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堂々巡り

「か、カイ…!あのイヤな感じがなくなったのってまさかアンタが?」

「ハイ。もうあなたの体内にマイクロチップはありません。」

ネフィルは、無言で黒猫を抱きしめた。

思い切り。

〝く、苦しい〜っ!〟

叫びそうになったカイは、ネフィルが震えているのに気付いた。

泣いている?また?

考えてみたら、ネフィルがカイを抱きしめて泣いてるのは2回目だ。やっぱり声は立てない。いや、立てられないんだと、カイは今更ながら思った。

ほんと、この子は。

「どうしました、ネフィさん?」

カイとしては精一杯優しく、でも客観的には淡々と聞いた。

「あ、…ありがとう。」

消えそうに小さな、震える声だった。

〝うん。なんか満足。〟

何となくホッコリしたカイだけど、今はまだまだ解決しなければならないことがあるのだ。

「お礼を言うにはまだ早いですよ。それより、さっきあなたにお話しすることがあると言いましたよね。一部未確認の内容もありますが。」

「…うん。」

抱きしめたネフィルの腕が少しゆるむ。

カイはネフィルの座ったソファにヒラリと飛び移った。

「まず。あなたが育った場所ですが、それはシャデラ研究所と呼ばれている、山間部の施設だったと思われます。」

「…聞いたことない名前だと思う。」

と、ネフィルは首を傾げた。

「そうでしょうね。今はもうありませんし。それに、公開された施設ではない。11年前、事故で大きな被害を受けて閉鎖されたんです。」

「事故?」

「公式記録はありませんが、大規模な爆発があったようですね。その日の地震波データやなんかと照合して位置を割り出し、座標から非公開データを当たった結果では、魔力暴走の結果のようです。」

不審な地震波データを追跡してたどり着いたのは、非公開の怪しげな施設の存在だった。一旦それ関連のデータが保存された場所を特定できたら、あとは簡単だった。

その情報は何重にも防護策を講じた先にあったわけだが、そんなことはカイにとって障害にならない。

むしろセキュリティが厳重であればあるほど情報の有意性が高い証拠となる。

それからそれへと、全てのリンク先を当たった。

芋づる式と言う奴だ。


その〝研究所〟は〝治験施設〟であるらしかった。

シャデラというのは、所在地がシャデラ山という山だったから、通称として使われているらしかった。

〝第1医療研究所附属第3治験施設〟という見出しがファイルに冠されていたから、こちらが正式名称かもしれない。

表向き民間施設なのだが、資金の流れを追ってみたら、実質的には皇室勢力のものだった。

かなりの金額の税金が、もっともらしい名目で注ぎ込まれてもいた。

補助金、協賛金、助成金、それに実質無利子で返済期限の定めがない貸付け金。

議会制民主主義国家が聞いて呆れる。

議員の中にも多数の皇室勢力が混ざっているようだ。

まあ、国家などそんなものかもしれない。

連邦だって、カイのご主人様に対する絶対的恐怖が消えれば、腐敗はあっという間に進むだろう。

それが人間というものだ。


「当時その施設にいたものの行方ははっきりしませんでした。」

コレは嘘ではない。

ただ、その大半は生きていないと推測されるってだけの話。

生き残った者も職を退いたり、全く関係のない企業や団体に散らばったりしている。

「公式記録は何も残されていませんでしたが、地震波の波形の特徴や、周囲の植物の状態からして、原因は魔力暴走と考えて間違いないでしょう。しかも、暴走したのは1人ではなかったようですね。」

「え?それって?」

「その施設には、複数の…何人かの〝被験者〟が収容されていました。各々厳重に隔離されていたから、お互いの存在を知るのは難しかったでしょう。」


〝被験者〟のうち何人かは、通常の肉体を持ってはいなかった。普通なら無事産まれること難しいほどの異形のものもいた。

被験者とはつまり、無理やり作られた、ネフィルの兄弟姉妹である。

どういうわけか、特異個体の方が〝能力〟に於いて優れているとの思い込みが研究者の側にあったらしい。だから、実験を行う者たちは、ともすればネフィルのように一見普通の外見を持つものより、異形の者に関心が集中しがちだったと見られる。

これは、ネフィルから見れば非常に幸運だっただろう。

なぜなら、研究者たちが関心を寄せた被験者たちに行ったのは、拷問に他ならなかっからである。

それは苦痛と恐怖を与えることで、時空の扉を開く才能を開花させようという、無茶苦茶な試みであった。

今の状態から逃げ出したいという強い気持ちがトリガーとなるはずだ、と。

それはあながち間違いではなかった。

ただ、彼らが開花させたのは、破壊の能力だったというだけだ。

その過程で何人もの命が失われた。

実験を計画したものや主導したものは自業自得と言えたが、施設の維持管理を役目とする職員や、ネフィルの兄弟姉妹たちまでが犠牲となったのだ。

カイはできるだけソフトに伝えたつもりだが、内容は明白だった。

ネフィルは、口を挟まず黙って聞いていた。


「施設のあらかたは吹き飛びましたが、あなたは生き延びた。実験を計画した愚か者どもの思惑とは違う形で、あなたは覚醒したんでしょう。どういう経緯からはわかりませんが6歳のあなたは、孤児院に辿り着いたわけです。記憶がないのをいいことに、院長は適当な過去をあなたに教えた。

まあおそらくは、あなたの容貌を見込んで商売のネタにしようとしたんでしょうね。

妻や愛人を斡旋する商売の、ね。」

世の中そんなものと言ってしまえばそれまでなのだが、だからネフィルは泣き声を立てずに泣くことを覚えた。

こんなの、間違ってる。

「そっかー。院長がそういうことやってたのは知ってたけどね。でも、私はまだ運が良い方なのかな?」

「?どういう意味で?」

「子供の時に消えた子もいた。可愛い顔立ちの子たちで。そんな1人と、偶然再会したんだ。買い物に出た時にね。…売られたって。なんか小さい子が好きなヘンタイ男にね。そいつはヘンタイだけど、その子が12歳になったら興味なくしたらしくて、でもそれからも学校とか通わせてくれて。自分は運が良かったって。ん〜、それ、私はなんかモヤってしたけどさ。」

死ななかったから幸運という程度の意味なのだろうか?

冗談じゃない。そんな目に遭っていい子なんて1人もいるわけがない。

ネフィルでなくても釈然としない話だ。

「それって私はもっと運が良かったってことなのかなって。高く売るために育てられたからさ。」

ネフィルはまたちっとも楽しそうじゃない笑い声をあげた。

カイの尻尾が、ピシッとソファを打つ。

「そんなわけないでしょ!ネフィさん、あなたはもっと怒っていい!」

「あはは、なんかカイの方が怒ってる。でもさー、カイだって、ご主人様ってひとに飼われてるんでしょ?それって、おんなじじゃない?野良ウマさんとか、野良蛇さんとかも。」

反論しようとして、カイは言葉に詰まる。

カイは確かに、卵だった頃からご主人様のドラゴンであることに同意した。それは、ドラゴン族最大の名誉である。

だ・け・ど。

「ネフィさん、確かに口さがない人は、ボクのことをご主人様のペットと言います。だけど、ボクは自分の意思であの方にお仕えしています。野良ヘビたちだってそうだし、野良ウマがお仕えしているのはご主人様ではなく、そのご家族である姫様だけど、アイツなんて奴隷市場で姫に自分を売り込んだんですよ。つまりみんな、誰が何と言おうと関係ないんです。ボクらはそれで満足なんですから。」

「んー、満足って言う前にさ、まずは衣食住が足りてナンボじゃない?」

「まあ、そうですが…。」

「カイたちは、きっと野生でも生きて行けるんじゃないの、私と違って。人間は弱いんだ。だからさ、モヤっとしてもそれを口に出せなかった。そんなのおかしい、間違ってるって思ったって言えないよ。」

「…。」

ヘビもウマもカイ自身も確かに生きるだけなら、場所や環境などを選り好みする必要はない。

極寒だろうが酷暑だろうが、あの弱っちい野良ウマでさえ気にもしないはず。

アイツは人間にとっては、天災級の脅威であるのだが。

「確かに、ボクらは野生でも生きて行けるでしょう。でも、ボクはボクの選択を後悔しません。例えそのために死ぬことになったとしてもです。」

ネフィルは小さくため息をついた。

「でも、それって結局アンタが強いからだよね。」

これでは堂々巡りだ。

確かに人間が野生で生きていくのは難しいだろうが。


お付き合い頂きありがとうございます。

どうぞ次回もよろしく!

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