ちょっぴり無双してみました。
ドラゴンは、生物としては破格の巨大さを誇るが、惑星そのものと比べれば小さな銀の光点に過ぎない。針の切先に灯った、眩いアーク光。
いまその力強い首が宇宙に向けて一度大きく持ち上げられ、深淵に声なき咆哮を発した。
ドラゴンブレスの予備動作である。
カイのブレスには様々な種類があって、攻撃と破壊に特化した何種類かは凄まじい威力を誇っていた。軍事パワーバランスを根底から覆すほどイレギュラーな力であるため、ドラゴンの武力行使には多くの制限が課されている。
中でも、波動を操る最強の竜であるカイは、振動を自在に作り出す事もできる。超振動により物質を崩壊させ得る事はもちろんだが、分子の振動は熱を生じる。その逆もまた得意とするところだ。
つまり、超高温から超低温までがカイにとっての守備範囲となる。
そして、彼が操るのは熱だけではない。
光やそれ以外の様々な粒子もまた、波動の性質を持つ。
加うるに、無限とさえ思われるほどの出力は、一つの世界そのものが内包するエネルギーに等しい。
控えめに言って生けるカタストロフ。
言い換えれば世界を滅亡させ得るもの。
だから、カイに対する規制は通常のドラゴンに対するものより遥かに厳しいのだ。
「なっ、何だアレは?」
「ガイロア?い、いや、アレはまるで…。」
「伝説の…。」
世界中で異口同音にそんな声が上がる。
攻撃能力をもつ軍事衛星は、気象衛星に偽装したものからステルス性能を極めたものまで、すべてカイによって破壊されていたが、単なる偵察目的や気象観測、通信などの衛星はまだ生きていた。
それら多数の〝目〟が信じがたい光景を捉えていたのだ。
情報は地上に送られ、即座に配信され、報道され、国家の枠を超えて共有された。ガイロア侵攻の非常事態に、突然各国の軍事衛星からの信号が途絶えるという不可解な事態が重なり、皆が疑心暗鬼に陥るさなかのことだ。
人々は情報に飢えていた。
訳のわからない混乱のさなかで、伝説の巨獣の姿はそれを目にした者に畏怖を与え、更には絶望を、祈りを、そしてなぜか希望をも感じせしめたのだ。
白金のドラゴンは、宇宙の深淵に音のない咆哮を放つと、その頭部を惑星に向けた。
人々は見る。
大きく開かれた顎から、音もなくドラゴンブレスが放射されるのを。
誰も動けない。
惑星上空の、針の先ほどの一点から放たれた青白い流れは、凄まじい速度で広がった。
それは惑星の大気圏をなぞるように瞬時に拡大して、やがてスッポリと惑星を覆い尽くした。
拡散したブレスは、尚も消える事なく、大気圏を降下していく。
気体密度が希薄な成層圏から、より濃密な大気の底へと。それは煌めく流れとなり、大気に触れて繊細な音色を奏でた。
音楽となる前の、輝かしい音のミスト。
原初の音の精髄。
それは、ドラゴンの姿を目にしていない人々にも平等に降り注いだ。
建物を、木々を、生き物を透過し、地表に達すると更に土壌を、岩石を通り抜けた。
ブレスが人の肉体を通り抜ける時、誰もが身体を貫くある感覚に恍惚とする。
言葉にならないその体験を、後に人々はこう呼んだ。
『神の恩寵』と。
〝あー、めんどい。センシングブレスって、ほんと制御が厄介なんだよね。解析も面倒すぎるし…。次は固定か。〟
などと内心ではボヤきながらも、黒猫改め白金竜カイは作業を進めた。これは空間の穴を特定するためには欠かせない作業なのだ。穴を塞ぐためには、まず穴の位置を特定せねばならない。
主観的には地味で根気のいる作業である。
あくまでカイの主観では。
さて、黙示録めいた煌めくドラゴンブレスの洗礼を受けた惑星に、次に降り注いだのは、柔らかな黄金の輝きだった。
世界の綻びを補綴する第一段階だ。
出力はかなり絞っている。特定できた穴は全部で108。
どこかの世界の某宗教界隈で言う〝煩悩の数〟と同じなのは偶然である。
〝これだから人間なんて奴らは…〟
カイの内心ではボヤきが止まらない。
だからといって、この姿でため息の一つでもつこうものなら、大惨事を招きかねない。
その辺りはカイも弁えている。
〝だから、猫でいいんだボク〟
あの姿ならご主人に甘え放題だし、ため息を吐こうが悲鳴をあげようが一切ノープロブレム!
しっぽの一振りやため息による大災害を気にする必要もない。
本来の姿よりよっぽど環境に優しいのだ。
〝ああ、はやく猫に戻りたい…〟
それが現在のカイの偽らざる本音だった。
一方。
柔らかな金のブレスが大気を彩りつつ消え去る頃、地上では、ある異変が起きていた。
のちの研究では、この第二のブレスは〝固定〟の機能を持っていたと推定されている。
ガイロアをこの世界に導く通路となった〝穴〟を固定する機能を持っていた、と。
その〝穴〟は、目に見えないし、触れることもできない。だから、人々の眼には何もない空間から突然ガイロアが出現したようにしか見えなかったのだ。
しかし、いま〝固定〟された〝穴〟の所在は誰の目にも明らかだった。
大きさ、形は様々だが、最大のものでもせいぜいライオン程度の大きさのモノを通すのがせいぜいであっただろう。
恐々触ってみたり、カメラを入れようとした者もいたが、穴に何かを入れることは出来なかった。超望遠レンズで穴を狙っても、何も写りはしない。
そこにはただ暗黒が広がるのみ。
世界中のディスプレイに、スクリーンに、いまは巨竜の姿が映し出されていた。
通常の番組や配信は全てストップするか忘れ去られるか。
〝まっちばり♡待っち針〜と♪〟
内心謎の歌を口ずさみつつ、カイは次の段階へと、地味な(?)作業を続ける。
特定した空間の綻びを固定するのは、布にまち針を打つのに似ていた。
〝ご主人様ったら、裁縫も得意だしなー。ほんっと、無駄に器用なんだから〟
ご主人の長く骨ばった指が、素早く無駄のない動きをする様子を参考に、カイは綻びを固定する。無言の鼻歌混じりで。
さてと、次は。
空間が、揺れた。
そうとしか形容しようのない現象が、世界各地で同時に起きたのだ。
それは気圧の変化だとか、爆発に伴う衝撃波だとかそういうレベルの話ではない。
それらが通常の海の波であるならば、今起きているのは津波クラスの異変である。
空間そのものが揺れているのだから。
同時に、その空間に内包されているあらゆる物体もまた、揺れに巻き込まれた。
生命体は、否応なく瞬時に悟る。
これは、逆らえるような力ではない。
ただ、不思議なことに、脅威は感じられなかった。
過去一度も体感したことのない感覚だったにも関わらず。
実際、怪我をしたり体調不良を訴えだものはいなかった。
〝お片付け、大事だよね。面倒だけど。〟
穴の近くにいた人々は目撃した。
どこからか現れた、というか、引き寄せられでもしたかのように、〝揺れ〟によって運ばれてきた者たちが、穴に吸い込まれて行くのを。
「ガイロアが…!」
穴の周囲を取り囲んだ者にもなすすべとてないまま、運ばれし異形たちはその場から、否、この世界から消え去って行った。
永遠に。
それは、いつ果てるとも知れない一つの流れとなり続く。
人々は畏怖に打たれ、空間の揺れに翻弄されながら、ただ見送ることしか叶わなかった。始めは単発的だったガイロアだが、瞬く間に流れの速度は上がる。
個々の見分けがつかなくなるまで加速するに3分。その後はただの流れの帯が視認できただけで、それが何なのか見分けることなど不可能だった。
体感的には、永劫。
実際には30分もかかりはしなかった。
そして、ガイロアの流れの最後の端が穴に消え去った時、次なる異変が起こった。
いつもお付き合いくださる皆様、ありがとうございます。
初めて覗いて下さった方に感謝を。
もう少しお付き合いいただけたら嬉しいです。




