白リスと黒猫
黒猫カイくん、家出宣言はしましたが、早くもホームシックの兆しが…?
「ふむふむ。照葉樹林だよねー。うん、落葉樹が多そうだ。地軸の傾きからしても四季はある。で、今は秋頃ね。ラッキー♡」
樹木を見上げながら、カイは呟く。
「くっだーものっ、くっだーものっ♪」
これは期待できそうだ。
思わずスキップしてしまう。4本足で。
「あ、アレなんかどうかな?」
早速見つけたのは、樹木に絡むツル植物である。木の高い位置に、小さな実がたくさん実っているみたいだ。
地球のサルナシに似ている。カイは、ヒョイと低い木の枝に飛び乗り、そこから枝を次々に渡って高みへと登った。
「うん。イケそう♡」
思った通り、そこにはサルナシもどきが沢山実っている。
ざっと調べてみて、褐色がかった緑の実にかぶりついた。天然人工を問わず、大抵の毒はカイには効かないから、判定は大雑把にもなる。
まず食べてみてからってこと。
結果は、ビンゴ。
「んまーい♡やっぱサルナシみたいな味!あれキウイの仲間だもんね♪」
キウイはマタタビの仲間だが、カイは特にマタタビが好きなわけじゃない。見た目は猫だけど、猫じゃないから。
それに、あんまりマタタビに反応しない猫だっているしね。
サルナシもどきは、本家のサルナシより一回り大きくて、味は黄色いキウイ寄りだった。
ただ、ツルはずいぶん高いところまで木に登っていて、実はその先端の方だけに成っている。高みの枝は細く、人間がここまで登ってこれを採取するのは、結構大変そうだ。ここから落ちたら、骨折程度じゃ済まないだろう。
今日のご主人様のスムージーにもキウイ入ってたよね。毎回有り合わせの材料なのに、何であんなに美味しいんだろ?
あれ、当分飲めないの?
そんなのナシだよー。
でもでも、家出するって宣言したし…。
か、帰ろかな?もう充分遠くまで来たもんね。ここって、異世界だし。
果物を頬張りつつ、そんなことをアレコレ考えていたわけだが。
「ん?」
カイは、何かの気配に目を上げた。今まで枝に座って、前足でツルを引き寄せながら果実を貪っていたのだが。
ちょうど正面に、見たことのない生き物が現れたのだ。
大きさは、カイと同じくらい。
前足で器用にツルを手繰り寄せ、果実にかぶりこうとした姿勢で、なぜか固まっている。
大きめのリスにちょっと似たそいつは、全身をふわふわの白い毛皮に包まれていた。
金色の目?この土地の野生動物だろうか。
いや、違うような気がする。
その時カイは、白リスモドキから見えざる電磁波が照射されるのを感知した。
ボク、スキャンされてる?
うん。間違いない。しかも、コレはかなりの高精度スキャンである。
発信源は、金色の目でじっとカイを見ていた。かなり奇妙な能力を持つ個体だ。土着種じゃなく、侵略者の方かもしれないが、どっちにしても結論は一つ。
このリス、知的生命体だ。
カイは知らないフリで果実を齧りながら、相手がスキャンするに任せた。
もし白リスが只の野生動物だとしたら、こんなに念入りにスキャンしたって、解析できっこない。高度な演算能力があってこその正確な解析なのだから。
ま、どーでもいいか。
果物はおいしいし、リスから脅威は感じない。
この程度のスキャンでカイの本質などわかるはずもない。いや、わかったところで別に構わないし。
で。なんなんだろ、このリス?
こちらからスキャンするのは避けた。それは失礼に当たるからだ。
気付かれないようにスキャンすることは可能だが、わざわざ手間暇をかける必然性がないしね。
この世界の支配種族は人間だが、他にも知的種族がいるのだろうか?どっちにせよ、普通の人間とか動物にこんなスキャン能力があるはずはないから、このリスモドキ、特殊な能力を持っているのは確かだ。
それにしても。
まだ雪の季節じゃないのに、眩しいほど純白のその毛色は、野生ならば生存に不利だが、知的生命体ならばアリとしよう。
しかし、こんな森の中じゃ、毛皮はあっという間に汚れてしまうだろうに、そいつはイヤミなまでに白い。
ということは、誰かに飼われてるのかな?
若しくはこの姿が擬態か。
うん、そっちが正解みたい。
ほんとにどーでもいいが。
大した興味もなくカイは相手の好きにさせていたのだが、相手はそうじゃなかったらしい。
「し、信じらんないわ!猫よね?コイツ猫なのに、果物食べてる。器用に前足使ってるし。」
とのたもうたのである。
この世界の言葉で。つまり、このリスもどきは、侵略種ではなくて、ここの生き物らしい。しかも、口が悪い。
「ほーんと育ち悪そうな小汚い野良猫なのに、すごい宝石の首輪してるし、何で?あり得なーい。」
「余計なお世話です。」
つい、魔が差した。気がつくとカイは、ここの言葉でそう反論していた。
ボク、汚くないもんね。
これでも、清潔には気を使ってるんだし。
白リスモドキは、手にしていた果実をポロリと取り落とした。金の目は極限まで見開かれている。
「!?ね、猫が、喋った…?」
カイは早速後悔したが、失礼なのは相手だし、それにこんなややこしい世界に長居するつもりはない。
「この世界にも猫がいるんですか?」
儀礼的質問て奴だ。答えに興味はない。
だが、白リスモドキは、コクコク頷いた。
「いるわよ。でも、あんたみたいなのはいない。あんた、ガイノア?」
「いいえ。ただの通りすがりの猫です。」
「野良なの?飼い猫?ねえ、どっから来たの?その宝石、ホンモノ?アンタ名前は?歳は?」
なんかグイグイ寄って来た。
興味津々らしい。
宝石とは、カイの首輪についているエメラルドのことだろう。天然石でカイの目と同じ色、同じくらいの大きさだから、かなり高価なものなのだろうが、カイは値段に興味などない。
カイにとって重要なのは、コレがご主人さまからのプレゼントだってこと。
「その姿に似合いそうだ。」
と、首にかけてもらった。ベルト部分は、極細のプラチナの鎖が布状に編まれていて、比較的軽い。
高価といえば、ベルト部分もかなり高価だろう。プラチナでこんな布を織る技術など、地球どころか連邦にも存在しない。
「ボクに答える義務ないですよね。」
いいかげんめんどくさかった。
だが白リスは引き下がるどころか、更ににじり寄る。
「義務はあると思うわよぉ。」
などと思わせぶりに決めつける。
「何故てす?」
「ここって、神殿の直轄地なの。一般人立ち入り禁止よ。それに、私は神殿の管理者だから。」
「あー。」
そういうことか。
「ボク、猫なんで、一般人じゃないですけど。」
カイは、ツルを手放して口の中に残った果実を飲み込んだ。もう充分食べたし。
「ごちそうさまでした。じゃ。」
「待って!」
さっさと立ち去ろうとしたカイだが、後ろからグイッと引かれて、危うく枝から落ちそうになった。
白リス、もとい神殿管理者(自称)が、前あしでしっかりカイの尻尾を捕まえていたのだ。
「あっぶな!何するんです管理者さん?」
「私はネフィル。ネフィって呼んでいいよ。管理者さんじゃなくて。」
「じゃ、ネフィさん。その手、離してください。」
「ダメ。ねえ、もう少しお話してよ、あんた、名前あんの?」
つくづく面倒だ。ウンザリした瞬間、カイはふとあることに気づいた。
散々覚えのある感覚。
「ネフィさん、つかぬことを伺いますが、あなた命を狙われる覚えは?」
ネフィがハッとしたように身じろぎして固まる。
カイは再び白リスから電磁波の照射を感じたが、今度のはカイをスキャンした指向性のじゃなく、広範囲に向けたレーダーサーチだ。中々器用だな、と感心する。
だが、遅い。
これじゃ間に合わない。
カイは内心舌打ちした。面倒はごめんだ。だけど果物のお礼くらいはしといてもいいか、と思い直す。
瞬間、ネフィがギョッとした顔でカイを見た。同時に、ネフィの後方、1メートルばかりの位置で光が弾けた。
有質量弾か、と、カイは何の感慨もなく特定する。
弾けた光は、ネフィを守るシールドに高速で飛来した弾丸が接触した結果である。
そう、弾丸。
誰かが白リス・ネフィを狙撃した。
防御シールドを展開したのはカイだ。
ネフィは、背後を振り返り、言葉も出ない様子。しかし彼女の能力ならば、不可視のシールドの存在を感知できるだろう。
「かなりの威力ですね。命中すればあなたは消えてなくなるでしょう、ネフィさん。」
カイは淡々と伝えた。
非常に強力な遠距離狙撃用の銃器が使われたのだ。アンチマテリアルライフルクラスか。小動物など跡形なく四散するほどの威力の。実に悪趣味だ。
「まだ動かないで。次弾が来ます。」
カイがいい終わると同時に、2度目の光がシールド表面で弾けた。
この時だけ、通常の視力でも、うっすらとシールドが見える。
カイは通常時でもシールドを視認することができるが、ネフィはどうかわからない。
さっき、カイがシールドを展開した時、ネフィは気付いたみたいだったから、何らかの方法で認識は出来るのかもしれない。
カイは初弾発射前に、狙撃者の姿を捉えていた。
1キロほど離れた丘の上。
いい腕ではある。しかし。
「ほんと悪趣味だな。」
今度は声に出して呟く。銃器の選択が全くなっていない。
大は小を兼ねるとでも?だからといって、リス1匹殺すのにこんな重火器使う?
まあだからといって、そいつをどうこうしようとは思わないが。
カイは、狙撃者が失敗に驚愕しつつ冷静に次弾を放ち、さらに結果を見て速やかに撤収する一部始終を見届けた。
なかなかいい判断だ。軍人だろうか。
ムダのない訓練された動きである。
「もう大丈夫です。じゃ、ボクはこれで。」
「ま、待って!」
尻尾をグイッと引かれて、カイは仕方なく振り向いた。
「はあ?借りは返したと思いますけど。」
「こ、腰が抜けちゃって。」
よく見れば、カイの尻尾を掴んだ両手も、フサフサの白い尻尾も細かく震えているみたいだ。
「お願い!家まで付き合って!」
「はあ?何でボクが?」
「お礼!そう、お礼しなくちゃ!」
「結構です。」
「ダメ!行かないで、お願い。あ、あの、お金はあまりないけど、庭に果物の木は沢山あるの!果樹園になってて。だから。」
ん?果物?果物かあ♡それ、いいかも。
「果物、好きです。」
「私もよ。あ、まだ名前聞いてないわ?」
「ボクはカイと言います。」
「カイ。行きましょ。」
そんなわけで、黒猫カイは白リスのネフィルと同行することになったのだった。
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