ドラゴンオーブ
「教会と皇室のパワーバランスが鍵でしょう。」
生成画像を作るためにネフィルの姿を記録しつつ、カイはそう言った。
「何で?」
「ここまで、莫大な経費と長い年月がかかっています。そして当然、自陣営の利益を最優先したい。今までも小競り合いは多々あったはずです。ところが、ここへ来て計画が狂った。あなたが死ねば、ガイロアが現れる通路が勝手に閉じるはずだと思っていたのに、どうもそうではなかったらしいと、いかに愚かな彼らでも気付いたはずです。ドラゴンの登場なとイレギュラーだったでしょうし。」
「だよね。だけどさー、それとパワーバランスとどんな関係があるの?」
指示されるまま、自由に全身を動かしながらネフィルが聞いた。
黒猫は尻尾をゆらりと動かして頷く。
「勢力が拮抗している場合はもちろんですが、どちらかが優位に立つ場合、立場が弱いものには一発逆転のチャンスです。強いものにとっては、弱いものを一気に飲み込む好機でもある。だから、彼らは動かざるを得ない。」
「んー、ドラゴンとか出て来たから?アレ、何なのかな?ガイロアじゃないしさ、あのブレス…。あんなの想像したこともなかったよ。でも、カイは知ってるんでしょ、あのドラゴンが何なのか。」
「ええ、まあ。だからエサを撒くんです。彼らが死に物狂いで手に入れたがるエサをね。疑似餌で充分ですが。」
ネフィルは少しだけわかる気がした。
完成した画像を見て更にカイの意図はよく分かったのだが、それでもあんなおとぎばなしみたいな出まかせに引っかかる馬鹿がいるかな、とかなり懐疑的ではあった。
結果的には、その馬鹿が2人居たのだが。
「ドラゴンオーブ?!ドラゴンを呼び出せる聖なる遺物って、バッカじゃないの?そんなのさ、ゲームとかの世界のハナシだよね、カイ?」
いくら魔法が存在していても、そのレベルの宝物となるとどうしたってそうなる。
第一、ドラゴンからしてあり得ないのだ。
子供ならまだしも、正気の大人が信じる筈なんかない。
ネフィルはそう言ったのだが、カイは余裕の態度を崩さなかった。
「エサに食いつく者は、あなたの能力と特異性を熟知しているでしょう。つまり、あなたを作り出し、更に殺そうとした者たちとその側近たちです。元々無茶苦茶な計画を実行に移した愚か者ですよ。まあ、見ていてごらんなさい。」
そして、結果はカイの思惑通りになったというわけだ。
〝それにしたって!〟
シドルーフォス卿と呼ばれているアイツが『我が娘』とか言う度に、ザワッとする。
髪の毛が逆立ち、寒気すら感じる、
ナメクジでも踏んづけた気分になるのだ。
ネフィルとしては、あの男が父親だなんて一瞬たりとも思ったことはない。
DNAがどうだろうと、そんなことは関係ないのだ。
〝キモすぎるよ!虫酸が走るとかって、こーゆーことかもね。〟
などと、妙に納得したネフィルである。
沸々と湧き上がる怒りと嫌悪感がハンパなかった。
教皇とやらもアイツの同類だ。今もお互いにどうやって相手を出し抜くか、必死に考えている最中なんだろう。孤児院の周りのエリアに居た小悪党どもと何ら変わりない奴らが、あんなに偉そうにしてるって、絶対間違ってる。
「さて。また見事なクレーターですな。」
皮肉を込めて教皇がつぶやいた。
実際、少女1人殺すためにここまでやる気が知れないと呆れている。
一行は建物を通り抜けて、果樹園のあった場所を見渡せる、というより、見下ろせる場所に出たところで立ち止まっていた。
「その聖なる場所というのはどの辺りですかな、猊下。」
教皇の皮肉を歯牙にも掛けず、元皇帝シドルーフォス卿は尋ねた。
実際グズグズしている暇はない。
制空権は一旦掌握した筈だが、そのためのシステムが少し前からまともに機能していないと報告を受けていた。
最新の自律型兵器によって慎重に構築したシステムである。だが自己の判断で目標を定め攻撃を行うだけあって、時々機能不全に陥ることがあるのだ。
ガイロアの仕業だと全力でプロパガンダに努めてきたが、ガイロアの脅威が去ったいま、各国は制空権と制海権の掌握に全力を傾注しているだろう。航空機と船舶が現れるのも時間の問題である。
今はまだ、ネフィルに関する情報を持つこちら側にアドバンテージがあるが、いつ他国の介入があるかはわからない。
衛星監視システムは機能しているようだが、迎撃システムが壊滅している。
だが、これはまあ全世界で起きている現象らしいから、他国がドラゴンオーブに手を伸ばす前に、是が非でも先手を打たねばならないのだ。
決意を込めたシドルーフォス卿の顔をちらりと見て、教皇は目をクレーターの向こう側に転じた。
「小さな祠が目印だったのですが。」
そんな物は見当たらない。
果樹園の背後はなだらかな崖になっていて、そこには吹き飛ばされた木や土砂が吹き付けられている。小さな構造物など埋もれているのか吹き飛ばされたかすらわからない。
「元々この神殿は、小さな泉の湧く地に建立されたのです。神女ネフィルが聖なる地でドラゴンオーブを発見し、更にそこに戻したというならば、その場所こそが泉の跡地でしょうが。」
教皇は敢えてネフィル姫でなく神女ネフィルと呼んだ。勿論、皮肉の続きだ。
シドルーフォスは今度も無視した。
太った筆頭補佐官を振り向く。
「大体の距離と方向は?」
「こちらが衛星写真です。」
補佐官はタブレットを差し出して、クレーターの向こうを指差した。
「これによりますと、おおよそ2時の方向、30mあたりでしょうか。」
その辺りは吹き飛ばされた木が折り重なっていたが、土砂は比較的少ない。
シドルーフォスは、爆撃前の画像と現地を見比べ頷いた。あのあたりなら重機までは必要ないだろう。工作兵もだ。
いまここにいる人数だけで足りるなら、それに越したことはない。事実を知る者は少ないほどよい。
シドルーフォスは、細めた目の端で教皇を見やった。一瞬、剣呑な光が閃く。
そうだ。ここが誰かの墓場になるとしても、それを目撃する者は少ない方がよい。
ひとつ頷いて、シドルーフォスは歩き始めた。クレーターを迂回して、目星をつけた地点に向かうつもりだった。
が。
数歩も行かずその歩みは止まった。
彼だけではない。
歩き出そうとしていた他の者たちも一斉に動きを止めて、同じ方向を見た。
クレーターの中央。
その上空に忽然と現れた者。
それは、まだ少年めいた1人の若い男だ。
支え一つなく空中に浮かぶその姿は、男装した女性に見えなくもない。
輝くプラチナブロンド。
古風な礼装を身に纏った男は涼やかな声で言い放つ。
「これをお探しですか?」
誰もが、一瞬動きを止めた。
男の手にはまごうことなき輝きを放つあの聖遺物、ドラゴンオーブがあったのだ。
物語はいよいよ佳境へ。
次回もどうぞご覧くださいませ。




