうせ〝死んだ〟身だ。
足先からすうっと冷えていく。
そう、とっくに殺されていたはずではないか。それならば何があっても仕方ない。
だけど、黙って殺されるつもりもない。
来るなら来ればいい。
〝でもなんで今カイの顔が浮かぶの?これ、走馬灯とかってヤツ?〟
そんなことを考えた時。
「異常ないか?」
思いのほか近い所で声がした。窓の外からの、知らない男の声だ。
「異常ありません。」
そう答えた声も聞き覚えのないものだった。
〝はあ?異常、あるでしょ?〟
「周辺の封鎖と機器の設置は完了した。我々もアルファ地点に集合する。」
「了解しました。」
それきり声は聞こえず、足音だけが遠ざかる。どうやら男たちは立ち去ったようだ。
〝た、助かったぁ〟
ネフィルは、へなへなとソファに崩れ落ちた。
〝けど、何で?絶対、ゼーったい聞こえてたはず…、カイが何かしたのかな?〟
そういえば。
なんだか柔らかな布みたいなものが、この建物全体を覆ってるような気がする。
あるかないか微妙なくらいに希薄だが、それは確かにそこにあった。
外の音は聞こえるのに、中の音は漏れないなんて、どうしたらそんなことができるんだろうか?
「とにかく助かった。まあ考えるだけムダよね。カイがしたことだし、うん。」
呟いて、ネフィルはそれについて考えるのをやめた。
映像は続いている。
教皇がひたすらシドルーフォス卿を非難しているのを、ネフィルは意識の隅っこで聞き続けていたのだが、それはおよそ聞くに耐えない戯言めいていた。
〝父親〟とは名ばかりだと強調しながら、教皇自身の関与については巧みに言及を避ける。
ドラゴンオーブは〝神女ネフィル〟の遺産だから、リナクサス教団こそがそれを管理するにふさわしいと主張したいのだ。
もはやなりふり構わずシドルーフォスをこき下ろしている。
一方。
シドルーフォスは、不気味な沈黙を守っていた。
教皇の主張の、明らかな矛盾点を指摘するでもなくただ黙っている。
ネフィルは、画面に集中するほどに次第に不吉な感じが膨れ上がるのを感じた。
〝おかしい。静かすぎる…。〟
シドルーフォスは、彫像か何かのようにただ非難を聞き流していた。
その様子がネフィルの不安を煽る。
たった2回しか会ったことはないけれど、相手が誰だろうとこんなふうに黙って言いたいことを言わせるタイプじゃないことくらいはわかる。
なぜ…いや、待っている?
ネフィルは不意に確信した。
何かが起こるのを、待っているんだ。
〝周辺の封鎖って言ってた。それはわかるけど、そんなことを待ってたわけじゃないよね。それじゃ、一体何を?〟
太った筆頭補佐官が、画面外の誰かに向かって頷くのが見えた。
教皇の熱弁がふと止まる。
枢機卿がハッとしたように周囲を見回した。
同時に魔導師たちに動揺が走る。
「どうされたかな、猊下。」
口の片端を歪めて、シドルーフォスが言葉を発した。それは質問ではない。
口元の嘲笑がそのまま口調に現れていた。
「き、貴様っ!何をした!?」
教皇の口調には強い懸念が感じられた。
敬語を使う余裕すらなくしている。
枢機卿はシドルーフォス卿を睨みつけたまま身動きしない。魔導師たちは明らかな動揺に襲われ、互いに顔を見合わせながらシドルーフォス側の兵士達から少しでも距離を置こうとする様子だ。
だが、いつのまにか彼らは兵士達に包囲されていたから、お互いに固まるしかない。
背後は土砂と木が折り重なり前面はクレーターだ。逃げ場はない。
「さて、お気付きの通り魔法は封じさせていただきましたぞ、猊下。あぁそんな顔をされずとも、種明かしして差し上げます。我々の研究開発機関は優秀でしてね。あなたのスパイを出し抜いて秘密裏に事を運ぶのは大変でしたが、まあその甲斐はありました。ここまで上手く作動するとは!開発者にボーナスを弾む必要がありますな。」
打って変わって饒舌なシドルーフォス卿に対して、教皇はただ沈黙した。
その顔は強張り、頬と唇は憤怒に震えている。
教皇もわかっていたつもりだった。
シドルーフォスの狡猾さは。
「ああ、その様子では遺言もおありでないようだ。では、ご機嫌よう猊下。永遠の平安を御身に。」
芝居掛かった仕草で教皇に一礼すると、シドルーフォスは乾いた声で兵士たちに命じた。
「殲滅せよ。」
瞬間、複数の火器が火を吹く。
それは一方的な蹂躙劇であった。
魔導師は確かに強力な存在である。しかしながら魔法そのものを封じられてしまえばただの一般人に過ぎない。
熟練の兵士の敵ではないのだ。
彼らが血まみれの肉塊と化すまで10秒とかからなかった。
ネフィルは息を止めていた。
これは…酷い。成り行きは察していたけれど、心の準備をする間もなかった。
復讐を望みはしたが、こんなことを希望したわけじゃない。
身体が強張った。息ができない。
まわりの空気がなくなったみたいに。
「内輪揉めは終わりましたか?」
涼しげで無関心な声が響いた。
〝カイ…。〟
あ、息ができる。ネフィルは空気を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。
同時に怒りがわく。
〝こいつら、初めから相手を皆殺しにする気だったんだ。どっち側も。〟
たまたまシドルーフォス側が先手を打ったに過ぎない。
怒りの後にはどうしようもない虚しさが押し寄せた。ここまで全てが一瞬の出来事だったが。
「さあ、それをこちらへ渡したまえ。こうなりたくなければ。」
片腕を大きく振って、シドルーフォスが言った。
「渡しても渡さなくても同じでは?」
相変わらず淡々とカイは続ける。
「なら、こうすればどうでしょう。」
白い指先が舞う。マジシャンのように。
すると。
「ど、どこへやった!?」
ドラゴンオーブが消え失せた。
シドルーフォスの表情に動揺が走るが、筆頭補佐官が何ごとか耳打ちすると、頷いて落ち着きを取り戻した。
「排除しろ。」
ネフィルが息を呑んだ。銃器は全て、カイにポイントされている。
そして。
それらが一斉に火を噴いた。




