色々と理不尽です
その日。
帝国全土、いや、惑星の全ての国家と地域が震撼した。
まだ少女に見える、ひとりの女性のメッセージによって。
柔らかく波打つ金髪と、輝くアクアマリンの双眸。ふっくらした愛らしい唇には淡いピンクが薫る。
小さく細い鼻筋はすっきりと通り、色白の頬には生き生きとした生命の色が透けて見えていた。
甘く、人目を引くルックス。
僅かに微笑んだ唇から発せられた言葉は。
「私はリナクサス教の神女であり、アトラクシア帝国の皇女であるネフィル・カタリーナ・マゼラ・シドルーフォス。みなさまがこの映像をご覧になる時、私はもうこの世にはいないでしょう。私は殺害されます。他ならぬ実父と教皇の命によって。」
「な、何これ〜?!」
「まあまあ、ネフィさん。配信もしましたし、最後まで見て下さいよ♪」
「だ、だってさ!こんなの私じゃないじゃない!サギたよーっ!しかも、は、配信って!」
カイは、ネフィルの膝の上で伸びをしてのんびりと座り直した。
「これで罠を仕掛けるんです。さて、最終的に意思を確認させて下さいね。あなたは、殺すことに同意しますか?」
「誰を?」
「あなたを作り出し、命を弄び、利用し尽くして殺そうとした人間たちを。」
ネフィルは、視線を画像に据えたまま、低い声で答えた。
「できたら私の手で殺したいくらい。」
「了解しました。」
「カイ。」
「何ですか?」
「でも、やり過ぎないでね。」
動画は続いている。
視線は画面を見つめたまま、ネフィルは呟くように続けた。
「私、わかったんだ。」
「何を、ですか?」
「アンタは人間じゃないってこと。」
黒猫は首を傾げて、膝からネフィルを見上げた。
「それ、初めから知ってたでしょう。なぜ今更。」
「上手く言えないんだけど、アンタはきっと人間にはなりきれない存在って感じがする。私には凄く優しくて、命も何度も助けてくれたり。それは感謝してる。でも、アンタは息をするみたいに人を殺せるし、全然気にも留めないと思うんだ。」
違うと言いたいところだが、ネフィルの言うことは正しい。
必要ならば人間だけじゃなくて、どんな生き物を殺すことにも躊躇ないのがドラゴンなのだ。
例えば相手が同族だとしても。
例外はご主人様とご家族のみ。
「誤解しないでね。アンタが怖いわけでも、嫌いなわけでもないの。ただ、アンタと私は違うんだなって。そう思ってちょっと…寂しかったかな。」
ふふっと笑いながら、ネフィルは一瞬泣きそうな表情を浮かべた。
カイは何も言わなかった。確かに自分は人間じゃない。
だけどネフィルが自分に対してある種の想いを抱いていることに、気付かないほど鈍感でもない。そうは言っても、情緒的に理解しているわけではないが。
ドラゴンの中にはかつて人間と恋愛した者も、そのため命を落とした者もいたが、カイには全く理解し難いことである。
だからかもしれない。
カイにとって、猫の姿の方がヒトよりしっくりくるのは。
ネフィルが小さくため息をついた。
答えなんか期待していなかったみたいだ。
これまでの人生で理不尽になれ過ぎたからだと、カイは知っている。
そのことで、カイは少し良心が疼くのを感じたが、だからと言ってどうしようもない。ネフィルの言う通りだ。
カイは人間じゃないし、決して人間になれもしないのだから。
「で、この動画で引っかかるかな?」
「おそらく。結果はすぐに出るでしょう。」
そう。罠は仕掛けた。
今は待つだけだ。
その車列は短いものだった。
ステイタスウィンドウそっくりの画面には、神殿へと続く道を登ってくる、たった5台の車が映し出されている。
「皇室と教団が牽制し合った結果でしょうね。2番目の車、後部座席にいるのがあなたの父である元皇帝と、教皇です。」
「ふーん。」
ネフィルは興味なさそうに車列を眺めている。父親だか何だかとは、2回しか会ったことがない。
まあ、父にとっては最初から利用して殺すためだけに『製造』した道具だから、情など邪魔なだけだ。必要以上に顔を合わせることはないと考えただろう。
教皇とは、神女の任命式で一度会っただけである。
正直、顔も忘れていた。
全世界のリナクサス教信者、7億人以上に君臨する権力者だけど、ネフィルはそもそも信者ですらない。
教会の孤児院で育ったから、信者として登録はされていたんだろうけど、院長自身、信者ってガラじゃなかった。だから、誰でも知ってるような祈りの言葉以外、大した知識は与えられてない。
それなのに神女だとか、ネフィルにとってはわけがわからないままの肩書きを与えられて、神殿に連れてこられたのだ。
今なら監視と隔離が目的だったとわかるが、当時はただ奇異な思いしかなかった。
だからといって、逆らうなど考えられなかった。
自称神官たちと、乳母ナギが監視者であることはすぐにわかったし、ネフィルには頼れるものは誰も居なかったのだから。
神殿に入れば、とりあえず衣食住は保証されていたし、今までの暮らしに比べればよっぽど上等な生活が送れた。
政略結婚の駒にでもされるんだろうと漠然と思いはしたが、だからどうしようとの意欲は湧かず、諦めのうちに日々をすごしていたのだ。
逃げ出したって、行くところはない。
恋愛すらしたことがないまま、顔も知らない誰かと結婚させられるとしても、今までと大した違いはないのだった。
むしろ結婚相手の地位や収入は、孤児院時代より格段に上がるはずだ。
これまでの質素で厳しい生活履歴だから、子どもらしい夢など持つこともできなかったネフィルは、年齢とは不似合いなほどに人生を達観した部分があった。
だけど。
チラリと、膝の上の黒猫を見る。
思わず頬が赤らんだ。
薄い布を通して、カイの体温と重さが伝わってくる。
それは猫の体重と温度に違いないけれど。
彼女にとって計算外だったのは、人間の姿のカイを見てしまったことだ。
磁器の人形めいた、白く冷たい顔は何となく人間じゃないみたいに見えるけど、ネフィルを抱きしめた身体は温かくて、揺れるプラチナブロンドには柔らかい光が踊っていた。
背が高いだけじゃなく、中性的な見た目に反して腕の力は強くて不思議なほどに安心感を与えてくれる。
でも、同時に気が付いていた。
カイはやっぱり人間じゃない、いや、絶対に人間にはなれないってことを。
泣き笑いしたい気分。
どうしようもなく罠に掛かってしまったというか、くすぐったくて、悲しくて、途方に暮れるみたいな感じ。
誰のせいでもないけど、誰かのせいにしてしまいたかった。
今までこんな気持ちになったことはない。
これが恋なのなら、恋なんてしたくなかった。自分が自分でいられなくなるなんて間違ってると思う。
だから、これはカイのせいだ。
そんな物思いに耽っていたら、突然膝の重さが消えてハッとした。普通、猫なら膝から飛び降りるときに蹴る力が加わるだろうが、カイはふわりと浮き上がるみたいに床に降りる。
「カイ…。」
「ここにいて下さい。危険だから。」
それだけ言い残して、黒猫の姿はかき消えた。
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